村人Sの災難
TM様主催の『星企画』参加作品です。
【概要】
・レイティングは全年齢で(R15不可)
・文字制限なし
・短編、中編、長編いずれも可。ただし期日までに完結していること。
・タグに”星企画”と記入、他ジャンル・タグなどは自由
家に帰ってきた私は戸口で立ち尽くしていた。
「ま、またやられた……!」
ちょっと留守にしていた間に起こったことは一目瞭然だった。
引き出しが開け放たれている箪笥。中に入れていた衣装が床に散乱している。その隣の道具を入れていた長持の蓋も開いていた。
私は箪笥に近づき、引き出し中にそれと分からないように入れておいた「あるもの」を探した。けれど。
「やっぱりない……! つもり貯金が!」
隣の長持の中も調べる。
「入れておいた薬と薬草もごっそりなくなってる!」
もしやと思い、居間の壁に視線を転じると、護身用のために飾っていた剣もなくなっていた。
私は部屋の真ん中で怒りのあまりわなわなと身体を震わせた。
すっかり油断していた。
まさか今日来るとは思わなかったのだ。
確かに夕べは『星降る夜』。だけど、近所のゾヤ爺さんの話だと今回村を訪れてあの山のことを聞いてきた人はいないとのことだった。だから今回は平気だろうと、そう思って家を留守にして近くの森に薬草摘みになど行ってしまった。
その挙句が空き巣だ。
――ほんっとにもう!
私は手にしていた薬草入りのカバンを八つ当たり気味に床にたたきつけた。
「人の家に勝手に侵入して金目の物を奪っていくなんて! ほんっとに、もう! どうしてくれよう、勇者どもめ……!」
***
「村人S」こと私、シルヴィが住んでいるこの村は神の神託が降りると言われているアラマト山の麓にあり、『始まりの村』と呼ばれていた。
アラマト山の頂上にある女神神殿には神託の間と呼ばれる場所があって、魔王を倒すための勇者の選定と神託が行われている。我こそは勇者だと思う者はみなこの地を訪れるのだ。
そして女神に神託を受けた勇者が必ず立ち寄る村――それが私の村だった。
まぁ、ぶっちゃけ、山に登って降りてくるのに時間かかるし、山の麓にはこの村しかないから、行きも帰りもこの村を基点にするしかないんだけどさ。
でもそれは別にいいのだ。
勇者になりたい、あるいは聖なる山を見てみたい登ってみたいという物好きのおかげでこの村は潤っているのだから。
「だけど、勇者は別! 勇者だけは許せん……!」
私は村で唯一の酒場である「悪酔亭」に行って、看板娘であり私の親友でもあるビビアン相手に愚痴った。
「なんでいつも留守宅に侵入して人の家からお金やら薬草やらを盗んでいくわけ!?」
「シルヴィのところは毎回被害に遭うわねぇ」
のほほんとした口調でカウンターの中のビビアンは言った。
いつも。毎回。
――そう、勇者は一人ではないのだ。
女神は勇者が沢山いれば誰かしら魔王を倒せるとでも思っているのか、わりと頻繁に勇者を選出する。
もっとも、今もって魔王が倒されたという話は聞かないし、魔族も減ったという噂も聞かないから、なんだかなぁという感じではあるが。
勇者の宣託が下されるのは『星降る夜』。
四ヶ月に一度、この地では流れ星がたくさん夜空に流れる日がある。その日に神殿で女神による勇者の宣託が下されるのだ。
もちろん、毎回ではない。何人人が居ようとも誰も選ばれないこともあるのだ。
ここ一年近くは誰も選定されず、勇者として名乗りをあげようという若者も減ってきていた。
だから私も安心しきっていたのだ。今回も平気だろうと。
ところがどっこい、どうやら夕べの星降る夜に勇者は選出されたらしい。
「誰が勇者に選ばれようが興味ないからいいけど、どうして毎々そいつらは村にやってきては人様の家を家捜しして勝手に金目のものを持っていくのか、理解に苦しむんだけど!」
私はカウンターをバンバン叩きながら言った。
そうなのだ。なぜか全く金を持ってないわけじゃないだろうに、勇者の宣託を受けたやつは例外なく村にやってきて、村をうろつき、人々に話しかけ、酒場に情報を求めにやってきて――そしてなぜか村人の家に侵入してはお金やらアイテムやらを勝手に持っていくのである。
被害に遭うのは毎回同じ家ではないが、私の家はかなりの頻度で被害に遭っていた。
……え? なぜ金目のものを盗んだのが勇者だと分かるのかですって?
