5.謁見からの四阿です
「ユーリよ。そなたを無理矢理我が方に呼んだのは、余である。実際に秘術を用いたのはアシュラムであるが、彼は我が命に従っただけだ。余は、この世界において、そなたに対し、一切の責任を負う所存である。そなたの願いなら、いかなる瑣末なことでも叶えよう。
そなたは、この世界にいることに大いに不安があろう。だが、余は、そなたが我が国にとって必要な存在なのだと信じている。
どうか、そなたの力を貸してはもらえまいか」
威厳たっぷりの国王に頭を下げられ、悠里はおろおろとアシュラムを見上げた。
そんな悠里の視線をアシュラムは受けとめ、励ますように頷いてくれたので、悠里は一度深呼吸してから話し始めた。
「あの。わたしは、コウメさまのように機織りの技術もありませんし、本当に取り柄のない平凡な、平凡すぎる人間なんです。国王陛下のご期待に添える自信は全くありませんし、どうして召喚されたのがわたしなのか、本当に不思議なんです。
……アシュラムさんや、国王陛下も、わたしでいいんですか?もう一度召喚をやり直して、もっと技術も知識もある人を召喚し直した方がいいんじゃないでしょうか」
「……」
国王とアシュラム、そして宰相の視線までもが痛かった。
思い切って自分の思いを吐露してみたが、国王が頭を上げて頼むと言った後に、こうまではっきりと自分はやれないと言ってしまったのだ。
叱られはしないかと怯えてしまう。
じんわりと脂汗が滲む額を震える手で拭った。
「姫の代わりはいないのですよ」
そんな悠里に、アシュラムの静かな声が掛けられた。
「え?」
彼を見上げれば、先程と変わらぬ優しい表情で悠里を見ていた
「姫がこの世界に来て下さったのは、きっと偶然ではありません。姫でなくてはならない理由があったはずです。私は確かに召喚の秘術を行いましたが、あれは特定の人物を意識して発動される魔法ではないのです。現代の姫の国の人、どなたもがその対象になりうる。その中で、この魔法に反応されたのが姫だった。そこに神のご意志が働いているのか、それは私にも分かりません。ですが、姫はここに来るべくして来られたのです」
「何も、出来ないのに?」
「そう思われているのは、姫だけかもしれませんよ」
「……アシュラムさんは、わたしを知らないから……」
そう言うと、アシュラムは少しだけ傷付いた顔をした。
親身になってくれている彼を突き放すような言い方をしてしまったことに、少し後悔したが、それでも出会ってまだ一日も経っていないのだ。
彼が悠里のことを知らなくて当たり前だった。
むっつりと黙ってしまった悠里から視線を逸らすと、アシュラムは国王に向かって言った。
「姫には時間が必要です。陛下。もし、どうしても姫が嫌だと仰るなら無理強いはしたくありません」
「ふむ。もっともだ。だが、我が国には時間がないことも確かだ。ユーリよ。コウメさまに会ってみるか?」
コウメさまの名に、悠里は顔を上げた。
そして勢いよく、縦に首を振った。
「ならば、コウメさまに会えるよう、手筈を調えよう。また追って、沙汰を出す」
「では、今日の所はこれで」
「うむ。アシュラム、ユーリを頼むぞ」
「御意」
そうして緊張しっぱなしの国王との謁見が終わった。
謁見の間を辞し、アシュラムと部屋へ戻る回廊を行く。
「アシュラムさん、ごめんなさい」
「どうして、姫が謝るのです。謝るのは、私の方です」
アシュラムは立ち止まり、回廊から続く中庭に目をやった。
「少し、お話しませんか?」
「は、はい」
確かに、侍女たちがいる部屋に戻っても、まともな話は出来ないだろう。
悠里はアシュラムの提案に素直に頷き、彼の後に付いて行った。
中庭には小さな四阿があり、二人はそこに落ち着いた。
そこから見える中庭はとても殺風景だった。
「この世界に季節はあるんですか?」
最初にそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
アシュラムは少し戸惑った様子を見せながらも、「ええ。ありますよ」と答えてくれた。
「ふうん。春とか冬とか?」
