2.状況を把握してみました
アシュラムはスプーンを置くと、両手を組み合わせて真っ直ぐに悠里を見た。
彼の宝石のような瞳の直撃を受け、我知らず顔を赤らめる悠里。
そんな悠里に構わず、アシュラムは一語一語確認するようにゆっくり話し始めた。
しーんとしている食堂に、アシュラムの声が妙に響いて聞こえる。
そんな彼の話は、悠里の想像力を遥かに超えた物だった。
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ここは、ディント王国。
世界の国々の中でも古い歴史を持っている。
数多の戦乱をうまく回避しながら、現代まで国を存続させてきた。
そして建国の頃から変わることなく、一つの王家が続いているのだという。
それは非常に稀なことであり、他国から特別な扱い(例えば国の首脳同士の会議の際には上座に列せられる)を受けている。
しかし、この国には目立った産業がなく、土地が痩せているので農作物も育ちにくかった。
そのせいで国自体は、それほど豊かではない。
そんな国が、他国から一目置かれるくらい存続出来たのは何故か。
それは、この国の王族が持つ不思議な力に因っていた。
異世界から人を召喚するという力である。
王族に不思議な力を持った人間が産まれることは、さして珍しいことではない。
人の心が読めたり、占いに長けているといった類の力である。
だが、異世界から人を召喚出来るくらいの強大な力を持った人間が産まれる確率は、それほど高くはなかった。
数十年に一度、あるいは数百年に一度。
国民はその力を持った赤ん坊が産まれるのを、ひたすら待ち続けるのだ。
そして待望の赤ん坊が産まれた暁には。
国によって手厚く保護される。
神を祀る神殿に隔離され、そこで特別な教育が施される。
王族としてではなく、神官として。
その人物が召喚の秘術を行う力を十分なものにした時。
ついに異世界から人が呼ばれる。
そうやって召喚された異世界の人間は、必ずこのディント王国に大きな恩恵をもたらしてくれるらしい。
そうやって、ディント王国はこの世界にあり続けている……。
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淀みなく話続けていたアシュラムは、そこで一旦口をつぐんだ。
引き込まれるように聞いていた悠里は、まだ現実に戻って来れないのか夢うつつの中にいるように見える
「姫?」
アシュラムの声にも反応せず、目の焦点が合っていない。
「姫。大丈夫ですか?」
アシュラムが悠里の目の前で手をひらひらさせても、それにも無反応だ。
どうしたものかと思案げに首を傾げるアシュラム。
その姿すら、まるで絵画に描かれた天使のように見え、悠里が正気であれば恐らく鼻血くらいは出していたかもしれない。
しかし残念なことに、悠里は茫然自失の体だった。
「姫!」
仕方なく、アシュラムは悠里の目の前でパチンと手を合わせた。
はっとして、ようやく焦点の定まる悠里。
「え?ア、アシュラムさん?」
「長くお話しし過ぎましたね。お疲れになったでしょう?」
労わるような薄青色の瞳に、強張ったままの悠里の顔が映っていた。
「い、いえ……。疲れてません。ただ……」
「ただ?」
「ただ、これって、私の見ている夢なんですよね」
それに対し、アシュラムはきっぱりと首を振った。
「いいえ。夢ではありません。これは、現実のことであり、姫は実際にこのディントに召喚されたのです。驚かれるのも無理はありませんが……」
(うん、分かってた。心の何処かで、これは俗に言う異世界トリップなんじゃないかって。
夢だの何だのと思い込もうとしていたのは、それを認めたくなかっただけ。だって、小説で書かれることが現実に起こるなんて、信じられないでしょ。
ん?でも、これって、いいんじゃない?ちょうど失恋しちゃって、何処かに行っちゃいたい気分だったし。ああ、でもずっと家に帰れないのも嫌だけど。どうなのかな。帰してくれるのかな。
ま、でも、今はとにかく嫌な失恋を引きずらなくてもいいとこに来たってことで大歓迎?それに稀に見るイケメンさんとお近づきになれるなんて、異世界でしか味わえない醍醐味だもん。ラッキー!っくらいに思わなきゃ、損だよ。損!)
こんなことを、瞬時に、そして短絡的に考えた悠里は、彼女にしては珍しく、随分前向きに、この状況を受け入れることに決めたらしい。
存外、人間が単純に出来ているのか。
大好きなファンタジー小説のおかげで、トリップに対する免疫が備わっていたことも一因かも知れないが。
かくして悠里は晴れやかな顔で、名も知らぬ果物にかぶり付いたのだった。