◇第8章 転入初日
リダの歴456年 金色狼の月 9日
サーヴァス学院。それは16年前の大戦での経験の下、若きブレイブたちを集め組織的な連携をとれるように指導を行い、来たるべき『魔族の再侵攻』に対抗することを目的に設立された施設だという。
(まあ、動揺があるのも当然だろうけどなぁ)
獅道は教師に連れられ、廊下を歩いていた。朝は先日の生徒二名が殺害された事件の報告と、獅道も『その場にいた』ヴェルデ魔導城塞再奪還の報告が大講堂で行われた。生徒が殺された件もどよめきはあったが城塞の件ではその比ではない声が挙がった。
(魔族の侵略が再開されたとすれば、それこそここに来た連中にとってはただ事じゃあないだろうしな)
魔族と戦う。そもそもがここはそのための施設ではある。だが、大戦からすでに16年が経った。戦争を知らない子供たちがその局面を迎えて落ち着けるかといえば無論否であろう。
「とはいえ、まあ『ないだろう』とは親父も言ってたし大丈夫だろうけど」
「なにか?」
獅道の独り言が聞こえたのか。前を歩いていた眼鏡の女指導官が尋ねてきた。
「いえ。なんだか大変な時に来たなと思いまして」
「確かに。ここ何年も魔族に軍隊としての動きは見られなかったしな。今は非常事態といっていいだろう」
だが、「しかし」と指導官は続けた。
「君もこうした事態になることを承知で、いや、こうした事態に抗するためにこの学院に来たのだろう」
「ええ。そうですよ」
獅道は自ら望んでここに来たわけではない。しかし、そうした事態が起こり得ることを承知して来たのもまた事実ではある。
「良い返事だ。ただ一回生に即時出番が回ってくることはないだろうよ。それに今回のは…」
指導官は続けていた言葉を言いよどんだ。
「今回のは?」
「いや、楽観的に考えるべきではないのだがね。恐らくは早々に何かはないだろうと思う」
「恐らくは?」
「確証はない。しかし今回の城塞の侵攻は何かしらの斥候が目的だったというのが現場の推察だ。状況からしてヤツら、あの城塞に長居するつもりもなかったみたいなのでな」
「つまりは城塞を奪い返すことが目的ではなかったということですか」
「ああ。今回はしてやられたが元よりあの周辺は我々人類のテリトリーだからな。立てこもったところで補給線は繋がらず干上がって終わりだ」
女指導官の話は獅道の知る情報を照らし合わせた限りでは事実であろうと思えた。加えて、獅道は魔族の勢力が現在三分化され、腐食領域外への侵攻が不可能なことも知っている。
「では何が目的だったんでしょうね」
「さあな。私は知らんが上は知っている風だったな。まあその辺は気にするなということだろう」
上、つまりは英霊協会のことだろうか…と、獅道は考える。
(神域の門のことは情報が公開されていないらしいからな)
門については英霊協会とセフィリアの上層部のみで情報は止められているらしいとはあの男、ファーンの言葉だった。
「それとだ。学院長も言っていたが、警護隊が城塞に割かれるから魔獣討伐などの仕事はこちらにも多く回ってくるようになる。そういった意味では一回生でも危険は増すと言えるだろう」
「魔獣討伐…」
「大戦以降、魔獣の発生件数は飛躍的に増えているからな。その上、巨獣の襲撃件数も年々増加している」
土地を荒らし人に害をなす魔獣は腐食領域周辺の国々にとっては昔からの大きな問題だ。特に10Mを超える巨獣と呼ばれる大型魔獣は村の一つや二つを簡単に消し去ってしまう。また通常の軍隊では巨獣の機動力に追いつくことが至難な上、戦ってもほとんど相手にならないため巨獣討伐は機動力と火力を併せ持つブレイブたちに基本的には委ねられていた。
「巨獣討伐はブレイブにとって最高の栄誉のひとつだが、同時にブレイブの損耗率が最も大きい任務だ。それに巨獣でなくとも中級クラスの魔獣は学生の平均レベルでは太刀打ち出来ないものも多い」
「あー、そんなのと戦うと思うとゾッとしますね」
「ふむ、弱腰だな」
「すみません」
「いや、怖いと思えるのは悪い事じゃないさ。学生の中にはさっさと闘わせろってのも多いがね」
「その気持ちも分かりますけどね」
