第101話「M2-7」
「キャア!?」
「……っと」
区画の中心部にまで来たところで、突然の爆発音がする。
が、爆発は俺たちの乗るキャリアーの上方、衝撃どころか音以外は何もこちらに伝わってこない様な位置で起きたらしく、こちらの変化と言えばセブが驚いて声を上げた程度だった。
「どうやら始まったようだな」
「そうだね」
無線機からは『確保!』『逃がすな!』『武器を使わせるな!』と言った声が聞こえてくる。
と同時に、俺たちを乗せたキャリアーはこの場から急いで離れるべく、その動きを速め、ダイオークスに向かって真っ直ぐに進んでいく。
「ただまあ、万が一の備えは必要なかったかもな」
「確かにそうかも。もう大勢は決しちゃったみたいだし」
その間にも、無線機からは作戦の進行状況を伝える報告が次々に上がっていき、こちらの行動に抵抗する敵の数は順調に減っていく。
そして、左右に立ち並んでいた建物が無くなる頃……つまり、襲撃予定地とされていた区画の外に出た所で、全ての敵を確保したと言う報告が無線機から発せられる。
また、その報告に合わせるように、俺たちを乗せたキャリアーも含めて、全てのキャリアーがいったん停車をする。
「さて、今頃は黒幕も捕まっている頃だろうな」
「?」
『僕たちの方に襲撃が有った時点で、黒幕を捕えるようにダイオークスの中で別働隊が動いているんです。ふふっ、今回はほぼ全ての敵を生かした状態で捕えた上に、各種物証と状況証拠も揃っていますからね。今までと違って、言い逃れはどう足掻いても不可能です』
「ああなるほど」
ソルナの説明に俺は納得がいく。
恐らく別働隊と言うのは、オルガさんたち26番塔外勤第1小隊を始めとした精鋭部隊の事であり、塔長たちは既に黒幕の正体も、取り押さえるために最低限必要な証拠は集めきっていたのだろう。
で、後必要だったのが、実際に捕縛をするための何かだったと言うわけだ。
『では、念のためにキャリアーの点検を行いますので、点検が終わり次第、ダイオークスに戻る事にしましょう』
「ああ、分かった」
まあ、いずれにしても今回の件で聖堂教会・自殺派の連中は壊滅。
やっと、俺たちにも安全な日常が戻ってくるわけか。
「うーん。これで、一息吐ける……」
「そうだねー」
「何事も無くて良かったよ」
俺は【堅牢なる左】と【苛烈なる右】を解除すると、身体のコリをほぐすように体の各部を動かし始める。
そして、首のコリをほぐすついでに上を向いた時だった。
「ん?」
「ハル君?」
「ハル?」
俺の感覚に何か訴える物があった。
キャリアーの天井からではない。キャリアーの外からだ。
「…………」
「ハル様?」
「どうした?」
トトリたちが訝しげな目を俺に向ける中で、俺は何かが訴えてくる方向に向けて……キャリアーの外へと自分の全感覚を集中させる。
「っつ!全員伏せろ!!」
「「「!?」」」
やがて俺は気づく。
何かが俺たちに向かって飛んできている事に。
その何かがとてつもなく重く、さらに速い物であると言う事に。
『どうしました!?』
「くっ!【堅牢なる左】!!【苛烈なる右】!!」
故に周囲が困惑する中で、俺は指示を叫びながら本来の【堅牢なる左】と低出力版の【苛烈なる右】を発動。
黒い鱗に覆われた左腕をキャリアーの天井を突き破りながら形成、維持に必要なエネルギーを周囲の瘴気から回収しつつ、【堅牢なる左】を盾のように構える。
同時に、【苛烈なる右】をキャリアーの床に向かって発動、キャリアーの床を突き破り、瘴液庫に貯まっていた瘴液を吸収して強度を上げつつ地面に突き刺すと、自分の身体を保持するためのスパイクとする。
「ぐうっ!?」
「「「!?」」」
そして俺が準備を整えた直後。
空から落ちてきた何かが【堅牢なる左】にぶつかる。
すると、最早音では無く衝撃波としてしか認識できないような力が周囲にぶちまけられ、予め身構えていた俺以外の人たちは、キャリアーの周囲に居た人たちも、トトリたちも、全員が衝撃波によって地面に打ち据えられる。
だが今の俺には、トトリたちを起こす余裕は無かった。
それは、ここでトトリたちを起こそうと、俺が防ぐ事を止めれば、結局俺たちの元に落ちてくるからと言うだけではない。
本来の【堅牢なる左】の発動による瘴気濃度の低下も相まって、俺の目には降って来た物の正体が分かっていたがためだった。
「どりゃあああぁぁ!!」
『!?』
故に【堅牢なる左】の力によって降って来たものの動きが一瞬止まると、その瞬間を狙って俺は【堅牢なる左】を大きく横に振るい、落ちてきた物を遠くに向かって弾き飛ばす。
「くっ、ハル!」
「ワンス!皆を頼む!」
そして、いち早く復帰したワンスにトトリたちの事を頼むと、弾き飛ばしたものに向かって、俺は【堅牢なる左】と【苛烈なる右】を伸ばし、両者を地面に突き刺した後に素早く縮めると言う方法でもって、一気に加速、接近する。
「コイツは……」
『……』
そいつの前に来たところで俺は改めて本来の【堅牢なる左】を発動。
周囲の瘴気濃度を下げることによって、そいつの全身がはっきりと視認できるようにする。
『フー……』
そいつは一見すれば直径5m程の巨岩のようにも見えた。
『フー……』
だがしかし。
果たして、普通の岩に数十のカメラを組み合わせて作った複眼のような物体が付いている事が有るだろうか?
一目見て分かるほどに鋭くて硬い針のような突起物が、まるで口のように付いていることなどあるのだろうか?
六本の堅い甲殻に覆われた足……それも、強力なばねとしても用いれそうな太い足が一対付いていて、それをせわしなく動かすなどと言う事があるのだろうか?
「ミアズマント」
『フウウゥゥ……』
結論を言えば、そんな事は有り得ない。
これは岩では無く、生物を模した別の何か……ミアズマントである。
そして、より正確に目の前に居るミアズマントについて述べるのならば……
「しかも、悪魔級か!」
『フウウゥゥゥリイイイィィィアアアアァァァ!!』
悪魔級ミアズマント・タイプ:フリーである。
自殺派が今章のボス?そんな事は有り得ません。
06/01誤字訂正