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暗闇

 少年が、呆然としたまま見つめていると、目の前の少女は困惑したように立っている。


「あの…」


 いい加減何も言わない少年に焦れて少女が声を発すると、少年は我に返ったように慌てている。


「あの…僕は…」


 グラリ――。


 言葉を続けようとした途端、視界が歪む。立っていられなくなり、その場に座り込むと少年は意識を手離していた。


「ちょっ…!?」


 少女は慌てて少年の元へと駆け寄る。心臓付近に手を当てると、幸いにも死んではいないようだ。安堵の溜め息を吐きつつ、どうするべきか思案する。


 いきなり現れたと思ったら気絶をされた。しかも、相手の顔には見覚えがないので知り合いではない。だが、見た所服は汚れており、倒れるだけあって顔色も悪い。何か理由(わけ)ありな感じがする。

 このまま放置しておけば、死んでしまうだろう。だが、家の前で死なれては寝覚めも悪いし、わざわざ森の深くに捨てに行くのは薄情だろう。


「ふぅ…」


 少女は溜め息を吐くと、「ウル、力を貸して」と家の奥に向かって声を掛ける。すると、「ワウン」と鳴き声がしたかと思うと、少女の側には銀色の美しい毛並みをした狼がいた。


「この人を中に運ぶのを手伝ってほしいの」


 少女が狼の頭を優しく撫でながら言うと、狼は倒れた少年の襟首をくわえると、軽々とその背に乗せる。そのまま少女に付き従うように彼女の後ろに着いていく。


「使っていないこの部屋に寝かせてあげましょうか」


 少女は狼にそう言うと、入口から少し離れた場所にある部屋の扉を開く。部屋の中は壁には本棚が据え付けられており、沢山の本や資料が並べられている。棚に収まりきらなかった本は、机の上に乱雑に置かれていて、もう何年も触っていないのであろう、その上には埃が積もっていた。


「埃っぽい…換気しないと不味いよね」


 雨戸を閉めきった部屋の中は薄暗く、埃っぽい古びた書庫のような臭いがする。部屋の奥の雨戸を開けて、窓を開くと明るい日差しが中に注ぎ込む。


「寝台も埃を被ってる…」


 急いでシーツを剥がし、窓の外で手荒く払うと埃が舞い上がり、外に飛んでいった。


「こんな事なら客室を片付けておけば良かった」等とぶつぶつと呟きながら少女は埃を払ったシーツを寝台に被せると狼に少年を寝台の上に寝かせるように指示を出す。


「ワゥ」と小さく鳴くと狼は、少年を寝台に寝かせた。やや乱雑な気もしたが、少年が痛そうにしていなかったので問題はないと考え、上掛を掛けてやってから部屋を出る。


 狼が心配そうに、少女の足元に擦り寄ると頭を撫でてやりながら「大丈夫よ」と安心させるように微笑んだ。






 ◇◇





 暗い、真っ暗な世界をひたすら走る。だが、走っても走っても一向に先が見えない。ただひたすらに暗闇の中を走り続ける。


 誰か――。


 誰か居ないのか――。


 お願いだ。居たら返事をしてくれ!!


「助けて!!」


 少年が必死に叫んでも、返事は返ってこない。当たり前だ。暗闇の中に、ただ一人で居るのだから。


「嫌だ!」


 怖い。


 一人は嫌だ。


「誰…か…助けて」


 少年は走るのを止め、その場に蹲りながら泣いていた。家族を、友人を思って。一人ぼっちの恐怖に怯えながら。


「―――」


 ふと、声が聞こえてくる。


「――て」


 それは小さくて、耳を澄ませないと聞き逃してしまう程に小さい声。


「…きて――ゆう…」


 声が大きくなってくる。少年が声のする方に目を向けると、白く眩しい光が見える。


 あそこに行けばいいんだ。


 思うのと同時に少年は走り出す。先程までの恐怖に駆られていた時とは違う感情で。


 もう少し。


 あと少しで手が届く。


 光に手が触れた瞬間。足元が崩れさる。声を発する間もなく少年は深い暗闇に堕ちていった。


 深い深い闇の深淵に――。






「うわぁぁぁぁ!?」


 少年は自身の叫びで目を覚ました。


「夢…」


 自分が布団に居るのを確認してから安堵の溜め息を吐く。先程までの出来事は夢だったのだ。開け放たれた窓から差し込む日射しが暖かい。


 今までの出来事は全て夢だったのかと安堵するとゆっくりと体を起こす。身体中、汗でベトベトだ。


 嫌な夢を見た。お風呂で汗を流して何か食べよう。家族は留守だろうがご飯位はあるだろう。


 そう思い立ち上がると、見知らぬ光景に違和感を感じる。自分の部屋には所狭しと据えられた本棚があっただろうか。乱雑に置かれた本などなかったはず。何よりも埃っぽいこの空気。


「起きたの?」


 扉が開かれると、その先には微かに見覚えのある銀色の髪をした少女が立っていた。


「やっぱり、夢じゃ…なかったんだ」


 少年は寝台に腰掛けると泣いた。ただひたすらに泣き続けた。

 いきなり泣き出した少年に驚きつつも、理由(わけ)ありだと感じていた少女は、少年の隣に座ると何も言わずに優しく背中を撫でてやった。


 少年が泣き止むまでずっと。





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