「そうだな。ここには子供の頃から実際に戦っていた連中も多く在籍しているし、その衝動もまたブレイブのサガといえるだろう。だがそうした蛮勇などの無謀な死を避けるためにこの学院は出来た。シドウ・アルダイム、お前もここに入った以上はそのことを忘れるなよ」
女指導官はそう言ってまた歩き始めた。
※※※※※※※※※
「ふぅ」
教室に戻ってようやくミディアは緊張が解け、気分も落ち着き始めていた。
サーヴァス学院生『ミディア・レイアム』、彼女はアルベスタ帝国の魔道大家八陣の一つ、闇のレイアムの次期当主と期待された少女である。もっともレイアム家自体は没落寸前と云われており、次期八陣はジュナイ家にとって代わられるだろうというのが魔道師たちの間では常識となっていた。
ミディアはそうした状況を憂いたレイアム家の最後の希望としてこの学院に送り出された少女だった。魔族たちの再侵攻の際に武勲を挙げる、それが叶わなくとも巨獣討伐で名を挙げる…くらいはやらなくては家を建て直すことは出来ないだろうと当主である母親に言われて送り出されたのだが肝心のミディアは
(そんなこと言われても…ねえ)
と、特に意欲もなく、かといって諦めている風でもなく、漫然と学院生活を過ごしていた。
「シェスくん。あまり動かないでよね」
その言葉にミディアの座る机の上にいる日傘を差した黒いゴム鞠のようなものがキュィイと声を上げて返事をした。よく見れば丸みを帯びたボディからわずかに突起物が飛び出し、まるで手を振っているかのように動いている。
「ところで、ねえユリアちゃん。さっきの話だけれど」
「なあにミディア。さきほどのというと大講堂からの帰りの話のことかしら」
となりの席のユリアが聞き返す。
「そう。魔族からの侵攻はないだろうって話だけど本当なの?」
「確実とは言えないのですけれどね。わたくしが司祭様から聞いた話では魔族の兵たちはあの城塞を使用せずに帰ろうとしていたようだったとのことですわ。四聖のファーンもだからこそ討ち取れたと話しているようですし」
太陽神ディアマンテの司祭であるユリアはそうした情報を学院から伝えられるよりも多く手に入れられる立場にある。無論ユリアにも話せる部分とそうでない部分の線引きは出来てはいるのだから、今聞かせてもらっている内容は公にされても問題のない話なのだろうとミディアは判断して話を進めた。
「だからこそって、それでも一人なんだよねえ」
「ええ。さすが最高のブレイブと言われるだけはありますわね。正直、何をしたら1人で城塞を落とせるのか想像すら付きませんわ」
ユリアは肩をすくめた。それだけ彼女らにとってもファーンという存在は規格外なのだ。
ブレイブが一般の人間と違うのは全員が魔術的素養を持っているということと、その魔力を用いて身体能力に上乗せできるという点のみである。剣を幾度降ろうとも早々に疲れることもない。力が強く、素早く、疲れずがブレイブをブレイブたらしめている。
だが逆に言えば『ただ』それだけだ。斬られれば血は出るし首を落とせば死ぬ。集団戦のように密集した状態では本来の力を発揮できず、周囲を取り囲まれれば容易く殺されてしまうだろう。ましてや魔族もブレイブ同様に魔力を身体能力に上乗せできる存在なのだから対峙した際にブレイブであることのアドバンテージはあまり多くない。
「大戦後はあまり名前を聞かなかったけど、やっぱり凄いんだねえ」
「わたくしもお母様からあの方の逸話は散々聞かされてましたけど、正直まったく信じていませんでしたの」
ユリアの母エミル・アリエールはファーンと同じ四聖の一人だ。しかし横恋慕していたファーンへのリスペクトは未だに衰えておらず、あの母親なら過去の思い出など丸ごと拡大誇張されていたとしてもおかしくない…とユリアは常々思っていた。なお、余談ではあるがオルドナガル全土に広まっているファーンの英雄潭の7割はエミルの逸話を元にしたものであり、残り3割は他の著者によるファーンとユーリのラブロマンスであると言われている。
「ユリアのお母さんはファーン様の熱烈な信者だものねえ」
「ええ。ですが今回の話が事実だとすれば信じないわけには行かないかもしれませんね」
(とはいえあの方の話になるとお父様の立つ瀬がないのですよねえ)
大戦の翌年に最高司祭であった父と政略結婚させられたエミルは非常に大きな不満を抱いていたのだろう。ことあるごとに父はファーンと比べられ、10年ほど前にはそのストレスが原因で胃に穴が空いて長期治療をしていたこともある。
