4.国王陛下に謁見です
王宮の建物は豪華だった。
神殿の簡素さが懐かしくなるくらいに、タペストリーや絵画、彫刻で飾り立てられている。
悠里はその煌びやかな光景を、あんぐりと口を開けたまま惚けたように眺めていた。
「姫。参りましょう」
アシュラムに促され歩き出したが、その足取りはすこぶる重かった。
(すっごい、場違いなんですけど。わたし)
国宝ばかりが集う博物館に迷い込んだような、畏れ多い気分になってくる。
趣味と実益を兼ねて歴史博物館にはよく行くけれど、今正に現役で使われているお宝を目の当たりにするのは初めてだったから、ぶつけたり手垢を付けたりしないようにと気を遣いながら歩くのに苦心した。
そうして、あらかじめ用意されていた部屋に辿り着いた悠里は、ぐったりと疲れ、目に付いた長椅子に倒れこむと、再び会いまみえることになった侍女頭にじっとりとした目で睨まれてしまった。
「姫さま。ここは王宮でございます。神殿とは違い、さまざまな方の目がございます。特に王侯貴族の方々は礼儀作法に厳しゅうございます。わたくしも出来るだけ教えて差し上げますが、それでも四六時中共にいるということもかないません。どうか、アシュラムさまのお荷物だけにはなりませんように」
悠里は長椅子に突っ伏したまま、朗々たる侍女頭の演説を聞いていた。
(こっちの気持ちなんて、本当にどうでもいいみたいね)
アシュラムに気は許せても、この人にだけは許せそうになかった。
「聞いてらっしゃいますか。姫さま?」
「わたしは……もん」
「よく聞き取れませんでしたわ。姫さま」
「わたしは、姫さまじゃないもんて言ったの」
「まあ」
悠里はうつ伏せのまま、侍女頭が盛大なため息をつくのを聞いていた。
「アシュラムさまのご意向ですわ。あなたさまを令嬢として扱えとの事でしたので」
悠里はむくりと起き上がった。
「それ。どういうこと?」
「アシュラムさまのご真意はわたくしには分かりません。そうしろと命ぜられたので、そのようにしているだけですから」
溜め息をつきたいのは悠里の方だ。
きっと侍女頭にとっては、悠里の存在など、どうでもいいのだ。
仕事だからやっている。
そういうことだろう。
「もう、よろしいですか?そろそろお着替えを。謁見の時間に間に合いませんわ」
面倒くさい問答など打ち切りとばかりに、侍女頭が動き出した。
「さあ、姫さまのお仕度を」
他の次女に命じる声を、悠里はどこか遠くに聞いていた。
王宮に入るまで着ていたドレスも十分豪奢だったのに、着替えなくてはいけないのか。
侍女に促されて起き上がりながら、悠里は不満げに口を尖らせた。
「まあ、何というお顔をなされるんでしょう。そのようなお顔、謁見の間では絶対なさいませんように」
(ああ。いちいち口煩いおばさんだな……)
「口煩く申し上げるのは、姫さまに素敵な令嬢になって頂きたいからですわ。人の意見をきちんと聞けないのは愚か者でございますよ」
(な、なんだ。この人。考え読めるの?)
