第106話「???-1」
「瘴気結界の一時的な断絶を確認。該当地域に射出したDe-Fleの反応の消失を確認。該当地域に残留していた未確認パターンの神気を確認」
『クラーレ』の何処か。
人の手が一度も入っていない、見渡す限りの闇に包まれたその場所の一角……黄金色の光によって仄かに照らし出された場所に少女は居た。
「瘴気結界の全機能のチェックを開始。終了。異常無し」
少女は己の身体と同じほどの大きさを持つ黄金色の球体を抱えながら、虚空に映っている何かを目視し、まるで自らに聞かせるかのように、機械的に言葉を呟く。
「De-Fleの反応消失原因を推測。何者かによって破壊されたと断定」
そんな少女の姿を普通の人間が見れば、少女の服装や身体的特徴も併せて、百人中百人が異様だと判断しただろう。
「未確認パターンの神気の解析を開始」
少女の髪は麦わらのような茶髪で、一本一本綺麗に手入れされた髪は、その場でゆっくりとたなびいていた。
少女の肌は病的に白く、唇は青く、身体の何処からも血の気はまるで感じられなかった。
少女の服は黒と蘇芳色を基本とし、無数のレースが付けられたゴシック風のドレスであったが、手、胸、脛、額など、一部は黄金製と思しき金属パーツで覆われており、まるで戦装束のようだった。
少女の瞳は黄金色の虹彩と縦長の瞳孔に加えて、普通の人間で言う所の白目に当たる部分が、一切の光沢を持たない黒だった。
少女の年齢は、一見すれば17~18歳程度に見えたが、見方によってはもっと歳を取っているようにも見えたし、その逆にも見えた。
だがしかし、これだけならば、異様ではあっても、まだ常人にも理解が及んだだろう。
「解析を完了。最も近似している神気のパターンは『神喰らい』エブリラ=エクリプス。次に……」
だが果たして、この世界のいったい何処に全身が半透明で、向こう側の光景が透けて見える少女が居るのだろうか?
いやもちろん、幽霊や蜃気楼などと言った、様々な現象でもって説明する事は出来るかもしれない。
だが、少女は自分がここに居る事を証明するかのように、自らの下に広がる白い砂を歪め、黄金色の球体を持ち上げていた。
それはつまり、誰の目から見ても少女が実体を有し、その場に居る事を示しているのである。
「解析結果から、該当地域に居た可能性が最も高いのは『神喰らい』エブリラ=エクリプスであると考えられる。ネガティブ。同存在は現世界に存在する事を許されていない。よって、該当地域に居たのは同存在によく似た別の存在であると考えられる」
と、ここで突然少女が抱えている黄金色の球体を素早く乱回転させ始める。
「では、どんな存在が居た?」
「アンノウン。データが不足していて分からない」
「調査が必要?」
「ポジティブ。未確認要素はなるべく消すべきである」
「De-Fleはこの神気パターンの保有者に破壊された?」
「ポジティブ。神気発生と同期して、他の現象も発生している」
「この存在は人間であるか?」
「ネガティブ。明らかに純粋な人間が有するパターンでは無い」
「調査の手法は?」
「威力偵察の場合ならば、Deクラスのゴーレムが必要と考えられる。隠密偵察の場合は不明。よって両者を並行して行う」
明らかに少女の口の動きには、口の数には合わない、複数かつ様々な音が発せられる。
「調査要員は?」
「該当地域周辺に待機しているゴーレムを使用。Deクラス以上は威力偵察。Grクラス以下は隠密偵察で調査を行う」
「調査対象は?」
「ターゲットの神気パターンを通達。通達完了」
「調査範囲は?」
「容姿、能力、真名、出自、周囲など、調べられる物は全て」
そして、少女の言葉に合わせるように黄金色の球体からも、強弱と様々な色が付いた光が発せられ、今までよりも明確に周囲の光景が照らし出される。
「オーダー完了。行動を開始せよ」
すると、今まで何も無いかのように見えていた少女の背後に巨大な扉が存在しているのが分かるようになる。
「……」
扉は周囲の闇に比べてもなお黒く、一見すれば石や金属で出来ているようにも見えたが、それらの素材では有り得ない様な気配を纏っていた。
そして、扉の表面には真っ赤な何かでもって、無数の警告文が……ありとあらゆる種類の言語で刻み込まれていた。
「絶対に……」
少女がその場で振り返り、扉の方を向く。
「絶対に……」
少女の目は険しく、まるで不倶戴天の敵の姿を見るかのようであり、視線にはありとあらゆる種類の負の念が込められているようだった。
「絶対に……」
少女の手には自然と力が込められ、少女の感情に反応したかのように、黄金色の球体の表面を七色に光る不思議な電光が迸る。
「『虚無の箱舟』が眠る地に繋がるこの門は開かせない。我が『守護者』の二つ名に懸けて」
そして、球体の電光が止み、最初のようにほのかな光だけとなった時。
少女はそれが自らの役目だと言わんばかりに、再び門に背を向け、虚空へと眼をやり出した。
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