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瘴海征くハルハノイ  作者: 栗木下
第2章【苛烈なる右】

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第108話「ナントー診療所-3」

「こほん。決意を新たにしている所に悪いんじゃが、医者としてお主に言っておくことがあるぞい」

「ドクター」

 と、気が付けば、この診療所の主でもあるドクターが部屋の中に入って来ていた。

 相変わらずの水色毛玉なので、その表情を窺う事は出来ないが、声音は普段と比べて明らかに真剣な物だった。


「話しておく事……ですか?」

「そうじゃ。ああ、他の者もこやつを止めるために、しっかり聞いておくんじゃぞ」

「あ、はい」

「分かったよ」

 その普段と違う声音と、トトリたちも聞いておくようにと言う言葉から、全員が背筋を正し、真剣な面持ちでドクターの話を聞く体勢を取る。


「うむ。よろしい」

 そしてドクターも、俺と視線を合わせるためにか、手近な机の上に座ると綺麗な紫色の瞳を俺の方に向けてくる。


「では単刀直入に言わせてもらうぞい」

「はい」

「今後、儂が認めるまでは本来の出力で【堅牢なる左】と【苛烈なる右】を同時に使用する事は禁止じゃ」

 ドクターの口から発せられたのは、本来の【堅牢なる左】と【苛烈なる右】の同時使用を禁じる言葉だった。


「理由は言わなくても分かるな」

「エネルギー不足……だからですね」

「そうじゃ」

 そう言って、ドクターは【堅牢なる左】と【苛烈なる右】の同時使用が具体的にどう拙いのかについての説明を始める。

 その説明を簡単に纏めてしまうとだ。


・まず、本来の【堅牢なる左】は発動と維持をするだけで、周辺大気の瘴気濃度が目に見えて低下するほどのエネルギー量を必要とする

・【苛烈なる右】は【堅牢なる左】と対を為すものであり、その消費エネルギーも【堅牢なる左】と同等か、それ以上だと考えるべきである

・よって、両者を同時に使用した場合は、特別に瘴気の濃度が濃い場所であっても、維持をするためのエネルギーが足りなくなる可能性が高い

・そして、エネルギーが不足すれば、足りない分は当然のように俺自身から吸い上げられる事となる

・もちろん、俺自身からの吸い上げは、何かしらの制御機構が働いているのか、死なない程度に抑えられてはいる

・が、それでも限界まで吸い上げられれば、栄養失調に近い状態に陥り、その状態で放置すれば、当然命にも関わって来る


 との事だった。

 ドクターの話は、同時に使ってはいけない理由としては、至極納得がいくものだった。

 だったが……


「でも、前回も今回もドクターの薬でどうにかなりましたよね。アレが有れば……」

「ふん!」

 俺はあの栄養剤と言う名の劇薬が有れば問題ないと思って、ドクターにあの薬を常備薬として持たせてもらう事を提案しようとした。


「臭あぁ!?」

「ぐっ……」

「うっ……」

 が、その言葉を言い切る前にドクターからとてつもなく臭い……恐らくは中にドクター特製の納豆が入っている藁束が俺の顔面に向かって投げつけられる。

 その臭いは凄まじく、直撃を受けた俺は勿論の事、トトリたちも一瞬で顔を顰め、自身の鼻を塞ぐほどだった。

 と言うか、最早武器として通用するレベルの匂いだった。


「馬鹿かお主は。アレ一つ作るのに、一体どれだけの手間暇がかかっていると思っておるんじゃ?そもそも、アレ一つで何秒両腕維持できると思っておるんじゃ?お主はダイオークスの備蓄食料を食い尽くす気か?あんまり、ふざけた事を言っておると、儂特製の納豆糸で縛って転がして、発酵させるぞ」

「えと……その……」

 気が付けばドクターの目が俺の眼前にまで迫って来ていた。

 その紫色の瞳には怒りの炎が渦巻いており、今にも俺を焼き尽くさんとするほどだった。

 うん。これは駄目だ。これ以上ドクターを怒らせてはいけない。絶対にだ。

 納豆糸や発酵させると言う言葉の意味はよく分からないが、碌でもない物である事だけは間違いないに決まっているのだから。


「ふん。分かったようじゃな」

「はい……」

 ドクターが元の位置にゆっくり戻っていく。

 その頃には何処からかシーザさんが消臭剤を持って来たようで、部屋の中の匂いはだいぶ薄れていた。


「でもドクター。ハル君だって別に好きで両腕を同時に使おうとしたんじゃ……」

「そんな事は分かっておる。じゃが、これで調子に乗って日常的に使いだしたら、死ぬのはハルじゃ。医者としてそんな事態に陥る可能性を看過する事は出来ん」

「なら今後、両腕を同時に使わないとどうしようもない相手が出たら、どうすればいいんだい?」

「一つはそもそも両腕を必要とする事態に陥らないようにする。つまりは周囲の助力と、しっかりとした戦略の構築をする事じゃな。で、もう一つは、以前ハルに話したとは思うが、何かしらの消費量を抑える方策を手に入れる事じゃ」

「消費量を抑える方策……」

 ドクターの言葉に、俺も含めた全員に思う所が有ったのか、皆揃って思案顔になる。


「今にしてみれば、普段使っている低出力版と言うのも、その消費量を抑えるために施された仕掛けの一つだったじゃろうがな。ま、ゆっくり……とは言えんが、焦らずじっくり考える事じゃ」

 その後、俺の身体の何処にも異常がない事が確かめられた上で、俺は退院、自宅に戻る事となった。

 消費量を抑えるための方法か……屋内で本来の【堅牢なる左】と【苛烈なる右】を使えるようにする事も考えたら、本当に出来る限り早く考えないと拙いかもな……。

06/08誤字訂正

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