第103話「M2-9」
「行けえ!」
シーザさんの言葉を契機として、俺から何かを伝える暇も無く、状況が一気に動き出す。
「喰らえ!」
「はあああぁぁぁぁ!!」
まず、二機の瘴巨人が手に持った銛をフリーの身体の関節部を狙って突き出す。
恐らくだが、その銛はワンスが使っている物を瘴巨人用に調整した物なのだろう。
俺は銛の形状からそう判断する。
『フリイィアアァァ!?』
そして、俺の考えを裏付けるように、フリーの身体に銛が突き刺さった瞬間、銛からワンスの物とは比べ物にならない大きさの電撃が発せられ、フリーは大きな叫び声を上げながら、全身を痙攣させる。
「よし!そのまま口の部分を狙って、仕留めてしまえ!」
「了解!」
当然、シーザさんたちがその隙を見逃すはずもない。
拡声器のような物を背負ったソルナの指示を受けて、両腕で抱えて使う巨大な突撃槍のような物体を持った瘴巨人がフリーに向かって突進を始める。
この攻撃が決まれば悪魔級のミアズマントと言えども、致命傷になる事は間違えなかった。
だが悪魔級のミアズマントと言うのは、そう易々とやられてくれるような甘い存在では無かった。
「死……」
『フリャアアアァァァ!』
「「「があっ!?」」」
「「「!?」」」
突撃槍を持った瘴巨人の攻撃が届く直前、フリーは口……シーザさんが切ったワイヤーの切断面から例の酸を噴き出すと、その酸を放出する勢いと太い両足による跳躍を組み合わせることによって、包囲網を形成していた人員をなぎ倒しつつ、一気に包囲網から離脱する。
「くそっ!包囲網を再形成!奴を逃がすな!!」
シーザさんを先頭として、フリーの動きを封じるべく皆が動き出す。
だが、なぎ倒された人たちを助けに走ったりはしない。
既にこと切れているのが分かっているからだ。
「大丈夫か!?」
「熱い!熱い!?何だこれは!?ちくしょうがああぁぁ!?」
「くっ……!」
一方、俺は包囲網の方に行く前に、酸を浴びた瘴巨人と武器の状態を改めて確認する。
ソルナが酸を浴びた瘴巨人のパイロットに声を掛けるが、パイロットは熱い熱いと言いながら、瘴巨人を操って地面を左右に転がり、痛みから逃れようとする。
まず、直接酸を浴びた巨大な突撃槍はドロドロに融かされており、既に槍としての用途を為せないようになっている。
そして、瘴巨人の方も、顔や腕の部分を中心に外骨格を焼かれ、中にはその下の緩衝系まで焼かれている部分もあるようだった。
だが、それにしても今のパイロットの状態は異常だった。
「一体どういう事だ!?」
「フリーの酸がそう言う効果を持っていると考えるしかない。俺の【堅牢なる左】でも似たようなことが起きた」
「何だと!?」
何故なら、瘴巨人はパイロットに外界の状況をしっかりと認識させるためにも、瘴巨人が受けたダメージも幾らかはパイロットに伝えるからだ。
だが、それは外骨格の表面が多少傷つく程度のダメージまでの話であり、パイロットの安全のためにも、瘴巨人が一定レベル以上のダメージを受けた場合には、パイロットにはその痛みが伝わらないようになっているはずなのである。
しかし、フリーの攻撃を受けたパイロットは、今も直接酸を浴びたかのように呻いており、この分ではコクピット内のパイロットの顔は実際に酸で焼かれた様になっているかもしれない。
となれば、後は俺が受けた時の事も併せて考えれば、おのずと答えは出る。
「ソルナ。今すぐみんなに通達を。フリーの酸には、瘴巨人に当たれば、瘴巨人のパイロットに一種の幻痛を与える効果が在る可能性があると」
「くっ、分かった!今すぐ伝える」
「頼む」
既にフリーの酸を受けたら拙い事には皆気付いているだろう。
が、それでも伝えておいた方がより気を付けるだろう。
やがて瘴巨人の動きが止まったところで、俺はソルナに自分の推測を伝えた上で、フリーの方に向かって最初と同じように【堅牢なる左】と【苛烈なる右】を使って飛ぶ。
「全員に通達!敵の酸には……」
『フウウゥゥリイイィィアアァァ!!』
「全員、迂闊に近寄るな!一撃でも喰らえば、致命傷になるぞ!」
俺が跳んだ時、包囲網は既に再形成されていた。
幸いな事に、フリーは先程の電撃の後遺症なのか、もう一度跳躍する事はまだ出来ないらしい。
それは、動きのぎこちなさと、攻撃が口からの酸、胴体からの大気のジェット噴射、フリーの身体から見れば細い前足を振るうだけに限定されている事から分かった。
となれば、今の内に跳躍能力を完全に奪えるかどうかが、これ以上の被害を出さずにフリーを討伐できるかどうかに大きく関わってくるだろう。
「全員退け!【堅牢なる左】!!」
「「ハル!?」」
「ハル君!?」
故に俺は空中で【堅牢なる左】に込められるだけの力を込めて起動。
「オリャアアァァ!!」
『フ!?』
丁度殴り易い位置に来ていたフリーの右後ろ脚を狙って殴りつける。
『リガアァ!?』
「堅あぁ!?」
俺の一撃によって、フリーの右後ろ脚の甲殻には明らかなひびが入り、内部の何処かに損傷が発生したのか、関節部からは火花と煙が上がる。
そして、痛みに耐えかねてか、フリーは悲痛な叫び声を上げる。
だが、フリーに与えたダメージに比例するように、代償も大きかった。
そう。殴りつけたこちら側の手が痛くなるほどに……それこそ、【堅牢なる左】の鱗に匹敵するほどにフリーの右後ろ脚の甲殻は堅かったのである。
「ぐっ……」
「ハル君大丈夫!?」
そのために、包囲網の外側に着地した俺は、今の一撃の反動と酸のダメージが合わさった痛みに、思わずその場で一瞬苦痛の声を漏らしてしまう。
「大丈夫だ。それよりも……」
「う、うん。分かってる」
トトリが俺の身を案じてくれるが、今はそれどころではなかった。
俺とトトリはフリーの様子を観察する。
『フウウゥゥ……』
「全員気を付けろ!」
フリーの全身には俺が付けた傷以外にも細かい傷が幾つも付いていたが、それらはいずれもフリーの動きを鈍らせるほどのものでは無さそうだった。
フリーの目はいつの間にか真っ赤に染まっており、俺の方を真っ直ぐに睨み付けていた。
そう。フリーは今……
『リイイィィアアアァァァ!!』
「何か仕掛けて来るつもりだぞ!」
怒り狂っていた。