1.異世界に召喚されました(2)
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悠里は目を覚ました。
何か固いものの上に寝ていて、ひんやりと冷たい空気に晒されているのが苦痛になったからだ。
「体、痛い……」
呻きながら、のろのろ起き上がる。
周りを見渡せば、灯りといえば蝋燭だけの、薄暗い部屋だった。
「え。ここ、どこ……?」
寝かされていたのは石の台のような物で、これでは体も痛くなる筈だ。
これがどんな状況合分からず、自分が寝ていた部分だけ温かい、石の台の表面をぼんやりとしながら撫でていると、微かな衣擦れの音がした。
はっとして顔を上げると、蝋燭の明かりに浮かぶ白い衣が目に入った。
身を固くして身構える悠里に、存外柔らかい声が掛けられた。
「お目覚めでしたか。姫」
(ひ……め……?)
悠里は耳を疑った。
そして、すぐに何かの聞き間違いだと思い直した。
そんな悠里の動揺に気付く筈もなく、白い衣の男性が悠里に近付いて来た。
不思議なことに悠里は、彼の優しい声と物腰の柔らかさから怖さは感じず、むしろ、今の状況がどういったものなのか、とても興味があった。
「あまりによく眠っておいででしたから、掛け物を取りに行っておりました。お寒くはありませんか。姫」
「あ、あの……」
言い掛けて、悠里は瞠目した。
揺らぐ蝋燭の明かりの下で見た彼の姿に衝撃を受けたのだ。
淡い光の中で、キラキラと肩よりも長く流れ落ちる白銀の髪。
眉目秀麗という言葉がこれ程似合う人もいないと思うくらいの美貌。
そして、何よりも目を奪われたのは、優しげに細められた宝石のような薄青色の瞳だった。
夢?
夢なの!?
須江田くんに言われたことがあまりにショックで気を失ってしまったのだろうか?
唖然とする悠里に、その美貌の人はくすりと笑った。
もう、その笑顔だけで、完全にノックアウトだ。
涎を垂らさんばかりに惚ける悠里に、その人はふわりと掛物を掛けてくれる。
「お風邪を召されては大変ですからね」
その人が動く度にいい香りがした。
香水?
いや。そんな人工的な香りではなく、もっと優しい、自然な香り。
その匂いの元は結局分からず、その人が悠里を見つめる。
「私は、アシュラム・デュ・ロッセンと申します。失礼ですが、姫のお名を聞いても?」
「あ、あの……」
「はい」
「姫っていうのは、やめてもらえませんか……」
恥ずかし過ぎます……。
アシュラム・デュ・ロッセンと名乗った美貌の人は、不思議そうに首を傾げた。
「私にとって、あなたは姫ですから」
うん。分かんないね。
まだ、ぼんやりしている頭だからか思考回路がショート気味のようだ。
まず一番にここが何処なのか聞くべきなのに、そこまで思い至らない。
「目覚められたのなら、ここに、いつまでもいらっしゃるのもどうかと思いますし。姫。どうぞ、こちらへ」
すっと出された、白く美しい手。
「ずっとお待ちしていたのです。あなたがおいでになるのを。待って待って、ようやくおいで頂くことが出来ました。ですから私にとって、あなたは大切な姫。どうぞお気になさらず」
「……はあ。そうですか……」
気にするなと言われても気になるが、そんなに呼びたいなら仕方ないかなと思う。
彼の神秘的な雰囲気に飲まれてしまったのか、悠里はすっかり彼のペースにはまっていた。
「では、姫のお名を」
「えっと……悠里って言います」
「ユーリ。良い名ですね。どうぞ、私のことはアシュラムとお呼びください」
どうしたものかと、じっと見つめていると、アシュラムはまたくすりと笑った。
「どうぞ。お手をお取りください」
「え?そんな。わたし、自分で下ります!」
そう言って、慌てて下りようとしたが、その台が思ったよりも高さがあることに驚いた。
(あれ?てことは、アシュラムさん。すっごい、背高い?)
自分を見下ろすように話していた、アシュラム。
美形な上に、高身長?
これは、絶対夢だ。
悠里は確信した。
自分の理想がここまで具現化なんて。
ありえない!!
半ば挙動不審になっている悠里を、アシュラムが気にする様子はない。
穏やかな表情で、彼女の手を取り、台から下してくれた。
「あちらの部屋に着替えを用意しております。それと、食事も。姫が落ち着かれたら、お話をさせて頂いても?」
アシュラムは手を引き、優雅な物腰で悠里をエスコートする。
それに悠里はすっかりぼうっとなっていた。
(ああ、なんだか、すっごく勘違いしちゃいそう!)
いくら夢でも、これはあんまり妄想が暴走中ではないだろうか。
(わたしって、そんなに鬱憤貯まってるのかあなあ)
いくら大好きな須江田くんにフラれたと言っても情けなくなってくる。
「はあ」と溜め息が出るのをどうすることも出来ず、悠里はアシュラムに引き摺られるようにして歩いて行った。