「コウメさまに教えて頂きました。春夏秋冬。姫の国にはいろいろな季節があるんでしょう?ですが、ディントの季節はあいまいです。冬とはいっても割と暖かかったり、夏でも寒かったり。そういう不安定さも、この国に作物が育たない理由かもしれませんね」
「作物を育てたいんですか?」
「ええ。出来れば。今は完全に他国からの物資に頼っている状態です。ですが、いつ何時それが絶たれる時が来るか分かりませんから」
「……そう思うなら、どうして自分たちで何とかしてみようって思わなかったんですか?」
「……」
アシュラムの表情が強張った。
(あれ。まずいこと聞いちゃったのかな)と思ったが、アシュラムはすぐに悠里を見て微笑んだ。
けれど、その微笑みはとても自嘲的で、彼の内面の苦悩が垣間見えるようだった。
「アシュラムさん?」
「それが、この国の、ディントの愚かな所なのです」
「え?」
「先程陛下も仰っていましたが、この国の人間は魔法に頼り過ぎているところがあるのです。それはもう、何千年という国の歴史に培われてきた、国民性とも言うべき物かもしれません。自分たちでは何もしない。何も生み出さない。与えられるものを享受し、消費するだけ。それは、国の形態としてはとても脆い。そんなこと、国民の誰もが分かっている筈なのに、最早それを変える力すら、我々にはないのです。それは魔法ではどうにもならないことですからね。
我々は、魔法という神から与えられた恩恵に縋るあまりに、人としての進歩をどこかに置き忘れて来てしまったのですよ」
普段は穏やかな彼の、心の底から湧き上がる自嘲と自責の念に、悠里は言葉を失った。
彼は、召喚の秘術を行えるくらい、国で最も力のある魔法使いだ。
その彼が、魔法を否定するようなことを言う。
「愚かなことです。こうして、国が危険に晒されて初めて、己の弱さに気付くのですから……」
「危険?」
悠里の問い掛けに、アシュラムははっとした顔をした。
「姫には、順を追ってお話しなければなりませんのに、自分の愚痴を先に申し上げてしまいましたね」
申し訳ないと頭を下げるアシュラムに、悠里はかぶりを振った。
「ううん。アシュラムさん、ずっとそう言うことを思いながらも、魔法を使っていたんですね。魔法って、いい事ばかりじゃないんですね」
「使い方にもよるのでしょう。我々の使い方が間違っていたのです。……姫も、その犠牲者だとお思いになりますか?」
「え?」
「私は幼い時に臣籍に降り、神殿に入りました。それからずっと、お前は『いつか異世界から人を召喚するために生きているのだ』と言われ続けてきました。国の歴史を学び、異世界から来た方々が、この国に多大な貢献をして下さったことを知って、自分の役目がとても誇らしいものに思えました。ですが、それと同時に、自分の力が自分ではどうしようも出来ないような、恐ろしいものに思えてきたのです。人を召喚するという事は、その人の、元の世界での人生をなくしてしまう、ということです。それを自分の手で行うということが怖かった。……けれど、私は逆らえなかった。国王にも、国民にも……。逆らえぬまま、秘術を行ってしまったのです」
本当に愚かなのは自分なのだと言う、アシュラムの悲痛な叫びが聞こえるようだった。
だから、彼は最初から、悠里にとても親身になってくれていたのだろうか。
彼の自責の念が、そのような行動をさせていたのだろうか。
悠里は彼に何と言葉を掛けていいのか分からなかった。
「この世界に来てわたしは嬉しかったから、そんなに自分を責めないで」とは、お世辞にも言えないからだ。
でも、これだけは言える。
「ずっと、一人で苦しんでたんだね」
それは、悠里も同じだからだ。
自分の思いを上手く人に伝えられず、いつも自己完結してばかりだった。
そうして、流されて、自己嫌悪に陥るのだ。
「わたし、どこかへ行ってしまいたいって、思っていたの。もしかしたら、そんな思いが、アシュラムさんの魔法に反応しちゃったのかもしれないね……」
二人の視線が交錯する。
互いの思いをもっと汲み取ろうとするかのように。
そして二人は互いの中に、それぞれが抱える深い孤独を見出すのだった。




