3rd_days 1人登山は危険ですので控えましょう
シーナとユイの2人と別れてから丸二日後、水上都市《アトランタ》と陸部を繋ぐ吊り橋を渡り、初めてユイと出会った場所近くで岸に座り込んだネアは呑気に釣り糸を垂らしていた。
集中しピンと張った竹竿の先端から垂れ下がる釣り糸、更にその先、水面で揺れる赤い浮きを見つめる。
「ヒット!!」
浮きが沈み竿が軽くしなった瞬間、勢い良く竿を振り上げる。
沈んでいた浮きの向こう側にある釣り針に鱒の様な魚《バレン》が掛かっている。
「よっし!これで5匹目ね!クエスト達成っと!」
呑気に釣り糸を垂らしていたのではなく、1つのクエストの真っ最中だった。
Abyss Frontier On-line…通称|《AFO》がアンノウンと命名された進化するバグに乗っ取られ、アバターの容姿までリアルの物に挿げ替えられてからおよそ1日が経過し、徐々に事実を受け入れ始めたプレイヤーが多数、存在するようになった。
結局の所、《AFO》のメインタウンである水上都市《アトランタ》の内陸部で外からの救護を待つとしていたグループはアンノウンの仕業で強制的にミッションに参加する事が義務付けられた。
ところが救護待ちのグループの内政は一転し、待つだけではなく、完全な安全が得られないのならば、生産業に取り組み、解放組のサポートに回ろうと動き始めた。
強力な武器を生産し、その武器でアンノウンと対抗しようと解放組に売りつける商法が流行りはじめた。
実際の所、NPC製の武器よりもプレイヤー製の武器の方が威力が高く、付加効果が付いている場合が多い。
ネアは出店を覗く程度であり自ら売ろうとして来る者は問答無用で跳ね除けていた。
今日も今日とて出店が多く出店している。
尤も、そんなモノには興味の欠片も示さず赤い屋根が目印のクエストカウンターにてクエスト達成の報酬を受け取り、新たに解放されたクエストランクの内容を確認する。
如何やら《アトランタ》の西部にあるマージュ山岳地帯を更に東へ抜けた所にあるペレクム火山と言うダンジョンに新しく行けるようになった。
これで行くか、行かないか。
勿論、ネアは行くつもりだった。
鉱物採取系のクエストを受けたネアはシーナとユイにフレンドメッセージを送るためにタッチボードを操作し『火山に行ってくるからー』と非常に簡潔で端的な文章を送った。
「さて、と」
アイテム欄を開き、回復薬の在庫を確認する。
「ちょっと、心許無いかな……」
そう呟くと緑の屋根のアイテムショップを目指し歩き始めた。
歩きながら広場を見ていると僅かに昨日より出店の数が増えている気がした。
つまり、生産職に就く人が増えた、と言う訳だ。
いや、そもそも職業は存在しない訳であるから、意識的に生産系のスキルを覚えようとすると表記した方が正しいのかもしれない。
これだけ多ければ競争率も高くなり、性能の良し悪し、安価などの条件ですぐにでも物価は変わり出すだろう。
「この中で何人が競争に勝つのかしら……」
ぼんやりと広場を眺めながら歩いていたら、不意に人込みの中に1つ不思議な物が見えた。
医師が着ているような白衣を纏った黒髪の少女が緑の液体が入った三角フラスコを持ち、出店の並んだ一角に居た。
少女と言ってもネアとそれ程変わらない年頃の様で、黒髪の活発そうなショートカットヘアーを潮風に靡かせていた。
スキルには『鍛冶』と『開発』があるとは聞いていたが、ここ数日並んでいた出店には『鍛冶』で作った武器を売ろうしている人しか見かけなかった。
初めて見た『開発』でアイテムを売ろうとしている人に、何となく興味本位で近づいてた。
「何を、売ってるのかしら?」
ネアは出店の列の突っ切りフラスコを振っている少女に声を掛ける。
「いらっしゃいませ!試作品ですけどNPC製より回復量の多いHP薬とMP薬と少しのドリンクです」
「ドリンクって確か一定時間、ステータスを強化するアイテムだっけ?」
「はいです!」
「……そうね、さっき試薬品って言ってたわよね? じゃあ、1つ取引をしない?」
「どんな、ですか?」
少女はフラスコを振るのを止め興味津々と言った様子で食付いた。
「今回の代金を少し多めに払う。それに加えてテスターの役割も担うわ。でも、新しい効果や性能の良いのが出来たら優先的に私に回してもらえるかしら?」
「…………う~ん、それって……」
「総合的に見るなら利益は同じの筈よ。貴女は今後の資金が増える。私はこれから行く所の準備が整う。テスターの役割を担うからドリンクの効果も逐一、報告するわ」
尚も渋る少女に押しの一手を掛けるネア。
少女はしばらく呻り続けた後、大きく頷いた。
「判りました!何を買いますか?」
「そうね、HP薬とMP薬を5個ずつとドリンクを1個貰おうかな……それと一応連絡用にフレンド申請もいいかしら?」
「はいです!あ、私、ミストって言います。よろしくです!!」
「ネアよ。よろしく。2kでいいかしら?」
ミストからのフレンド申請を了承したネアは、代金を払おうと単価を提示した。
『k』とはネットゲームでよく扱われる単価で千の事を表している。
その上にはnやmと言った単位が存在して、因みにnとは一万の事で、mは百万を表している。
「ええっ!?そんなにもらえませんよ!これ全部合わせても2倍以上の代金ですよ!?」
「そんなの……未来投資と思えば安い方よ」