その答えは簡単だ。私が魔法使いだから。
といっても別に魔法で侵入者の正体を調べたわけではない。
女の一人暮らし、帰ってきたら強盗と鉢合わせとか怖いでしょう? だから家にも魔法で結界を張って侵入者を防ぐように術をほどこしてあったのだ。
もちろん自分より魔力を持つ強力な魔法使いならその防御を破れるだろうけど、結界を破かれた場合にだって術師である自分には分かるようにしていた。だから家から離れて薬草摘みに行っていたって、普通だったら家に侵入者がいたことに私は気づいたはずなのだ。
ところが私はさっぱり気づかず、家に侵入されたと気づいたのは帰ってきてから。
つまり――結界は破かれてはいない。侵入者は結界に触れず――いや、無効にして家に入ったのだ。
そんなことが出来るのは勇者だけ。
「女神の加護」とやらで勇者は彼の前を阻む結界を無効にできるらしい。――この村限定で。
理由はよく分からないけど、この『始まりの村』は勇者のための村らしい。勇者のために存在し、勇者に都合がいいように動いていく特殊な村だというのだ。
「仕方ないわよ、そういう役割の村なんだもの。どうも勇者にはこの『始まりの村』で旅立ちの準備をしろというお告げが出るらしいわ。で、とりあえず必要なのは情報とお金ってことになるみたい」
ビビアンは軽く笑って言った。この村で生まれて育ってきたビビアンはそれが当たり前のことなのだ。
「だからと言ってなんで人のものを強奪していくのよ~!!」
だけど、生まれも育ちもこの村じゃない私には、ここの住民が勇者の蹂躙を黙って受け入れている気持ちがさっぱり分からなかった。
私は孤児だ。
小さくてよく覚えていないのだけど、生まれ育った村が魔族の襲撃に遭ったらしい。両親はその時に命を落とし、私はひとりぼっちになり、破壊された家の前で呆然としていた。その時、偶然村を通りかかった育ての親であるグリエンダに拾われたのだ。
グリエンダは魔法使いで、私の師匠でもあった。たぶん、拾ってくれたのは私に魔力があったということも一因かもしれない。かなりの年だったグリエンダはちょうど後継者が欲しいと思っていたらしいから。
グリエンダと一緒に魔法を教わりながら各地を回った。そして私が十二歳になった頃、偶然に立ち寄ったこの村に定住することになった。
グリエンダがもう放浪する体力もなくなっていたからだ。それになによりこの村には魔法使いはいなかったから温かく歓迎されたということもある。
そして今から三年前に老衰でグリエンダが亡くなった後も、私はこの村にとどまった。五年も住んでいればもう立派な村の一員だし、ここが第二の故郷のような気持ちだったから、離れる気にはなれなかったのだ。
そしてこの村に移り住んで八年。二十歳になった私は村人や村を訪れる旅人に治癒の魔法を施したり、薬草を煎じた薬を売ったりして生計を立てていた。
村の生活には概ね満足している。村人はみんな良い人だし、仕事もやりがいがある。
若い男があまりいないので、恋愛関連に関しては日照り状態だけど――まぁ、近くにモテモテ女王のビビアンがいるせいでもあるが――別に結婚願望はあまりないからそれは構わなかった。
そう、概ね満足だ。
……勇者のことさえなければ。
「決めたわ。今度からは結界だけじゃなくて、罠も仕掛けてやる」
昼間なのでお酒を頼むわけにもいかず、これで我慢しなさいとばかりに渡されたレモンジュースを一気に飲み干すと私はそう言ってカウンターの椅子から立ち上がった。
「あら、もういいの?」
黒い艶やかな巻き毛に縁取られた美しい顔をちょこんと傾げてビビアンが言った。
「ええ、摘んできた薬草も日があるうちに干しておかないといけないしね」
何しろ薬草を入れたカバンも床に叩きつけたままだ。
勇者に散らかされたものの片付けは魔法でぱぱっと出来るが薬草の乾燥はそういうわけにはいかない。魔法で乾燥させたものと日光の力を借りてじっくり乾燥させたものとでは効果が違うのだ。
「お代、ここに置いておくわね」
私は懐から1リエルを取り出してカウンターに置いた。
それを取り上げながら、ビビアンがいたずらっぽく笑った。
「そうそう、シルヴィにさっき仕入れたばかりのとっておきの情報を教えてあげるわ。もちろんタダで」
シルヴィの実家である「悪酔亭」は村でただ一軒の酒場。そして同時にただ一軒の情報屋でもあった。
「とっておきの情報?」
「そう。夕べの宣託からあぶれた元勇者候補さんからの情報よ。今回の勇者の宣託を受けたのは、一人じゃないらしいわ。もう一人いたそうなの――シルヴィの家からお金拝借していった勇者とは別にね」
「――はぁあああ!?」
勇者がもう一人……?
つまり――そいつも村に現れて家宅侵入する可能性があるということだ。取られたばっかりなのに……!
