2nd_days 変化
間が開いてしまい大変申し訳ありませんでした。
これからは出来る限り早く投稿したいと思います。
不意に目が醒めた。
燦々と輝き照りつける太陽が眩しく左腕で目元を覆った。
その瞬間、左腕に軽い物が乗っている感覚を覚え、それだけで理解した。
まだAFOから出れていないと。
「そっか……スイッチの意味は合ってたんだ…」
ゆっくりと上体を起こし、地面にぺたりと座り安堵の溜息を洩らした少女――ネア。
ふと体を起こした際に違和感を感じる。
髪留めで止めていたツインテールが解け、肩越しまでの黒髪が潮風に靡いていた。
「…なんでだろ?まぁ特に関係ないか」
「っ…」
後ろ頭を抑えた少年――ユイもネアと同じく上体を起こした。
白いジーンズ生地のズボン。黒のタートルネックの上に、真紅のジャケットを羽織っている。
しかし、何処と無く放っていた幼さが消え髪と同色だった瞳が金と銀のオッドアイになっていた。
「…?あれ…?…ユイ…なんか変わった?」
「ん?どうしたんだよ…?ってかネア、髪型変わってね?」
お互いに不信感と疑念を抱く。
しかし、それを解消する術はない。
「……う~ん」
「…判らない事を気にしてもしょうがないわ。とりあえずシーナを起こしましょう」
身動ぎしたもう一人の少女――シーナを揺さぶり起こす。
その時、左腕のタッチボードが点滅している事に気付いた。
揺り起こそうとする手を止め、タッチボードを操作する。
メインメニューにある5つのステータスバーの内の一つ。
コミュニティがポップしている。
バーをタッチしコミュニティメニューを開いた瞬間、戦慄した。
「…どうした?」
「…いや、なんか、メール来てる…」
「メール?何もおかしい事なんてないじゃないか」
多くの人から一見すると普通の事に思えるそれは、ネアにとっては異常の事だった。
通常、メール機能を使うにはお互いにフレンド登録をする必要がある。
ネアがフレンド登録しているのはシーナだけである。
しかし、シーナは未だに起きてはいない。
つまりメールを送る事は不可能となる。
ドクンドクンと心臓は早鐘の様に告げる。
冷や汗が頬に滲み出し、背中を伝う。
僅かに震える指先で送られたメールが開いた。
『差出人:unknown
題名:プレゼント
本文:…キキ…ミッションクリアだ。それと同時にお前らの全員の《フリージーン》に俺の一端が辿り着いた。
その証拠にお前らの姿形を現実の物にした。じゃあな…キキ…また…1週間生きてろよ?』
「………俺にも、同じのが来てる……」
「多分、プレイヤー全員に送られたんでしょう………って事は貴方、オッドアイなの?」
「ああ…元々、金眼で小5くらいで虹彩異色症っつー病気で右が銀になった」
「そう…」
それ以上は追及しない。
小学校5年生程度と言えば、集団意識が高まり、何か1つ違うだけで多対1の一方的な虐めが起きやすくなる時期に当たると何かで聞いた覚えがある。
ユイはそんな時期に後天的にオッドアイになってしまった。
そんなユイに慰めや同情の言葉など言ってもおそらく無駄だろう。
人の不幸は人には伝わらず、人は人を助けることなどできない。
ならば、幸も不幸も人が抱える物を受け入れるしかない。
ネアには何を言ってもいいか知らない、ただ頷く事しか出来ない。
「……ねぇ」
「――シッ、静かに」
それでも沈黙に堪えられず話し掛けようとネアが声を出した瞬間、ユイが人指し指を口元に当て鋭い声で言った。
遠くからザッザッザッザッと歩く音が聞こえたのだ。
「…君がミッションクリアした者か?」
「ああ、ミッションをクリアしたのは俺だ。後ろの2人は関係ない」
錆びれた銅版の胸当てをし、白くキッチリしたズボンを履いた。
20代前半と言った顔つきの青年が立ち2人を見据える。
「私はギルド《peace》の隊員、ジードだ」
「ソロプレイヤー、ユイだ」
ユイはジードと名乗った男性とシーナの上半身を抱きかかえたネアを間に立ちはだかる。
「君にギルドからの礼がある。付いて来て貰えるか?」
「断るね。ついでに言うなら勧誘もお断りだ」
「なっ……」
「図星か…ま、大方そう言う目的だから俺たちに声を掛けて来たんだろうな」
差し出された手を払い除けられたジードは忌々しげに口を開くが言葉を飲み込み、背を向け帰り去る。
その後ろ姿を見たユイは振り返った。
「っ…」
「やっと起きた?」
ネアはようやく目を覚ましたシーナの顔を覗き込み声を掛ける。
栗色のショートカットは変わらず、眼が可愛らしい印象を受けるたれ目から柔和な印象を与える風に変わっている。
起き上がったシーナは目の前の2人の容姿が変わっている事に驚いた。
「とりあえず、部屋で話をまとめようか?」
徐々にアトランタに戻ってくる人が増えてきた現状、何処で話を聞かれているか全く判らない。
ならば、話し声が漏れない部屋に退避してしまえば問題ない。
3人は東区にある『カフェテラス』に向かい、2階にとったネアの部屋へ入る。