微笑みを浮かべたネアはミストの手に平に代金を渡すとアイテムを受け取った。
「じゃあ、またね」
「ええと、はいです!また今度!」
手を振ったネアは立ち去ろうとする。
狼狽えながら受け取った代金を仕舞うとミストは元気そうに手を振り返した。
何はともあれ、これで準備は整った。
ネアは肩の力を抜き大きく息を吸い、吐きだすと吊り橋を渡り、マージュ山岳地帯を抜けた先、ペレクム火山を目指し始めた。
∵ ∴ ∵
熱い。
ネアが火山に着いてまず先に感じた事はそれだった。
まだ中に入ってすらいないのに、入り口から感じる熱風、地表からも熱気を感じた。
辺りを見回してもプレイヤーの影はない。が、足跡は見つかった。
つまり中に先駆者が居ると言う事は確からしい。
額に浮かんだ汗を拭い去ると意を決して火山に脚を踏み入れた。
予想通り、火山内部は外など比べ物にはならない程高温で、火の粉が舞っていた。
溶岩が川の様に流れ、大地の小さい裂け目から火の粉が噴き出す。
一分一秒でもこんな所にはいなくないと思ったネアは早速、採掘ポイントを探し始めた。
採掘ポイントの見極め方はそれほど難しくはない。
罅割れや奥に薄暗い仄かな光が見える所など、見つかりやすいポイントがあるからだ。
「よっと……!」
早速ポイントを見つけたネアはマトックを振る。
目的の鉱石は:鉄鉱石
それを10個掘り上げる事だ。
しかし、同じ場所でマトックを振っていても数回でその場所では採取できなくなってしまう。
場所を切り替えてマトックを振っている内に、鉄鉱石は10個集まった。
ホクホク顔で帰ろうとしたネアの注意力は散漫になっていた。
岩陰から覗く小人程度の大きさ蜂型の昆虫の複眼に気付かずにそのまま背を向けていった。
ブーンと音を出しながら昆虫は羽ばたき、不規則に動きながらネアに近づく。
そして、尾に着いた針でネアを刺した――瞬間、ビリッとした電気の様な物がネアの体を駆け抜け、痺れさせた。
そのまま熱せられた大地に倒れ伏せるネア。
何とかしなければ、と頭は回転するが体は動かない。
視界に捉えたのは不規則に動く小人程度の蜂の様な昆虫。
体の状態から察するにこれは麻痺の状態だろう。
麻痺は一定時間の間、体が痺れ動けなくなる状態異常。
その間、無防備な姿を曝け出してしまう。
最悪な事に後ろの方からぺしぺしっと火山に棲息する龍族特有の足音まで聞こえてきた。
こんな状況だ。きっと一瞬にして殺されてしまうだろう。
恐怖から目元に涙が溜まった。
聞こえる龍族の足音が速くなった。おそらくネアを見つけたのだろう。
ここまで来たらもう終わりだ。
ネアが諦め、龍族が大地を蹴る音がした。
――――――――しかし、ネアの体は何時まで経ってもそのままだった。
「大丈夫か?」
若い男の声が聞こえる。姿は見えないが確かに聞こえた。
その後には、剣戟の音と龍族の悲鳴が響く。
「今、治すからねー」
真上から同じく若い女の声がした。
治すという事は女は回復系の魔法が使えるのだろう。
返事を返そうとするが口が動かない。
代わりに恐怖で溜まった涙が嬉しさで零れ落ちた。
∵ ∴ ∵
数分後、龍族は撃退されネアも麻痺から回復してもらったが、安堵したせいか腰が抜けてしまい男性アバターのプレイヤーにおぶって貰いながら火山を下りていた。
「ネアって言ったっけ?よくソロでここまで来れたな……」
「……昨日まで、3人で動いていたから……」
「あー!もしかしてはぶられた!?はぶられた!?」
「お前は少し黙ってろ……!」
男性アバターはクロトと言う名前で服装こそは初期のままでユイと似ている。が、やはりユイとは違って頼もしさが滲み出ていた。
おまけに少々長めのウルフカットのお陰で鼻辺りが痒くなってくる。
ネアが涙混じりの声で呟くと隣りではしゃいでいたお伽噺の魔法使いの様なローブにトンガリ帽子を被った女性アバター、リザがくるくると回りながら言った。
呆れた様なうんざりとした様な声でクロトが嘆いた。
「悪いな、コイツは人をからかうのが大好きな変わりモンでな」
「別に……助けてもらったから多少は我慢する……」
「あっはっははー。誉められたんじゃー遠慮なく言っちゃうよー!?」
「誉めてねぇから!むしろ貶してんだよ!!」
聞いた所2人は何時もこんな調子らしい。
稼働初日で知り合った2人は初ミッションの時も、クロトに掴まる感じで浮いていたらしい。
とりあえず、火山の麓まで下りてもらい安全を確認してから簡易テントを張った。
夜になるとモンスターが凶暴的になり、危険性が増す、現在3人だからと言って無理をする訳にはいかない。
テントを張れば多少の安全は確保できる。
テントの手前で焚火を取り囲む様に転がしてきた丸太に3人で腰掛けた。
焚火の火でネアが今朝釣っていたクエスト対象外の魚を焼いている。
焦げ目が付いた所で味付けなどしていない魚に齧り付く。
それはお世辞にも美味しいとは言えない物だった。
「はぁ……」
「なんつーかな……」
「美味しくない!!味気ない!!」
肩を落とすネアとクロトを尻目にリザはストレートに辛辣な言葉を投げ飛ばす。
返す言葉もなく、黙々と魚を口に運び、腹に溜める。
テント内部は狭い。
3人も横になれればそこそこのスペースがあるのだろうが、如何せんリザが場所を取りすぎている。
尤も、今のネアに取っては人肌と触れ合える事だけで十分嬉しい物で、不思議と笑みが零れた。
タイトルは……思いつき……ッ!