「早くそれを言ってよぉぉ! 《移動》!」
私は絶叫して移動の魔法を唱え、その場から姿を消した――。
***
幸いにも何も取られた物はなかった。つまり、まだまだ村には現れてないか、もしくは今回は私の家に入らなかったのかどっちかだ。
私は部屋の真ん中で安堵の吐息をついた。
もうすでに盗まれているのだからこれ以上取られるものなどないと思うかもしれないが、それは甘い。何しろ大部分のお金は安全策を取ってギルドに預けてあるとはいえ、他にも勇者にわからないようにと隠している財産もあるのだ。
今までの勇者は判で押したように箪笥と長持ちのものばかり盗んでいくとはいえ、もしそこに何もなかったら別の場所に魔の手を伸ばすことも十分に考えられる。
そして女神の加護なんていう厄介な物がついている以上、大事なお金は勇者に見つかってしまうだろう。
そう、実は盗まれたのは対勇者用に予め用意してあったへそくりと薬と武器なのだ。さすがに何度も勇者による盗難の被害を受けると私だって学習する。
お金はつもり貯金で溜めた小銭を用意し箪笥へ。
安価な薬を目立つ長持ちへ。高価な薬は食器棚にこっそり隠してある。
壁に飾られた武器はなまくらの安い模造剣。真に私が使う武器は台所にしのばせる。
そうやって私だって対処してきたのだ。だけど想定して用意していたとはいえ、それが実際盗まれると気分が悪い。
「ほんっと、勇者なんて性質悪いんだから……!」
勇者に毒づきながら、部屋の中に散乱していたものを魔法で片付け、摘んできた薬草を外で広げて天日干しにする。
その間に夕食の下ごしらえでもしようと台所でネギをきざんでいる時だった。それが起きたのは。
「――――」
「――――」
戸口で声と気配がした。
え? と戸口を振り返った私は、防御の結界が張られているためにこちらから解除しないと絶対に開かないはずの扉がぎぃぃと音をたてて開くのを見て目を剥いた。
ま、まさか……!
じっと見守っていると、開いた扉の向こうに白いロープが見えた。正確に言うなら、魔法使いの証である白いロープを着た身に纏った人物が、だ。
全身ロープで覆われているため、顔はよく分からなかったが、身体つきから男であることが見てとれた。
「さーて、この家にはナニがあるかなっと」
っと、その男の横から一人の男がするりと戸口から家の中に入り込んできた。
こっちはロープ姿ではなく、マントと腰に剣を佩いた剣士の服装をしていた。濃い茶色の髪は襟足ほどの長さで、明るい青の瞳とすっきりとした涼やかな顔立ちの持ち主だ。年は私と同じくらいだろう。
これが勇者か……。
じっと観察する私を尻目に、人の家に勝手に入り込んだ勇者はぐるりと辺りを見回すと、さっき片付けたばかりの箪笥に視線をとめてパッと明るい表情になった。
「ここに何かありそうだぞ」
そんなことを言いながら、我が物顔で箪笥に向う勇者。私の額に青筋が浮んだのは言うまでもない。
留守宅はおろか、住民がいても何も言わずに勝手に入り込んだ挙句に目の前で泥棒行為か、勇者め……!
私は手にしていた包丁を勇者に向って投げつけた。
――ドス。
包丁は勇者の鼻先のほんの数センチのところを通りすぎ、音をたてて壁に突き刺さった。
「お、おわっ!」
勇者はとっさのことで反応できず、数瞬遅れて慌てて飛びのく。その目が驚愕の色を浮べて私に向けられた。
「何を勝手に家捜ししてるの、この盗人が」
私は地を這うような低い声で言うと、かねてから用意していた武器を手に取った。
「しゃ、しゃべった! 話しかけてないのに、勝手にしゃべった! どうなってんだ、これ!」
なぜか動揺し、戸口で佇んでいる白いロープの男に困惑したような顔を向ける勇者。けれどすでに白いロープの男の視線はとっくのとうに私の方に向けられていた。
実は戸口に立った時から、ずっとあの白いロープの下から観察されているのを私は感じていた。……同じ魔法使いだからわかるのだろうか。
私も分かることはある。あの白いロープの男の魔力値は高い。勇者よりも。
白いロープの男は私に視線を向けたまま言った。
「村人Sのタグがつけられているけど……」
声の感じからすると、勇者と同年代らしい。
「……けれど、NPCじゃない。隠しキャラ、かな? ある条件をクリアすると出会うことができる。名前はシルヴィ。出身地は遠い北の外れにあるエンダールという所。勝負して勝てば仲間に加えることができるようだ」
「お、さすが『分析』のスキル。そんなことまで分かるのか!」
「……?」
私には二人が何を言っているのか分からなかった。自分のことを言われているっていうのはわかるけど……。
NPC? 隠しキャラ? 何のことだろうか。
「それにしても、こんな序盤から隠しキャラに出会えるとはなぁ!」
嬉しそうに笑う勇者。
ええい、だからなに言ってるのかわからないんだってば!
