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ありえない偶然(前篇)

「それでは殺された北川さんが、若い男と一緒にいるところを見たのですね?」

「一ヶ月ほど前の日曜日、家族でE 海岸のKに行ったとき、駐車場で彼女が若い男、ちょっとタレントの木村に似たいい男よ。その男の運転する車の助手席の彼女を見たわ!」

「間違いなく北川さんですか?」

「間違いないわ!だって、月曜日に彼女にKで見かけたと言ったら、顔を真っ赤にして“みんなには黙っていて”と頼まれたわ。だからみんなには黙っていた。

 これでも、口は堅いのよ」

「名前はわからないでしょうね?」

「“ハシモト”よ!」

「・・・」

「二・三週間前、ここの裏口で一服していると彼女が携帯で話をしているのが聞こえたの。

 彼女は言ったわ。“ハシモトさん、二十万円でいいのね。用意するわ。今夜、会える?”

 ・・・。

 彼女、ちょっと太目だし・・・」

“あなたより、ずうっとマシだ”

「けっして美人じゃないから・・・」

“あなたには言われたくないとあの世で北川さんは言っている、きっと!”

「三十の大台前まで、浮いた噂一つなかった。

 それが年下のイケメンと付き合っている。きっと彼女は男に貢いでいたのよ。あの車も、きっと彼女が男に買ってやったのよ、間違いないわ。

あげくに殺されたのよ」

「おっと、そこはこちらで捜査します。彼女のためにも、変な噂を流さないで下さいよ!」

「分かっているわ。私にもそれくらいの常識は持っているわ」

「お願いしますよ!

 その若い男の車について何か覚えていませんか?」

「車はトヨタのヴイッツのホワイトよ!」

「・・・。

 ずいぶん詳しいですね?」

「息子の乗っている車と同じだから分かるわ。車番は56××。後の二桁は見えなかった・・・。悪いわね」

「それだけ分かれば充分ですよ。後は、こちらで調べます」

「調べる必要はないわ。だって、私、人殺しのイケメンの住んでいるところを知っているもの・・・」

「・・・」

 数日前、若杉町のコンビニで車に乗ろうとしたとき、ヴイッツのホワイトの56××が通りの向こうのマンションの駐車場に入っていくのを見たの。車から降りてきた男は、間違いなくあの男よ。

