第107話「ナントー診療所-2」
「ん……」
「ハル君!」
「ハル!」
「トトリ?ワンス?」
目を開けると、トトリとワンスの心配そうな顔が眼の前に在った。
そして、二人の背後にはどこかで見た覚えのある天井が広がっていた。
「えと……ここは……ナントー診療所?」
「うん。そうだよ」
俺は上半身を起こして周囲を見渡すと、自分が寝かされていたのがナントー診療所の診察台のような場所であることを確認する。
そして、それと同時に、どうして俺がここで寝かされていたのかを思い出そうとし……フリーを倒した直後、【堅牢なる左】と【苛烈なる右】の同時使用と維持をしたために、周囲の瘴気を片っ端から集めてもエネルギーが足りずに気絶したことを俺は思い出す。
「どうしてナントー診療所に?」
が、それでどうしてナントー診療所に運び込まれたのかは分からなかった。
普通に考えれば、俺が倒れた場所からして31番塔か32番塔の医療設備に運び込まれるのが順当な流れだと思うんだが。
で、その辺りの説明を二人に求めたところ、こんな答えが返ってきた。
「【堅牢なる左】と【苛烈なる右】。それにフリーの攻撃が原因でハルが倒れたって言うのは分かったんだけど、倒れたハルをどう治療すればいいのかが、ウチの医者たちじゃ分からなかったんだよ」
「そしたら、何処からともなくドクターが現れて、凄く納豆臭い何かをハル君の口に放り込んだの」
「で、その後はドクターがハルの担当医だからって事で、この診療所に運んだのさ」
「あ、ちなみに今はダイオークスに帰って来てから、丸一日経ったくらいね」
「なるほど」
納豆臭い何かと言うのは、まず間違いなくアレ……栄養剤と言う名の劇薬の事だろう。
倒れた原因はともかく、必要な対処に関しては、前回アレが使われた時と一緒だっただろうしな。
しかし、丸一日寝ていたとは……。
「ん?ハル。起きたのか」
「ハル様ー!良かったー!」
「ハル様!起きられたのですね!」
「ううっ……、ボソッ(よかった。ハル様起きてくれた)」
「みんな……」
と、ここでシーザさんたちも部屋の中に入ってくる。
その表情は、度合いの差は有れど、シーザさん含めて全員俺の事を心配してくれていた事が窺える顔だった。
丸一日寝ていたと聞いた時点でそんな予感はしていたが、やはり皆には結構な心配をかけていたらしい。
「ごめん。心配かけた」
なので俺は皆に心配をかけた事を謝ったのだが……皆の答えは、自分の力不足を憂う言葉や、次はこんな事にならないようにして欲しいと言う言葉だけだった。
とりあえず次はこんな事にならないように、俺ももっと力を付けなければいけないと思う。
今回のフリーとの戦いは、あまりにもギリギリ過ぎた。
「と、そう言えば、フリーの攻撃を受けた人たちや、聖陽教会・自殺派の黒幕についてはどうなったんですか?」
「ん?ああそうか。お前にも説明をしておいた方が良いな」
ただ今は、力を付ける以前に今回の件の顛末がどうなったのかを知っておくべきだと判断して、俺はシーザさんに説明を求める。
「まず今回の件の黒幕……聖陽教会・自殺派のトップだった12番塔塔長は、私たちに対する襲撃が行われるのと同時にその身柄を確保され、数時間前には容疑も固まって逮捕された」
「塔長が黒幕!?」
「ああ。そもそも今回こんな作戦が実行されることになったのも、黒幕が塔長で、マトモな方法だと色々と面倒があったからだそうだ。そう、実際に塔長を捕えるべく動いたサルモ隊長たち外周十六塔の精鋭は言っていたな」
「「「…………」」」
トトリたちも知らなかったのか、黒幕が塔長と言うシーザさんの言葉に揃って沈黙する。
だが、何と言うか、今回の件に関するいろんな疑問が、ある意味では腑に落ちた気がする。
そりゃあ、塔長が黒幕なら、それ相応の手が必要になるし、あんな連中を匿ったり、バズーカ砲を準備したりも出来るよなぁ……。
「それで現在は、特異体質を使えないように処置を施した上で事情聴取中だそうだ。ま、この件については、これ以上私たちが関わる事は無いだろうな」
「分かりました」
ちなみに、外周十六塔の精鋭とシーザさんは言ったが、26番塔からは外勤部隊の第1~第3小隊の面々が駆り出されたらしい。
何と言うか、どっちにとってもご愁傷様と言う感じだな。
「それでもう一つの件……今回私たちを襲ってきたミアズマントについてだが……詳しい事はまだ調査中だそうだ。そうだな。ミスリ」
「あ、うん。遭遇した状況も含めて色々と特殊だったから、中央塔大学の教授に、26番塔、31番塔、32番塔の技術者を集めて解体と検証をするって言ってた。後、ハル様たちにも今回の件について、その内色々と聴くかもしれないって」
「分かった」
で、俺にとっては聖陽教会・自殺派なんかよりもよほど重要な話であるフリーについてだが、フリー本体についてはやはり調査中らしい。
そして……
「それでフリーの攻撃を受けた人たちは……」
「死んだよ。轢かれた三人は勿論の事、酸を浴びた瘴巨人のパイロットも、コクピットの中で操っていた瘴巨人と同じ場所が焼けた状態で死んでいたそうだ。今は検死が行われている真っ最中だろうな」
「そう……ですか」
やはり、フリーの攻撃を受けた人たちは亡くなっていた。
「悲しむなとは言わないが、自分のせいだとは言うなよ。それは死んだ奴らへの侮辱に等しいからな」
「そうだね。元々、外勤部隊に居るような人間なんだ。自分が仕事中に死ぬ可能性が有るぐらいは理解しているし、覚悟もしているはずさ」
「はい。それは……分かってます」
だが、この件については、これ以上俺の側から言えることは何も無さそうだった。
「でも、次同じようなことが有るのならば……」
それでも敢えて言う事が有るとすれば……そう。
「誰も死なせないようにしたいです」
俺自身の決意ぐらいだろう。