第10話「キャリアー-5」
「あー……」
キャリアー内に在る三段ベッド。
俺は何処かから肉が焼ける音を耳で捉え、その音に一番下のベッドで多少呻きながら目を覚ます。
「昨日は大変だった……」
全身がだるさを訴えている。
こんな事になった理由は……まあ、昨日の第一級瘴気未浸食領域探索時の規定にのっとった検疫とやらのせいだな。
問診や採血ぐらいは予想の範囲内だったが、まさか検尿に検便、採髪に採爪、口腔内の菌検査と、其処まで徹底的にサンプルを取られるとは思わなかった。
おまけに今日一日はサンプルの検査と、万が一の事態を想定して、俺もダスパさんたちもキャリアーの外に出ないように言われてるし。
おかげでゲートの内門が開いた時に見えた、最後尾に瘴巨人を乗せた大量のキャリアーと言う一種壮観な光景の驚きも、正しくロボットものの格納庫と言う光景の感動も薄れましたとも。ええ。
「おっ、起きたか。もうちょっと待ってろ。今、朝飯を作っているところだからな」
「ありがとうございます」
キャリアー備え付けのキッチンでコルチさんが朝飯の準備をしているのを眺めながら、俺はベッドの外に出る。
ちなみに寝ている場所については客人と言う事で俺が三段ベッドの一番下で、二段目が隊長であるダスパさんで、三段目がガーベジさん。
ニースさんとコルチさんはシーツにくるまって、それぞれ運転席とリビングのじゅうたんの上で寝ていた。
ええ、見事に押し切られましたとも。
よそ者だなんだと俺が言っても、年下で客人なんだから遠慮するなと押し切られましたとも。
「おっ、今日も旨そうだな」
「コルチ君が居てくれて本当に助かるわぁ……」
「皆様おはようございます」
ダスパさんたちも俺に合わせるように起きてくる。
まあ、いずれにしても、今日一日は素直にキャリアーの中に居るしかないので、食事は数少ない楽しみとして楽しませてもらおう。
上からの通達とやらで、俺にダイオークス内部の事を教えるなと言う通達も来てしまったし。
たぶん、他の都市のスパイじゃないかとか、そんな事を疑われているんだろうな。
その話を聞いた時に、ダスパさんがそんな感じの事を匂わせる発言をしていたから。
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「「「御馳走様でした」」」
「お粗末様でした」
で、朝飯も食べ終わった頃。
「じゃ、今日一日はキャリアーの中に居ろって言うありがたーい御通達が来ちまったから、俺とガーベジは運転席でイチャついてるわ。お前らもリビングの方で大人しくしてろよー」
「もう、ダスパったら……」
ダスパさんとガーベジさんの二人は見ているこっちがむせるような甘い雰囲気を漂わせながら、運転席の方に消えて行った。
そういや、このキャリアーって横幅が4mぐらいあるから、運転席にも結構な空間が有るんだよなぁ……まあ、何が行われているのかは気にしないでおこう。
「さて、俺は筋トレでもしているか」
コルチさんはそう言うとリビングの片隅で柔軟体操を始める。
「私も今回の件についての報告書を書きましょうかね」
ニースさんもノートパソコンのような物を取り出すと、起動させ始める。
うん、当然のように二人もダスパさんたちの事はスルーしてるな。
「ん?ノートパソコン?あ……!」
「ハル君どうしました?」
と、ここで俺は思い出す。
この世界に飛ばされた時に居た部屋で、アタッシュケースに入っていた物はナイフと鞘だけでなく、まだ有った事を。
俺は制服の内ポケットの中身を確かめる。
手の感触からして、そこにはきちんとそれが入っている。
あーうん、ダスパさんたちに説明する事すら忘れてたわ。
「あの、ニースさん。そのパソコンちょっと借りて良いですか?」
「別に構いませんが……今はダイオークスのネットワークからは切り離されていますよ」
「えと、むしろその方が良いかもしれません。ちょっと出自の怪しい物なんで」
「ふむ……詳しく伺っても?」
「はい」
と言うわけで俺は懐から赤と青の二色で外装が彩られたUSBメモリーを取り出すと、ニースさんにこれの中身を確認してみたい旨を伝え、ニースさんも中身が気になるのか俺にノートパソコンを貸してくれる。
と言っても、何があっても良いように、俺の真後ろでニースさんも一緒に中身を確認するという条件付きだが。
「それにしても、対瘴気対策を万全にしてある外部メモリーとはまた珍しいものですね」
「そうなんですか?」
「ええ。私の知る限りでは初めて見ました。よほど内部のデータに劣化や破損を生じさせたくなかったんでしょうね」
「なるほど……」
俺はニースさんと会話しながらUSBメモリーを挿し込み、ニースさんの指示に沿う形でパソコンの操作を行っていく。
で、肝心のUSBメモリーの中身だが……
「Halhanoy.txt?」
「テキストデータが一つだけ……ですか」
また例のハルハノイの名が付けられたファイルが一つあるだけだった。
「開いてみます」
「どうぞ」
一応ニースさんに断りを入れてから、俺はそのファイルを開いてみる。
「!?」
「これは……」
「なんだこりゃ?」
そうして表示されたのは無数のアルファベットと数字の羅列であり、少なくとも俺の目には意味のある文章として捉えられるものではなく、規則性の様なものも見受けられなかった。
いつの間にか一緒に画面を見ていたコルチさんも含めて、俺たち三人全員が困惑の表情を浮かべる。
「とりあえず、一番最後までスクロールしてみますね」
「お願いします」
何処かに意味が読み取れる文章が無いかと、俺はゆっくり画面をスクロールしていき、意味が有るのかすら分からない文字を眺める。
「文字化けじゃないんだよな?」
「違うと思います。恐らくは暗号でしょう。ただ……どう解けばいいのかの見当もつきませんが」
「まああれだ。なんか面白そうなところが見つかったら教えてくれや」
「そうですね。ハル君。スクロールしきったら教えてください。そうしたら、念のためにそのファイルをコピーしておきますから」
「分かりました」
そうして結局、その日の俺はひたすら謎の文字列を眺めつづけることとなり、肝心の意味については欠片も分からなかった。
うーむ……本当に何なんだ?この文字列。
とりあえず、明日は事情聴取も有るって言うし、しっかり寝ておくか。
『プログラム・ハルハノイOSのインストールを完了しました。事前規定手順に従って、以後の各種処理を行います……処理、完了しました。スタンバイモードに入ります……』
その夜。
夢の中でそんな声を聴いた気がした。