 人殺しのイケメンはそこに住んでいるのよ」

「ありがとうございます。あなたのお話は大変参考になりました」

「私、裁判の証人として呼ばれることあるかしら?」

「状況によっては、あるかも知れません。その時はよろしくお願いします」

「分かったわ。任せておいて」と、ひどく太った中年の女が嬉しそうに言った。



 その日の夕方、彼、ハシモトがヴイッツのホワイトの56××を降りたとき、二人の見知らぬ男が彼の前に立った。

「ハシモトさんですね!」

「そうですけれど・・・?」

 二人の男は同時に警察手帳を提示し、年嵩の男が言った。「S警察署の佐藤と奥瀬です。先日、この近くの公園で死体で発見された女性についてお聞きしたいのですが・・・」

「はぁ・・・」とハシモトは心底驚いた。だが、その驚き方はちょっと大げさで、二人の警官には芝居じみたものに見えた。

「私は殺された北川さんを知りませんけれど・・・」ハシモトは困惑して言った。


 その時、一台の車が駐車場に入りかけながら、そのまま走り去ったのをハシモトも二人の刑事も気がつかなかった・・・。


 佐藤警部補が勝ち誇ったように言った。「私は“死体で発見された女性”としか言っていないのに、あなたは“北川さん”と殺された女性の名前を言った。

 本当は北川さんをお付き合い、それも相当深い付き合いがあるのでは・・・?たとえばこの車を買ってもらったとか、お金を借りているとか?」

「この街は、今、どこでも、この街で起きた殺人事件の話でもちきりですよ。殺された北川まちという名前はこの街のみんな知っていますよ」

 数台の車が続けて駐車場に入ってきた。

「ここでお話を聞くのも、何ですから。署でお話をお聞きしたいのですが・・・」

 顔見知りのマンションの住人が彼をじろりと無遠慮に睨んで、マンションの中に消えた。そのうち一人は、彼の左隣の住人だった。

「もちろん、任意ですから、拒否することもできますが、」佐藤警部補が言った。「今度、私たちが来るときは面倒なことに・・・」

 マンションを覗うと、窓にこちらを覗き込んでいる人影がいくつも見えた。

 ハシモトは肩を竦め、それでも精一杯皮肉を込めて言った。

「分かりました・・・。本当に私は殺された女性とは何の関係もないのですから、じっくり説明すれば誤解は解けるはずだ。警察が馬鹿でない限り」



 ハシモトはS警察署の小さな会議室に案内された。

 粗末な会議用テーブルの向こうに佐藤警部補と奥瀬刑事が座った。ハシモトが座った椅子は、所々カバーが破け中身が見た。


「まず、お名前は?」と、佐藤警部補。

「ハシモトケイジ。と言っても警察官ではありません」

 二人の警官はクスリともしなかった。

 橋本は肩を竦め、話を続けた。

「川を渡る橋、BOOKの本、敬う、治めるで啓治です。県庁の環境推進課に勤務しています」と橋本。

「それでは橋本さん、先週の土曜の夜の十時ごろ、何処にいましたか?」と佐藤警部補。

 その時間が北川まちが殺されたと思われる時間だった。

「マンションの自分の部屋にいました」と、橋本。

「それを証明してくれる人は?」

「一人暮らしですから、誰も・・・」

「誰か訪ねて来た人は?例えば彼女とか宅急便が来たとか・・・」

「誰も!」

「では、見ていたテレビの内容を話してもらえませんか?」

「Fテレビを見ていたのですが、あまりにもくだらないのでいつの間にか眠ってしまった。若手のほとんど無名の漫才が出てくるのですが、少しも面白くない。スタジオは大笑いをしているけれど、ちっとも面白くない。あれの何処が面白いのか全く理解できない!」

「その感想には私も一票ですが、それでは残念ながらあなたのアリバイの証明にはならない」

「でも、私は北川という女性とは一切付き合いはありませんから、その女性が殺された時間に何処にいようが関係ありません。

 第一、私には婚約者がいる。半年後には私達は結婚する。他の女性と付き合う暇はありません」

「二股か・・・」と、初めて若い奥瀬刑事が独り言のように口を開いた。

 思わず橋本は奥瀬刑事を睨みつけた。

「私は二股なんかしていません。

 彼女のお父さんはこの街の市長です。G商事グループのオーナーです。この街で、否、この県で彼女のおとうさんに睨まれたら生きていけません。それに私は公務員です、変な噂を流されると困る」

「となると、どうしても橋本さんと北川さんが全く関係ないこと、知り合いでないことを証明してもらう必要があります。

 実は一ヶ月ほど前の日曜日、E 海岸のKの駐車場で年下の若い男と北川さんを見かけた人がいるのですよ。証人によると男はタレントの木村に似たイケメンだったそうです。

 あなた、タレントの木村に似ていないこともない・・・?人によってはそう思うかも知れない・・・」

「・・・。

 このところE海岸には行っていません。絶対にその男は私ではありません!

 人違いです!」

「ところがその男と被害者の北川さんが乗っていた車は、トヨタのヴイッツのホワイトです」

「トヨタのヴイッツのホワイトに乗っているのは私だけではない」橋本はほとんど悲鳴のように言った。

「その上車の車番の頭二桁が56だったと証人が言っているのです。

 あなたはタレントの木村に似ていて・・・。頭二桁56のトヨタのヴイッツのホワイトの乗っている!他にタレントの木村に似ていて、頭二桁56のトヨタのヴイッツのホワイトの乗っている男がいる?

 こんなに偶然が重なることってあうのでしょうか?」

「信じられないかも知れないが、その偶然が起きたのだ」と、橋本は弱弱しく言った。



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