「何をごちゃごちゃと。とにかく不法侵入だから、さっさと出て行って! 出て行かないなら――」
私は武器を構えた。
「力ずくで追い出すわよ」
「え? それで?」
勇者の目が私の両手にあるものを見て見開かれる。それも当然だろう、なぜなら私のそれぞれの手に握られていたのはお玉とフライ返しだったのだから。
だが、ただのお玉とフライ返しだと思う無かれ!
私はさっと間合いを詰めると、勇者にフライ返しを突き出した。
「……おっと!」
生活感溢れる武器と私の早い動きに一瞬虚をつかれた勇者だったが、さすが勇者というべきかさっと身をかわしてフライ返しを避ける。けれど、最初反応が遅れた分完全には避け切れず、私のフライ返しは勇者の顔の脇の髪を掠った。
シュッ。
「――え?」
フライ返しに切られた茶色の髪が空を舞い、勇者の口があんぐり開いた。
「ちょ、なんだよ、そのフライ返しは!?」
私から距離を取ってフライ返しを指しながら勇者が喚く。
普通のフライ返しは当然髪の毛を切断できない。フライ返しの役割はフライパンの中のものをひっくり返すことであって、物を切る役割は与えられていないのだから。
だけどこれは違うのだ。
私はふっと笑いを浮べた。
「これぞ、村唯一の鍛冶師ゾヤ爺さんの力作、フライ返し型の剣! 特注品で作ってもらって自分で強化したのよ! 何しろ家にある武器はみんなあんた達勇者が盗んでいってしまうからね」
だから武器には見えない、台所にあって当たり前の形をした武器が必要だったのだ。
「そしてこのお玉は!」
私は左手のお玉を掲げて言った。
「メイスよ!」
メイスとは柄の付いた棍棒のこと。そう、調理器具に見えるが、これは立派な打撃武器なのだ。しかもそれだけじゃない。
私は柄の部分のスイッチをポチッと押した。するとお玉の丸みの部分にニョキっと先の尖った棘がいくつも生える。
ふっ。これぞ、ゾア爺さんと私のアイデアが結集した「お玉型メイス」進化系バージョン!
誇らしげにお玉を掲げる私に勇者が口の端を引きつらせながらツッコんだ。
「ちょ、おま、それモーニングスター……」
「モーニングでもイブニングでもどっちでもいいわ。とっとと出て行きなさい、この盗人!」
「何も盗んでないだろうが!」
勇者がわめく。だけどその言葉をケッと私は一蹴した。
「だけど盗もうとしたでしょ。だいたい、それ以前にあんたたち不法侵入だから。押し入り強盗だから」
「だから俺たちは勇者……」
「勇者だろうが英雄だろうが、盗みに入るのは犯罪者! とっとと出て行け!」
私はお玉型メイスを振りかぶった。
「わ、わわ!」
勇者は慌てて戸口へ走る。白いロープの男は相変わらず戸口に立ち中に入ろうとはしなかったが、とばっちりはごめんと思ったのかはたまた勇者に道を譲るつもりなのかは分からないが、スッとドアの外に身を避けた。その開いた戸口を勇者が駆け抜ける。
家から追い出すことに成功した私は武器を両手に戸口に立って言った。
「おとといきやがれ、強盗ども!」
……まぁ、実際彼の言うとおり、家に侵入されただけで実害はなかったからある意味これは八つ当たりなんだけど。だけどさ、もし私が居なかったら――いや居ても、あれって絶対盗もうとしてたよね?
――本当にいったいどうなってるのさ、勇者って! 世界を救う前に盗み癖をどうにかした方がいいと思う!
その勇者はいったん家から走って10メートルほど離れたのだけど、途中何を思ったのか、踵を返してこっちに戻ってきた。
まだ諦めてないのか、盗みを!
「あのな、ちゃんと人の話を聞けって! 俺たちは――」
「《疾風》」
私はつぶやいた。魔法を発動させる呪文詠唱の最後の部分だ。長い呪文をダラダラ言わなくても術に慣れた魔法使いは簡単な詠唱だけで術を繰り出すことができるのだ。
私の目の前に風の渦ができる。
「ああ、忘れてた」
ノンビリとした声が掛かった。白いロープの男だ。戸口付近にいたらしく、思ったより近くから声が聞こえてビクッとしたけど、彼が声をかけた相手は私ではなかった。
「彼女、魔法使いだから。ランクは特A」
勇者はぎょっとして目を剥いた。
「それを先に言えよ!」
魔法使いにもランクがある。
Sランクが最高位で次に特A、A、B、C、Dと続く。私は特Aランクを持っていて、自慢ではないけどかなり優秀な魔法使いだ。
え? それがなんで片田舎の村の魔法使いをやっているかって?