マイルームシステムは、カフェテラスに備えられた設備の1つで、1階の受付に申請すればプレイヤー全員にカードキーと共に個人の部屋が与えられる。
総てのプレイヤーを収容するには些か小さいように思える外観だが、問題ないらしい。
店内の一角にあるドーム状の転送機に乗り、コントロールパネルでカードを読み込み、部屋に直接転送するかららしい。
「…はぁ、マイルームなんてよく使えるな」
「別に、無料で使える物なら何でも利用するだけよ。申請すればユイの部屋も用意されるでしょ」
「いや、管理が面倒なだけなんだよ…」
原則として、部屋主の許可が無い限り他人は自分の部屋にしか入る事は出来ない。
部屋は畳6畳程の広さで、窓際に簡素なベッドが置かれ、その前に1つのリビングテーブルとそれを挟む様に置かれた2つの椅子が置かれている。
カーテンの隙間から僅かな日差しが差し込んだ。
ネアはパチッと部屋の壁に付いているボタンを押し、部屋内の電気を点灯し、そのままベッドに座った。
「へぇ…こんな内装なのか…」
「私は初期から然程変えてないから、あ、適当な場所に座ってー」
「ネアもちょっとは内装いじればいいのに…」
「シーナはいじりすぎだと思うわ…」
「どんな感じなんだ?」
ユイがそれ言った瞬間、2人の表情が変わった。
ネアは俯きあからさまに怯えたように震える。
対するシーナは嬉々とした表情で向かいに座ったユイに詰め寄る。
「気になる?見たい?見たいよね?」
「お、おう………もしかしたら、今後マイルームが欲しくなるかもしれなッ――」
ユイの言葉はそこで途切れる。
いきなり襟首を引っ張られ、喉が詰まったのだ。
瞬間、見た。
必死な形相で首を横に振るネアの視線が物語っていた。
『私、知らないから』
と。
そのまま引き摺られる様に拉致され、一度1階の転送機に戻り、シーナの部屋に転送される。
∵ ∴ ∵
「…なんか、もう、色々、ひどかった」
しばらくして、戻ってきたユイが発した一言目がそれだった。
「え~…なんで、2人ともそんな反応なの?」
「「シーナの感性が全く理解できないからだ(よ)ッ!!」」
肩で息を切らした2人の苦痛な悲鳴が重なる。
「とりあえず、今その話をしても仕方がないし、今後どうするかを話し合おうか…」
「そうね…私は、しばらく1人で野良に下ろうかと思う」
「お前…判って言ってるんだよな?野良に下るって事は最悪、1人で探索を行う事に成りかねぇんだぜ?」
野良PT…パーティー編成の1つで、主に公募によって行われる募集形態。
利点としては、目的の職業を集めやすいが、AFOには職業と言うシステムが無い以上、殆ど無駄足になり兼ねない行為だ。
それに加え、知らない人同士のパーティーで軋轢が生まれる可能性を孕んでいる。
「それを踏まえて、私は1人になる」
「……ネアは、もう決めたんだね?」
「うん。殆ど個人的な偏見だけども、折角のVRMMOをたった数人のフレンドだけで終わらせたくない。辛い出会いもあるかもしれないけども、単純に出会えた喜びもあるかもしれないじゃない。別に固定パーティーを否定する訳じゃない。固定には固定の良さがあって、野良に野良の良さがあるから」
野良に下る事の利点も欠点も総て背負った上で、これから待ち受ける数々の出会いが待ち遠しく思い、ネアは微笑む。
「だったら、何も言わない。だけど、1つだけ約束して」
「ん。何?」
「1週間後。必ず元気な姿を私達に見せる事。それが守れるなら行ってもいいよ」
シーナは小指を立たせ、柔和な目でなく凛と見据える瞳でネアを真正面から見つめる。
「……ふ、ふふ、あはははっ……判った。約束する」
素っ頓狂な顔を浮かべたネアは、数瞬後一頻り笑うと同じく小指を差し出す。
「「指切拳万、嘘ついたら針千本呑ーーますっ!指切った!!」」
フック状に曲げた小指を互いに引っ掛け合い、元気な掛け声とともに絡め合った指を上下に振り、無邪気な笑みで幼い子供の様に約束する。
「……2人で勝手に進めないでくれ。まぁ、2人の意見に賛成だけどよ。俺は…そうだな、フレンドと一緒に居るから、もしダンジョンで会ったらそん時はよろしくな」
椅子から立ち上がったユイは、タッチボードを操作しネアとシーナにフレンド申請を送り、2人からの承認を確認するとそそくさと部屋を出てしまった。
「……私も、フレンドと一緒に行動する。ネア、またね」
「ええ、1週間後、またね」
マイルームのドアの前でシーナは立ち止まり振り返る。
先程同じように無邪気な笑顔で手を振り、ネアも手を振り返す。
「……1人、か……」
伽藍としたマイルームでネアはぽつりと呟く。
あの喧騒が嘘の様に跡形もなく消え去り、何処か寂寥感に心包まれ、それを払拭するかのようにベッドに身を投げ出す。
だが、それだけでは物足りず、枕を抱いた。
気が付けば、目元に涙が浮かぶが、それを拭うまでもなくただ枕に滲ませた。
暫くの間、咽び泣く声を押し殺した泣き声にならない小さな悲鳴が零れ続けマイルームを包み込む。
――AFO開始から1週間と1日が経過
総プレイヤー数 300000人
総死者数 000050人
現プレイヤー数 299950人