びくびくする悠里に、侍女頭は不遜な笑みを浮かべて、ずいっと身を寄せて来た。
小さく「ひっ」と声を上げる悠里になど全然構わない。
「姫さまのお考えなど、お見通しですわ。この世界で生きて行かれる以上。そして、王宮にお住まいになる以上は、礼儀を弁
えなくてはなりません。それが、姫さまのお為なのです」
「……」
彼女に気圧された悠里の沈黙をどう捉えたのか、侍女頭は、新しいドレスに着替えた悠里の首にネックレスを着けながら囁くように言った。
「貴族は恐ろしゅうございます。特に女性にはお気を付け遊ばせ。姫さまがここで無事に過ごされたいなら、目立たないことですわ。
アシュラムさまとも極力ご一緒されない方がよろしいかと。あの方は、この国にとって特別な方。あの方に見染められたいと願っている令嬢は、星の数ほどおりますのよ」
「……わ、わたしは関係ないし」
「そうやって、現実から目を背けてしまわれるのですか?異世界よりの召喚が成功したことは、王侯貴族には知られています。ただでさえ、好奇の的になられるというのに、そんなあなたさまにアシュラムさまはべったりでは、面白く思わない方もいるでしょう」
「じ、侍女頭さんだって、わたしを怖がらせて面白がってるんでしょ?」
他の侍女に化粧を直されながら、悠里はドレッサーの鏡越しに侍女頭を見た。
「そう思われるなら、それで構いませんわ。せいぜい、ご令嬢の嫉妬の的におなり遊ばせ」
「……」
恐らくは、侍女頭は悠里を思って言ってくれているのだ。
けれど、上から目線な物言いと態度があいまって、悠里はなかなか素直になれなかった。
「まあ、よろしいですわ。そろそろアシュラムさまがお迎えに来られます。さあ、こちらへ」
「あの」
行きかけた侍女頭がぴたりと止まった。
そしてきっちりと悠理の方を向いて姿勢を正した。
正に侍女の鏡と言った姿だった。
「何でしょう?」
「あの。アシュラムさんて、偉い方なんですね」
「何を今さら」
侍女頭はあからさまに呆れていた。
「ご、ごめんなさい。こっちに来て軽くパニックだったから、アシュラムさんのことまで、あんまり考えられなくて」
「そうですか。では、謁見の前に教えて差し上げた方がよろしいですね」
侍女頭が言い掛けた、その時、扉がノックされた。
そして、ゆっくりと開かれた扉の隙間から、アシュラムが入ってくる。
「あ……」
悠里は思わず声を上げていた。
先程までとは違う彼の姿に、大きく心臓が跳ねた。
アシュラムは神官のローブを脱ぎ、王子さまのような衣装に替えていたのだ。
白地に金銀の糸で縫い取りがしてある、王子さま服。
そして、彼の瞳の色と同じ色のマントを羽織っている。
長い髪は無造作に後ろで一つに束ねられ、神殿にいた時よりも精悍な印象を受けた。
(お、お、王子さまだ……)
物語に出てくる王子さまのイメージそのままの彼に、悠里はカメラとか携帯を持って来なかったことを激しく後悔した。
悠里の紅潮した顔を見て、アシュラムも心なし顔を赤らめた。
「王宮では、この姿で姫のお側にいますが、よろしいですか?」
見惚れて、ぼうっとしてしまう自分を叱咤して、悠里は「お願いします!」と深々とお辞儀した。
そんな悠里にくすりと笑うと、アシュラムは「では、参りましょうか」と言って、手を差し出した。
そこへ、侍女頭が横槍を入れた。
「何も殿下がエスコートなさらずとも……」
「何故?私は姫をお守りする為にお側にいるんだ。ヨハンナ。控えよ」
アシュラムの答えに、侍女頭はきりっと唇を噛んだ。
「姫は私が守る。心配しないで、お前は姫がここへ戻った時に、安らげるように配慮しておいてくれ」
侍女頭は瞠目し、それから恭しくお辞儀した。
「御意」
「ああ。頼む」
そして、もう一度差し出された手に、悠里は少し躊躇いながら自分の手を乗せた。
アシュラムが小さく笑んだ。ような気がした。
はっと気がつくと、彼の唇が悠里の手の甲に落とされていた。
慌てて引こうとする手を、アシュラムは強い力で引き止めた。
思いの外強い力にどうすることも出来ないまま、悠里は、アシュラムの長い睫毛が小さく震えるのを見つめていた。
ややして顔を上げたアシュラムは、悠里の真っ赤っかな顔を見てふっと微笑んだ。
頭に血が上ってしまった悠里には、微笑み返す余裕などない。
ふらふらと覚束ない足取りで、アシュラムに手を引かれて部屋を出て行った。
そんな二人の背中を、苦い表情で見送った侍女頭。
深い溜め息をつくと、疲れたように近くの椅子に腰掛けた。
「アシュラムさまは、殿下は、あの娘を守ると決めてしまわれたのだわ。何があっても、あの娘の側にいると……」
そう呟くと、また一つ溜め息ををついた。
(ならば、わたくしも覚悟を決めなければならないのだわ。あの娘に、ずっと仕えるのだという覚悟を)
頼りない、小さな娘。
聡明なアシュラムは、あの娘に何かを感じたというのだろうか。
(分からない。わたくしには愚鈍な娘にしか見えないもの……。)
けれど主君たるアシュラムの命だ。
甘んじて受けねばなるまい。
「仕えるうちに、良いところを見つけられたらいいけれど……」
そう呟いて、侍女頭は別の用を済ませる為に立ち上がった。
どうか、あの娘が国王の前で醜態を晒さないように、と願いながら。