特Aランクともなれば国付きの魔法使いにもなれるけど、同じく特Aだった師匠のグリエンダがかなり自由人で、命令を聞いたり制約を受けたりするのを嫌っていたのだ。だから彼女はしがらみを嫌って一箇所にとどまらずに放浪生活を続けていた。彼女に育てられた私も同じように制約を受けるのは好きじゃない。
ここなら誰に命令されることなく、自由でいられる。どこかに所属して上からの命令を聞いたりするのは真っ平ゴメンだ。
魔法によって作られた目の前の風がごうごうと音を立てて、逆巻く。
「行け!」
私はその風をこっちに来ようとしていた勇者に向って叩きつけた。
「う、うわぁぁぁ!」
渦が勇者を襲う。だけど渦に巻き込むだけで私の風は攻撃はしない。
だって私自身傷つけられたわけじゃないし、それにこの『始まりの村』で勇者を傷つけたりしたらどんな反動が起こるかわかったものじゃないから。
だから、ちょっと頭を冷やして反省してもらうだけだ。
強力な風は彼の身体をいとも簡単に持ち上げていく。
魔法が自由に使えるなら防御の魔法を使って巻き込まれないように出来るのだろうけど、この勇者、どうやら魔法はそれほど得意じゃなさそう。魔力はそこそこあるのに。
……それは多分、きっと、魔法使いが近くにいたから。だから彼自身は使う必要がなかったのだろう。
私は自分の数メートル横に佇んでいる白いローブの男にちらっと視線を向けた。
こいつってば仲間がやられかけているのに、助けることもしないでただ見ているだけ。
私の風は移動させるだけで、傷つける意思がないのが分かっているからなのかもしれないけど……。
何を考えているのかわからないタイプのようだ。こういうタイプははっきり言って苦手だ。
「わ、わぁぁぁぁ!」
風は渦を巻いて、勇者を空高く持ち上げ、そのまま空を移動していく。目指すは村の外れにある池だ。
勇者なら池にポチャっても死ぬことはないだろう。少なくともこの村は勇者のための村だから、命がなくなる事態になるわけがない。
やげて遠くの方で雄たけび(悲鳴?)と共にバシャーンという派手な水音が響いた。
「はい、一丁あがり。ミッションクリア!」
私は達成感にふぅと大きく息を吐いた。
「お見事」
その言葉と共にパチパチパチという拍手の音が聞こえた。目をやって確かめるまでもない。あの白いローブの男だ。
私は顔を顰めながら男に向き直った。
「彼、助けなくていいの? 仲間なんでしょう?」
「確かに仲間だし幼馴染だけどね。まぁ、レイは殺しても死にそうにないくらいしぶとい奴だから別に平気だろうさ」
事も無げにそう言う男。仲間に対してこの言いようとは。
私は思わず勇者に同情した。
だってこいつはわざと私が魔法使いであることをあの勇者に言わなかったのだ。言っていれば彼はあんなに余裕かましていられなかっただろう。何しろ特Aだ。
でも、なぜこいつは最初の時に言わなかったのだろうか。
単に勇者に対する嫌がらせ?
それとも私が魔法を使うところを見たかったから……?
胡乱な目で白いローブの男を見ていると、彼は笑った――ローブに隠れて見えないのに、なぜか私には笑ったのが気配で感じられた。
「それにあいつのおかげでいいものが見れた。さすが特A。詠唱を省略して単語一つで風を操るとは……。うん、気に入った。……是非とも欲しいね」
最後にボソッとそうつぶやくと、彼は顔を覆っているローブを後ろに払う。
現れた顔に一瞬虚をつかれ、私の脳裏からその呟きのことがふっ飛んだ。
池に飛ばした勇者も整った顔立ちだったが、それは精悍なと表現されるべきもので、こちらとはまた違っていた。
肩先まであるシルバーブロンドの髪と、宝石のような濃い菫色の瞳。顔立ちは中性的。男性としても女性としても美しいと表現される部類の容姿だ。だけどなよっとしたものは一切見当たらなかった。
ちょっと見とれていると目の前の麗人がふっと笑った。
「ねぇ、シルヴィ、僕が勝ったら一つお願いを聞いてくれるかな?」
「え?」
目を丸くする私の目の前で彼はローブの下から抜き身の剣を取り出すと、まるで風のような身軽さで一気に私との距離を詰めた。
「なっ……!」
何が起こったのか分からず反応が遅れた。けれど、頭上から振り下ろされた剣をとっさにお玉とフライ返しを交差させてギリギリの所で受け止める。
いきなり何すんだ、こいつは……!
