第102話「M2-8」
『フリイイィィ!』
「くっ!?」
フリーは最も太い足で地面を蹴ると、周囲に衝撃と砂埃お撒き散らしつつ天高く……少なくとも100m以上の高さにまで一気に飛び上がる。
『フウゥ……』
「っつ!?まさか!?」
そして、【堅牢なる左】の維持の為に瘴気濃度が下がっているエリアと、通常の瘴気濃度を保っている境界にまで到達したフリーは、自身の身体の後部から何か……恐らくは空気を特定の方向に放出する事によって、その場で高速の横回転をし始める。
そんなフリーの姿を見て、俺は奴が何をする気なのかを察し、戦慄を覚える。
『リイイィィ……!』
「【堅牢なる左】!!」
俺の推測は正しかった。
フリーが回転の中心軸を俺の方に真っ直ぐ向けた状態になると、身体の最後部からロケットのように大量の空気を一気に放出、加速して、俺の方へと向かってくる。
その勢いは、明らかに最初に何処かからか降ってきた時以上のものになっている。
対する俺は既に起動していた【堅牢なる左】に向けてさらに多くの力を送り込むと、僅かに角度を付けた上で、盾のように自分の眼前に構える。
『アアアアアァァァァァ!!』
「ぐうっ……!?」
【堅牢なる左】とフリーの身体が衝突し、衝突の衝撃が【堅牢なる左】を通して俺の方にも伝わってくる。
凄まじい量の火花と高音が接触面から周囲に撒き散らされる。
全身の骨が、肉が悲鳴を上げているのを感じる。
このままでは、【堅牢なる左】が撃ち破られる以前に俺の身体がもたない。
「だったら……ぬおりゃあ!」
『フッ!?』
故に俺は予め持たせていた【堅牢なる左】の角度を急な物に変える。
すると、フリーの身体はその軌道がずれ始め、【堅牢なる左】の表皮を僅かに削りながら、俺の左横を駆け抜けていく。
『リリリリイ!?』
そして、地面と激突。
周囲に衝撃波を放つと同時に地表を削り飛ばすが、しばらく進んだところで、まるでネズミ花火のようにその場で乱回転をし始め、その動きを止める。
「はぁはぁ……危なかった」
俺は【堅牢なる左】の状態を確認する。
見た目から分かるダメージは表面の鱗が僅かに削れた程度だが、衝突の衝撃は確実に芯の部分にまでダメージを与えていた。
だが、これほどのダメージを与える行動であっても、フリーがやった事はそこまで複雑な事じゃない。
ただ単に上空から俺に向かって突進を仕掛けてきただけだ。
尤も、フリーの重量、大気のジェット噴射に重力による加速、甲殻の堅さ、更にライフル弾のような螺旋回転と、様々な要因が組み合わさった結果ではあるが。
「…………」
『フウゥリイィ……』
フリーが体勢を立て直して起き上がる中で、俺は今の攻撃への対抗策を考える。
今のフリーの攻撃は、一撃、二撃程度なら受け止められるだろうが、何度も防ぐのは厳しい。
となれば、次は最初から受け流すか、そもそも落下点から大きく離れることで、回避してしまうべきだろう。と。
『フー……』
「来るか?」
フリーが再び身構え、俺もそれに合わせるように【堅牢なる左】を構える。
『リア!』
「!?」
だが、フリーの行動は俺の予想とは違う行動……跳躍では無く、針のような口を射出すると言う物であり、気が付けば俺の眼前にまで、俺の頭ほどもある針と言うより銛と言った方が正しいような物体が迫っていた。
「っつ!?」
俺は咄嗟に身を捩ってフリーの攻撃を回避する。
そして、咄嗟の反応に【堅牢なる左】が解除され、重力に従って身体がゆっくりと地面に向かって倒れ込む中で、俺はフリーの針を子細に観察する。
「ま……」
飛んで来たフリーの針は、フリーの口とワイヤーのようなような物で繋がれており、ワイヤーアンカーと呼ばれるような物だった。
そんなワイヤーの表面は何かしらの液体のような物で覆われている。
と同時に、ワイヤーにも針にも小さな孔のような物が複数規則正しく開いているのが見えた。
