魔女の物語
ある所に一人の少女がおりました。
少女は優しい両親と、森の奥深く親子三人で仲良く暮らしていました。
いつまでもいつまでも、この平和な時間が続いていくのだと、少女は思っていました。
そんな日々が続いていく中、少女が森の中を歩いていると、身なりの整った一人の青年が倒れていました。
青年は身体中が傷だらけで、今にも息を引き取ってしまいそうな程衰弱していました。
少女は家まで青年を連れて行こうとしましたが、彼女の力では青年を運ぶことはおろか、持ち上げる事すらかないません。
途方に暮れた少女は、両親から人前では決して使ってはいけないと言われていた魔法を使う事にします。魔法でなら、青年の命を救う事が出来るからです。
少女が魔法で青年の傷を治します。すると、青年はゆっくりと目を開けました。少女のお陰で助かった青年は、彼女をお城へと招待しました。そう、青年は少女が暮らしている国の王子様だったのです。
こうしてお城に招待された少女は王子様と恋仲となり、結婚しました。
そうして、王子様と少女は末永く幸せに暮らしました。
◇◇
シュバルツは絵本を閉じると、穏やかに微笑んだ。世界は違っても、物語の中のおとぎ話は同じなのだと。変わらない物もあるのだと思えたから。
だが、一つ残念な所があった。
「絵本の題名が掠れて読めないんだよな…」
絵本の背表紙を見ても、物語と書かれている部分が何となく読めるだけで、肝心の上に書かれている所が読めなくなっていた。
「後でアルティミシアさんに聞いてみようかな」
先程まで読んでいた物語を本棚へと戻すと、シュバルツは別の物語を手に取ったのだった。
◇◇
「絵本の題名が知りたい?」
夕食の支度を終えたアルティミシアが、先に座って待っていたシュバルツに突然の質問を受け、きょとんとした表情で彼を見る。
それに対して、何となく気恥ずかしかったが、シュバルツは読んでいた絵本をアルティミシアに見せた。
「これ?」
「はい。物語の上の部分が読めなくて…」
受け取ったアルティミシアは、本をパラパラと捲って内容を確認している。
「魔女の物語」
「え?」
「『魔女の物語』っていう題名」
アルティミシアの言葉を理解し、シュバルツは「魔女の物語…かぁ」と呟いている。
そんなシュバルツに、アルティミシアは問いかける。
「シュウはこれを読んでどう思った?」
「え?」
彼女の問いに、困惑しながらも「ハッピーエンドで良い話ですね」と、笑顔で返す。
「これにはね、裏の話があるんだよ」
感情の見えない表情で、アルティミシアは話を始めた。
両親と少女が、森の奥深くで暮らしていたのには理由がありました。
少女が魔法を使えるからです。
魔法使いは国の為に、幼い内から親と引き離されてしまいます。少女の両親は、たった一人の娘と離れたくなかったのです。だからこそ森の奥深くにひっそりと息を潜めるようにして暮らしていました。
そんな生活が何年も続いていた、とある日に、森に貴族の青年が獣狩りの為に、何人かの供を連れて遊びに来ました。
青年はウサギや鹿など沢山の獣を伴と一緒に狩っていました。
そんな時、森で木の実を採っていた少女と青年は遭遇しました。少女のあまりの美しさに青年は、伴に命令をして少女を捕まえると、手込めにしようとしました。
少女は必死に逃げようとしますが、男の力に敵うはずがありません。少女は魔法を使って貴族の青年を殺してしまいました。一緒に来ていた青年の伴も。
運よく逃げ延びた伴の一人が騎士団に「魔法を使う少女が主人を殺した」と言いました。
すぐさま騎士団が、森の中に住む親子の元へと現れます。少女の両親は泣きながら娘を連れていかないでと願いました。相手は騎士ですし、少女が殺してしまった青年は上流貴族だった為、このままでは少女が処刑されてしまうと思ったのでしょう。
騎士はすがりつく両親を、己が持つ剣で殺しました。
それを見た少女は、怒り狂い己が内に潜む魔力全てを使って騎士団を皆殺しにしました。
そして、両親を殺した騎士団、自分を犯そうとした貴族。全てを恨んだ少女は魔と契約をし、国を滅ぼしました。
魔と契約した少女は、以前の姿とはあまりにもかけ離れ、人々に魔女として怖れられる存在となりました。
「これが裏の話。これでも幸せな物語なのかな?」
話終えたアルティミシアは、本来の明るい表情に戻るとシュバルツに微笑みかける。
シュバルツは、黙って彼女を見ている事しかできない。渇いた喉を、コップに入った水を飲む事で潤してから、ゆっくりと答えた。
「その後、少女はどうなってしまったのでしょうか?」
「魔と同一化した少女は、倒しに来た魔法使いによって力を奪われ、どこかに逃げたらしいよ。話の中では」
「そうなんですか…」
シュバルツは、心の中がモヤモヤとして、その後の食事は味が分からなかった。