そもそも魔法使いなら剣じゃなくて、その手に持つものは杖だろうが、杖!
私は自分のことを棚に上げてそんなツッコミを心の中でしつつ、歯を食いしばって剣の重さを受け止めた。
至近距離にある、男の紫色の瞳と私の琥珀色の瞳が交差する――。
その時、私の脳裏にまるで天啓のようにひらめくものがあった。
……なんてこった!
「くぅ!」
私はお玉とフライ返しで受け止めた剣を、何とか横に流して飛び退き、男と距離を取った。
この時戸口から家に逃げ込まなかったのは、家を守るため。この男と私の力がぶつかったら、こんな小さな平屋の一軒家など簡単に吹き飛ぶだろうから。
私は男と我が家から距離を取るため、背後に注意しながら家の横手に向かった。
そこは空き地のような場所だった。魔法の実験とか練習するための空き地で、周囲には何も障害物となるようなものは置いていない。近所とも距離が開いている安全な場所だった。
多分男も家を巻き添えにしたくないという私の意図を汲んだのだろう。振り返ると、のんびりとした足取りで私の後に続いていた。
私は足を止め、近づいてくるロープの男に言った。
「……勇者はあんたの方ね?」
どうしてあの紫の瞳を覗き込んだとたんにひらめいたのかはわからない。
けれど思い返せば、結界が張ってあるはずの玄関の扉を開けたのは、このローブの男の方だった。こっちより剣士のあの男の方がいかにも勇者っぽいからついそっちが勇者だと思い込んでしまったけれど。
「そうだよ。宣託を受けたのはレイじゃないて、僕の方。あいつの方が勇者向きだと思うんだけどね」
軽く笑いながら白いローブの男――勇者が言った。
「あなた魔法使いよね」
「ああ、魔法使いだよ」
「……魔法使いでも勇者になれるんだ」
「別に剣士じゃなければ勇者になれないなんてルールはない。宣託を受ければ農夫だって勇者だ。ただ、今までは剣士が宣託を受けることが多かったからそのイメージが強いだけだろう。……もっともあの馬鹿に付き合っただけで、僕だって勇者になる気なんてまったくなかったんだけどね」
そう言って勇者は肩をすくめた。
どうやら勇者になりたくて山に登ろうと提案したのはあっちの男だったらしい。彼は付き合いで一緒に山に登って、そして自分が宣託を受けてしまったということのようだ。
「レイは魔王を倒すってヤル気満々だけど、僕はね、勇者なんて面倒なんだ。でも選ばれてしまったら拒否できないらしい。だから、さっさと済ませてしまいたい」
勇者が剣を構える。私も反射的にお玉とフライ返しを構えた。
そんな私を見て、勇者が微笑む。
「……だけどね、おかげで面白い興味深いものが発見できたから、今はそれほど嫌じゃないんだ。……《大地の剣》」
最後の言葉を言うや否や、私の立っている地面が地響きを起こした。
……ちょ、いきなり高度な技かよ!
「《飛翔》!」
私は魔法を使ってとっさに空に躍り出る。その一瞬後ズゥゥンと音がして、今まで私が立っていた地面から尖った大きな岩が突き出ていた。少しでも遅かったらあの岩に串刺しにされていただろう。
このぉ、手加減なしかい! 容赦ねえな、こいつ!
「《氷の刃》!」
私は飛翔の魔法を維持しながら、こちらから攻撃するべく魔法を紡いだ。
私の目の前にいくつもの氷の氷柱が現れる。そしてそれが一斉に勇者に向った。
……けれど、勇者はそれを避けようとしない。動く気配もない。そしてその麗しの唇から言葉が発せられることはなかった。ただただ魅惑的な弧を描くのみだ。
それなのに――。
「……嘘ぉ!」
私は驚愕した。
私が作った氷の礫が勇者の目の前で何かに阻まれるように次々粉砕されていくのだ。
……同じ魔法使いだから分かる。魔力を感じる。
あれは魔法だ。勇者は障壁を張ったのだ――自分の目の前に。
けれど私が驚いたのはそんなことではなかった。彼は何も言葉を唱えなかった。あの口からは呪文はおろか、何のつぶやきさえ紡がれていなかった。なのに魔法の障壁は展開された。
つまり、それは――
「無詠唱!?」
魔法には呪文の詠唱がつきものだ。だけど必須ではない。呪文は魔力をその術に最適化するためのものだから、術に慣れた者は呪文をどんどん省略化できる。
私が唱えている《氷の刃》だの《飛翔》だのは呪文の最後の一節、発動の鍵となる単語で、元の長い呪文を簡略化したものだった。