「ず……」
どうやらワイヤーの中は空洞になっていて、液体や気体ならば、ワイヤーの中を通す事が出来るようだった。
そして今、それらの孔からは何かが噴き出そうとしていた。
何が噴き出されるのか?それは分からない。
分からないが……
「い!【堅牢なる左】!」
『リャ!』
俺の眼前に【堅牢なる左】が展開される。
ワイヤーから霧状の何かが放出される。
「ぐっ!?」
何かが焼けるような音と同時に【堅牢なる左】の鱗から煙が上がり、その感覚から一瞬遅れて俺は左腕が焼かれたような痛みを感じる。
原因は決まっている。
フリーの噴き出した霧状の何かだ。
となればその何かとは……
「酸か!」
『フーリア!リャ!リャッ!リャア!!』
俺は自分に言い聞かせるように、吹き付けられた何かの正体を叫びながら地面を転がっていく。
そして、そんな俺を追いかけるように、フリーのワイヤーアンカーは何度も射出され、時には鞭のように振り回される。
「くそっ、なるほどな!俺の鱗すら溶かす酸に、砲弾のような突撃の二段構えか!」
幸いな事に、フリーのワイヤーアンカーは一本しかないらしく、一度射出をすれば引き戻しが完了するまでの僅かな間は使えなかった。
なので、俺は回転の勢いを生かして立ち上がると、悪態を吐きながら【堅牢なる左】と【苛烈なる右】を起動。
表皮が酸に焼かれて痛むのをこらえながら、フリーのワイヤーアンカーを切り落とそうとする。
『リャリャリャア!』
「くっ、っつ!この!?」
だが、俺が態勢を整えた事を察してか、フリーは起動が直線で分かり易いワイヤーアンカーの射出を止めると、代わりにワイヤーアンカーを鞭のように振り回して俺を打ってくる。
その動きを俺は捉えられなかった。
両腕のどちらかでワイヤーアンカーを絡め捕り、そのまま切ってやろうとしたのだが、動きが速過ぎて上手くいかなかった。
それどころか、衝撃とワイヤー表面上の酸によって、俺の両腕には確実にダメージが蓄積していく。
「くっ……」
このままではまずい。
俺がそう感じ始めた時だった。
「ハッ!」
『フリャ!?』
フリーの動きが不意に、雷にでも打たれたかのように止まり、本体の動きが止まったのに合わせてワイヤーアンカーの動きも止まる。
よく見れば、フリーの背後にワンスが立っているのが見えた。
「ハル!」
「っつ!?」
そして、ワンスが作り出したこの状況は、フリーのワイヤーアンカーを止める好機だった。
故に俺は自分の名を呼ぶ声に従って【堅牢なる左】でワイヤーを掴み巻き取ると、酸で焼かれるのも気にせず一気にワイヤーを引き延ばす。
「よくやった!」
『フリャア!?』
そして、十分にワイヤーが引き延ばされた瞬間。
要所のみを金属で補強した防護服を身に着けたシーザさんが細剣を一閃。
フリーのワイヤーを両断する事に成功する。
『フリャアアアァァァ!?』
ワイヤーを斬られたフリーが一番後ろの足だけで立ち上がって、悲鳴のような物を上げる。
その間に俺は【堅牢なる左】を一瞬解除してフリーのワイヤーを外すと、周囲を見回して状況を確認する。
「速かったですね」
「奴らのおかげで元々準備は整えていたしな」
「でも何とか間に合ってよかったよ」
「ハル君大丈夫?」
気が付けばワンスも俺の傍にまで駆け寄って来ており、俺の周囲にはシーザさんたちを含めた、多くの瘴巨人と護衛の人たちが集まって、それぞれの得物を構えていた。
と同時に、フリーの周囲にも多数の人員が距離を取って武器を構え、包囲網を形成していた。
「じゃあ……」
「ああ分かっている。全員、油断するな!相手は悪魔級!数で勝っていても、一瞬の気のゆるみが命取りになるぞ!!」
「「「おうっ!」」」
『フウゥリイィ……』
シーザさんの掛け声に反応して、多くの人が声を上げる。
どうやら、状況は一応好転の兆しを見せたらしい。