知識
シュバルツはそれから毎日のように、風呂の水汲みを終えると、夕方過ぎまで部屋で本を読み耽っていた。
本棚の本は、主に薬草について記されている物が大半を占めていた。
アルティミシアに理由を聞いてみると、彼女は薬草を煎じて風邪薬や痛み止などの薬を作って売っているらしい。
その為に、本は薬草学についての物が一番棚を占めているのだとか。
それを聞いてシュバルツは理解する。筋肉痛に効果を発揮したあの塗り薬は、アルティミシアが調合したのだと。
彼女はまだ年若いが、薬の調合はプロのそれだ。薬草を採るために森の中に住んでいるのかもしれない。
シュバルツは、薬草については今の所興味がないので他を探してみると、数は少ないが薬草について以外の本も幾つかあったので、それらを読んでいく事にした。
世界の歴史書や、国の歴史書、おとぎ話の物語など種類は様々だったが、一日でも早く自分が居る世界の事を知りたかった為に、どんな内容の本でも読んでいった。
本を読んで解った事は、この世界はやはり、自分が住んでいた世界とは全然違う世界だという事。
魔法は、極一部の人間だけだが使える世界のようだ。そして、貴族や王族が国を動かしている世界。
魔力を持って生まれた人間は、一般人だった場合は貴族の養子となり、王族や国を守る為の教育機関に預けられ育てられ、将来は国を守る魔法使いになるのだとか。
勿論魔力を持たない人間の方が圧倒的に多い。そういった人間は、貴族に生まれた人間は王宮に勤めたり、領地の経営をして自分の町を潤していく。
貴族に生まれなかった人間は、肉体労働をしたり、どこかに雇われてそこで収入を得て生活していく。
魔法があり王政の世界。そんな物語だけの世界に迷いこんでしまった事に、シュバルツはこれからの事を考えると憂鬱になってくる。
読んでいた本を閉じると外に目を向けると、空がオレンジ色に染まっていた。もう夕方のようだ。
すっかり自分の部屋として過ごしているそこは、最初の頃こそカビや埃の臭いが酷かったが、窓を開けて換気をし、掃除をして埃を取り去ってみると、存外快適だった。
寝台の布団も定期的に干す事によって、暖かく快眠できる。部屋の位置的に日差しが入る量が他の部屋よりも少ないのが不満ではあるが、本が収納された部屋だから仕方がないとも思っている。
あとは、この穏やかな生活をしながら、元の世界へと戻る手掛かりを探していかなくてはならない。
それは途方もない夢物語のようで、頭が痛くなってくるが知らない世界でむざむざと殺される訳にはいかない。
シュバルツは開け放した窓を閉めると、台所に歩いて行った。
◇◇
「シュウったら今日も本を読んでいたの?よく飽きないよねぇ」
感心しているのか呆れているのか、夕飯を食べ終えたアルティミシアが、紅茶を飲みながら言ってくる。
無理もないだろう。かれこれ二週間もそうしているのだ。呆れるなと言う方が難しい。
「はい。何か記憶を取り戻す切っ掛けになればと思って」
「何か思い出せた?」
シュウの言葉にアルティミシアが問い掛けると、シュウは首を横に振る。
「駄目です。でも――」
「でも?」
「魔法があるのは面白いですね」
シュウは笑顔で答える。魔法などこの世界に来てから一度も目にした事などなかったが、折角なら一度位は見てみたいと思っていたのだ。
だが、シュウの言葉にアルティミシアは辛そうな表情を隠すように下を向いてしまう。
「どうかしましたか?」
黙ってしまったアルティミシアを心配してシュウは話を中断した。
「魔法…に興味があるの?」
おずおずと遠慮がちに聞いてくるアルティミシアを不思議に思いながらも、シュウは頷く。
「ロマンですよねぇ」
「ロマン?」
「はい。夢があるっていうか――」
「そんな良いものじゃないよ…」
そう言うとアルティミシアは「部屋に戻るね。お風呂はできてるから」そう言い残してシュウに背中を向けて、自室へと早足に歩いて行く。
銀狼のウルもアルティミシアに倣って、そっと彼女の後についていく。
『何か気にさわる事を言ってしまったのだろうか』
アルティミシアの常にない暗い表情を気にしながら、シュウは改めて彼女の事を何も知らないのだと思い知らされていた。