だけど、さすがの私も無詠唱で魔法は展開できない。火をおこすとか簡単な魔法なら無詠唱でできるけど、障壁を作り出して相手の魔法を無効化したりする高度な技を鍵の言葉なしで発動するなんて……。
私の顔から血の気が引いた。
そんな高度なことが出来るこの勇者は、もしかして――――。
「……あなたの魔法使いのランクは……もしかして……」
あえぐように問いかける。青ざめながら空に佇む私を見上げて、にっこりとその麗人は笑った。
「僕はSランクだよ」
――魔法使いとしては最高のランク。それがS。
「嘘ぉぉぉぉ!」
「今度はこっちの番だね」
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇ!」
――空き地に爆音が響いた。
***
気がついたら勇者に地面に押し倒されていた。
「ちょ、ちょっと、なんでこうなった……?」
両手を地面に縫い付けられて、白いローブの男改め勇者に圧し掛かられていた。お玉もフライ返しもとっくに私の手から失われ、空き地のその辺に転がっていることだろう。
だけど、どうして私も地面に転がって男に押し倒されているのか理解に苦しむ。
――勝負は負けた。
相手は私より上のランクのS。しかもここは『始まりの村』で勇者に有利になっている場所だ。善戦したとは思うけど、所詮は勝ち目のない相手だ。
何度か魔法を撃ちあった後、武器も失った私は負けを認めた。潔く認めた。
でもその時は地面に立っていたはずなのに、今どうして私は地面に倒されているんだろう。なぜ勇者に圧し掛かられているんだろう。
勇者は至近距離から私の顔を覗き込んだ。
……その顔は笑っていた。嘲笑とか勝ち誇ったとかそういう類ではなく、何となく満足そうな、捕らえた獲物をどう料理しようと考えているかのような、そんな笑みだった。
ヤバイ……悪い予感がものすごくするんですけど!
「言ったよね、勝ったら僕のお願いを聞いてもらうって」
「承知してなぁぁいぃ」
勝手に勇者が言っただけで、私はお願いを聞くなんて一言も言ってない!
「勝負に勝った者がルールを決めるんだ。君が承知しようがしまいが、僕のお願いは聞いてもらうよ。拒否は許さない」
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
更にぐいっと顔が近づいてきて、私は心底焦った。
恋人いない暦=年齢だとしても、そういう知識はド田舎にいてもあるわけで!
うわわわわわ!
「ちょ、ちょっと、ここは全年齢だから! R指定ついてない場所だからして!」
「大丈夫、月に連れて行ってあげるよ」
「ちょっと、なに言ってんの!?」
おいおいおい!
「僕のお願い、知りたい?」
「知りたくないですぅ!」
そんな色気が漂う笑みと声で言われたって押し倒された状態では怖いだけだから!
「僕のお願いはね」
彼は私の耳元にそっと唇を寄せてささやいた。
「……君が欲しいんだ」
「ぎゃああああ!」
「仲間として」
「……あ?」
「とりあえずはそこから始めるとしよう」
「へ?」
あ、あれ、勘違い? 欲しいって、仲間への勧誘だったの?
押し倒された上にヤバイ台詞だったから、てっきりエロゲー路線にいくかと思ったわよ!
ホッと安堵するのと同時に怒りが込み上げてきた。
「……ひ、人騒がせな!」
思わせぶりに何を言うのかと思ったら!
思わず間近にある顔を睨みつけると、勇者は艶然と笑った。
「とりあえずはって言ったでしょ? もちろんストレートにそういう関係になりたいのなら、僕は喜んで――」
「ああああ、お前何やってんだよ!」
勇者の言葉に重なるように、悲鳴のような声が轟いた。
ハッとそちらに目をやると、最初勘違いして風で池まで飛ばした勇者改め剣士が、全身ずぶぬれの状態で立っていた。彼は私たちの方を目と口をあんぐり開けて見ていた。
その姿はマヌケとしか言いようがなかったが、私にはそれはもう天使のように見えたものだった。
「……もう戻ってきたのか……チッ」
忌々しそうに盛大に舌打ちする勇者の下で、私は安堵の息を吐いた。
***
その後、すったもんだした結果、私は勇者の仲間に加わることになった。
いや、本当はすっごく嫌なんだけどねっ!
