第114話「悪魔級説明会-3」
「さて、例の酸についてじゃが、まずはこれを見てもらうのじゃ」
スクリーンにフリーの酸を浴びた瘴巨人の姿が映し出される。
その瘴巨人は外骨格どころか、その下の緩衝系までが酸によって浸食されているらしく、浸食の痕跡がまざまざと残されていた。
「この瘴巨人は、先日の悪魔級との戦いで破壊された瘴巨人じゃ」
「やっぱりか」
「……」
その傷口から何となくそうではないかと思っていたのだが、やはりこの前のフリーとの戦いで酸を浴び、中のパイロットごと焼かれた瘴巨人だったか。
「この映像を見ても分かるように、今回の悪魔級の酸はそれ単体で見ても強力な物じゃ。なにせ、瘴巨人の外骨格と緩衝系を容易に溶かすことが出来るわけじゃからな。これは推測になるが、伸ばした口吻……これは厚さ数mm程度の鉄板なら容易く貫くものじゃが、この口吻を相手の身体に突き刺した後に酸を放出すると言う本来の使い方をされた場合じゃと、当たった部位によっては瘴巨人でも一撃で戦闘不能にさせられるのじゃ」
「つまり今までのように、手甲や骨格で受けて耐えると言う選択肢は取れないわけか」
「受けるなら最低でも盾のように、身体に繋がっていない部位でだな」
「なんて厄介な……」
トゥリエ教授の酸として見た場合の解説を受けて、講義室のあちらこちら……恐らくは瘴巨人乗りの人たちから、溜め息にも似た呟きが聞こえてくる。
実際、俺の【堅牢なる左】の鱗すら溶かして焼いてきたからなぁ……恐らく、受けて耐えようと言うのなら、この酸専用の対策が必要になるだろうな。
ただ、問題なのは酸としての威力だけじゃなくてだ……。
「じゃが、この酸の問題点はここからなのじゃ」
スクリーンの映像が切り替わる。
映し出されたのは、瘴巨人のどの部位が酸で焼かれたのかと、中に乗っていたパイロットの身体の何処が謎の現象によって焼かれたのかを示す模式図だった。
そして、模式図の中の瘴巨人とパイロットの身体が焼けた部分は、完全な一致を見せていた。
うん。流石に写真じゃなかったか。
写真で出されたら、どう考えてもグロ画像だろうしな。
「この酸には固有性質として、瘴巨人の感覚系に干渉、瘴巨人とパイロットの肉体を強制リンクさせて、瘴巨人が受けたダメージをそのまま忠実に、パイロットにも与える毒のような効果が有るのじゃ」
場が多少ではあるが、ざわつき始める。
ざわつく理由は、今トゥリエ教授が言った現象が俄かには信じがたいものであると同時に、それが本物であった場合には今の瘴巨人では、浴びてしまった後の対策が一切無いからだろう。
「一応26番塔のナントウ=コンプレークス氏より、どういう理屈によってこのような現象が引き起こされるのかについて、一応の見解を貰っておるのじゃ。じゃから、対策についてはこれを聞いてからゆっくり話し合ってくれなのじゃ」
そう言うと、トゥリエ教授はドクターから受け取ったと言うフリーの酸の固有性質に関する考察を読み上げ始める。
と言うか、ドクターってば、こんな事もやっているんだな。
まあ、サルモさん曰く確証が無ければ何も話さないと言うドクターがわざわざ見解を出して来た辺り、それなりに確かな情報だと思っていいのかもな。
で、ドクターの考察に依ればだ。
・フリーの酸は瘴巨人の伝達系を介して、パイロットの精神に干渉する
・干渉の内容は、瘴巨人が負っているのと同じ傷をパイロットにも幻の痛みとして与える事
・ただし、幻と言ってもそのリアリティが高すぎるために、肉体が幻の痛みを本物の痛みだと認識し、辻褄を合わせるために肉体が自分で自分に損害を与えてしまう
との事だった。
「早い話が、思い込み……って事か?」
「そうじゃ。尤も、個人の意地や根性でどうにかなるような物ではないのじゃ。なにせ、自分の身体を自分で傷つけるなどと言う本来あってはいけない現象を引き起こすわけじゃからな。そう言う行動を止めるために、我々人間の中に在る諸々の機構も騙されると言うか、機能を止められているのじゃろう」
そう言うトゥリエ教授の口調は今までの物に比べると、何処か自信が無さ気だった。
まあ、これについては専門外だからだろうな。うん。
「では、しばらくの間休憩にするのじゃ。対策について話し合いをしたいのなら、自由にしてくれなのじゃ。幸い、ここには各塔の武工両方の実力者が集まっているのじゃからな。ああ、吾輩に質問が有るのなら、前の方に来てくれなのじゃ」
トゥリエ教授がそう言うと、スクリーンが上がり、照明が再び点けられる。
「自分が自分を殺すとか、たまったもんじゃねえな」
「となると対策は、酸を浴びた際には感覚系をシャットアウトするとかか?」
「いや、それだと酸その物が防げていないから、結局は動けなくなってしまう」
「奴自身はどうやって酸による浸食を防いでいたんだ?」
「よし、聞いてみよう」
と同時に、講義室のあちこちでフリーの酸に対する防御策が話し合われ始める。
フリー以外に使って来たことが無いこの酸に対する話し合いが熱心に行われるのは……今まで色んなミアズマントが使ってきた様々な攻撃と比べて、フリーの酸の効果がヤバすぎるからだろうな。
なにせ、瘴巨人最大の有用性は、その攻撃力や機動力では無く、よほどの攻撃を受けない限りはパイロットは無事であると言う頑丈さだ。
だが、フリーの酸に対しては、その頑丈さが意味をなさないのだから、他の攻撃に比べて、危険性が跳ね上がるのは間違いない。
「うーん。私が受けたらどうなるんだろう……」
「確かにトトリが受けた場合は、どうなるかは分かったものじゃないねぇ……」
トトリも心配そうにしている。
そう言えば、トトリの特異体質は瘴巨人の感覚系と指令系に対する異常適応だったか。
となると、トトリが乗った瘴巨人がフリーの酸を受けた際には、普通のパイロット以上にダメージを受けるか、本当の身体には無い部位が焼けたと言う事で何も起きないか、何か妙な事が起きると言ったところか。
それは心配もしたくなるだろうな。
「本当に厄介極まりない相手だったんだな……」
何と言うか、今更ながらによく勝てた物だと思ってしまった。
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