だけどさすが勇者のための『始まりの村』だけあって、勇者が私を連れて行きたいと言ったら村人全員が諸手を上げて賛成してしまったのだ。嫌だと駄々をこねる雰囲気じゃなかった。
それに何より、勇者に脅されて一緒に行かないわけにはいかなくなった。
何しろあの勇者ときたら、
『シルヴィが行かないのなら、僕も行かないよ』
だの言い始めて、挙句の果てに、
『この村で二人で生活するのもいいよね。あ、その場合はR指定の世界にまっしぐらだから』
などとエロゲー路線を匂わせるのだ。
……こいつのSランクのSは違うSだと思う。
そんなこんなで脅された私は本気で貞操の危機を感じ、渋々ながら一緒に行くことを承知した。承知するまで蛭のように食らいついて離してくれそうになかったからだ。
こうなったらこいつらと縁を切るためにはさっさと魔王を倒すしかない。そう決心して私は、村人の万歳三唱に見送られて村を後にした。
その後の勇者一行の旅は、ゲームでおなじみのシナリオである。
魔族と時々やりあいつつ、行った先々で仲間をスカウトして人数を増やしていった。旅は順調に進んだ。いや、破竹の勢いで進んだ。――Sで腹黒策士な勇者のえげつない作戦&戦い方のおかげで。
『要は勝てばいいんだろう? 手段なんて選んでいられないよ』
そう言って奴が立てた作戦は――あああ、口にできないくらい非道で、魔族の皆様に思わず同情したくらいだ!
なんであんなの勇者に選んだんですか、女神様! ヤケクソですか?
そう思ったことは一度や二度じゃない。
だけど私も頑張った。これも早く勇者と縁を切りたいが為。……ええ、えげつない作戦に便乗して八つ当たりで魔法ガンガン使いまくっていたなんて言いませんことよ!
そんな私が仲間内で「なんて似合いの二人だろうか。あの非道っぷり、半端ねぇ!」などと陰で言われていたなんて……まったく知らなかった。
――そう、知らなかった。
実は勇者が私に一目惚れしていて、あの時言ったお願い事『君が欲しい』が本気も本気だったなんて。
何とか魔王を倒した後、これでようやく縁が切れると喜ぶ私に再び例のお願いを持ち出してくるなんて。
そして『始まりの村』に帰る私に無理矢理くっついてきて、村に――しかも私の家に――定住することになるだなんて。
更にその幼馴染の剣士までもが酒場の看板娘であるビビアンに惚れて村に住み着くようになるだなんて。
――全く、予想もしていなかった。
***
「本当に、どうしてこんなことになったのやら」
私は戸口に立ち、星空を見上げてため息をついた。
瞬く星々の光の間を、一瞬だけ流れては消えていく光の筋がある。一度だけではない。いく筋も流れていく。
そう、今日は四ヶ月に一度の『星降る夜』だ。
――けれどもう勇者が選定されることはない。
魔王は勇者によって倒されたからだ。
それにも関わらず山に登ろうとする人間は後を絶たない。
なぜなら『星降る夜』にアラマト山山頂にある神殿にお参りをすると、恋がかなうとかいうわけの分からない噂が流れているからである。
なんだそりゃと思ったものの、そのおかげでこの村が大いに潤っているから文句は言えない。
――勇者のための『始まりの村』。
勇者選定がなくなった今、村の役割は終わり、形を変えた。
――勇者とその家族や仲間が住む『始まりの村』へと。
「本当に、本当に、どうして……っ」
私は自分のぽっこり膨れたおなかを見下ろし、そして星空の下で叫んだ。
「だから、どうしてこんなことになったのよぉぉぉ――――!?」
変な話ですみません。星ほとんど関係ないです、すみませんm(__)m
書いている本人は楽しかったですが、企画モノとしては面汚しになった気がします……。
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【シルヴィ】
容姿:金髪に琥珀色の瞳。そこそこ美人。
村人S。勇者が家捜しする家の持ち主で、本来であれば勇者と顔を合わせるポジションではない。でも本人は知らないが実は隠しキャラで、ある条件が揃えば勇者と出会うようになっている。勝てば仲間にスカウトできる。
(ある条件とは『宣託を受けて一度は断り、すぐに村に入らないこと』)
特Aランクの魔法使いで武器は特注のお玉とフライ返し。
性格はしっかり者。
【アルフレード】
容姿:シルバーブロンドの髪に紫色の瞳。中性的な美人。
勇者。幼馴染がアラマト山に登りたいというから、嫌々付き合ったら自分が勇者の宣託を受けてしまった。面倒だからやりたくない。このままバックレてやろうと思っていたが、シルヴィに一目惚れして考えを変える。仲間として一緒に旅をしていれば付け入る隙を見つけて、あんなことやこんなこともできると思ったとか思わないとか……。
Sランクの魔法使い。
性格はSで腹黒鬼畜。実はシルヴィより一歳年下。
【レイノルド】
容姿:濃い茶色の髪に碧眼。爽やかイケメン。
剣士。アルフレードとは幼馴染。勇者になりたくて幼馴染を誘ってアラマト山に登ったが、勇者にはなれず幼馴染が勇者に宣託されてしまったという不幸な青年。だけど根が明るいしポジティブなのですぐに気持ちを切り替えて、勇者の仲間として頑張ろうとしている。本来なら勇者ポジションにいたはず……?
ランクAの剣士。
考えるより先に行動、というタイプ。やや脳筋。女の子は守るものという思いがあるので手を上げることはしない。