(まあ、お父様も人が良すぎる部分もありますから仕方ないと言えば仕方ないのですけど)
やはり政略結婚で半ば強引に藉を入れたことが尾を引いているのだろうか。父の母への弱腰っぷりは娘の目から見ても情けなく映っていた。
「ユリアちゃん?」
「あ、はい。ごめんなさい。なんでしたかしら?」
「魔族が攻めてこない理由はって話だよ」
「ええと、そうでしたわね。単純に言ってしまうとあの周辺では例え城塞のみを魔族が手に入れても腐食領域からもそこそこ遠いですし物資の供給が出来ないから干上がってしまうんですのよ」
「でも大戦時は魔王の居城だったんだよね?」
「当時の魔王軍の侵略地域はもっとこちら側に食い込んでいましたし、それに魔王自身の無限と言われるほどの魔力を用いて常時守護結界が張り巡らしていましたわ」
「ああ、結界の薄まる日食の頃合いを狙って攻めたって言うアレ?」
それはオルドナガル大陸にいる人間ならば誰もが知っている英雄物語の最後の戦いだ。
「そういうことですわ。だから、あれを占拠しても維持するとなると魔王軍の負担はそれこそ大戦時よりもかかってしまうのですわね。侵攻するのなら7年前のようにジェスタ砦を攻めるか、ユライア地方を狙うはず…という話でしたわ」
ユリアの言葉にミディアも「なるほど」と唸る。と、そこに…
「だとすれば彼らの狙いはなんだったのだろうね?」
背後から声がかかる。
「あ、アンジェロ様」
「あら、聞き耳立ててたのアンジェロ?」
「まあね。なかなかに興味のある話だったのでね」
裏の机に座っているアンジェロはそう笑顔で返した。
横にいるカインは仏頂面で、ユリアとは視線を合わせず座っている。
「理由というならそちらの方が詳しいのではなくて?」
「どうかな。寧ろ四聖の娘ならば知っていることもあるのではないかと思ってね」
ユリアの切り返しにアンジェロは笑顔で返す。
「と言われてもわたくしもこれ以上は何も知らないですわよ。英雄ファーンが偶然立ち寄った…なんてことはないでしょうから『何か』はあったのでしょうけど」
「うん。そうだろうね。ちょっと気になるよね」
そうアンジェロが口にしたのと同時に教室の扉が開く。
生徒全員が一斉に扉と外から来た二人に目を向ける。
「来たね」
アンジェロがそっと呟いた。
獅子組担任指導官クレア・ガイバーンと転入生シドウ・アルダイムの二人が教壇の前に立ち並んだ。
(…結構多いな)
40人ほどだろうか。教室の中は想像通りであることが寧ろ獅道には驚きだった。机は横に長く、後ろまでで5列。そこに生徒たちが並んで座っている。中央には昨日獅道が出会ったカインとユリアが座っていたため、獅道は二人と目があった後軽く会釈をした。
(やはりあの二人はこの中でも特別か)
周りとの空気が違う。彼らの存在は忌避ではなく畏敬の雰囲気を纏って周囲の学生と分かれていた。
その後、号令によって全員が立ち、挨拶を交わす。その行為は獅道の知っている学校のものとあまり違いはなかったが、だが学生らの姿勢はどこか軍隊のような堅さがあった。
「さて諸君。学院長の話に思うところはあるだろうが、ひとまずは置いておけ。今日のメインはコイツ、うちに入ることになった転入生だ」
教室がざわつく。こうしたところは普通だなと獅道は感じたが、しかし見渡せば普通ではない視線もいくつか見られる。
(まぁ、そりゃそうか)
この学院のクラスメイトになるということは友好を深めたり、勉強を教えあったりするだけの仲になるだけということではない。文字通り命を懸ける相手を探すための場でもある。個々の力のみを尊ぶのならばそもそもこんなところは必要がないのだから。
「そんじゃあシドウ。自己紹介しろ」
端的なクレアの物言いに獅道は内心苦笑しながらも予定していた台詞を口にしだした。
「はい。ご紹介に預かりましたシドウ・アルダイムです。わけあってこの時期からの編入となりますが、どうぞよろしくお願いします」
獅道の声に何人かからよろしくと返事が返る。
「うん。非常に簡素な紹介ありがとう。実はコイツ、昨日この街に着いたばかりでな。推薦されて遠方から来たヤツなんでこの学院の規則なんかもあまり知らないそうだ。まあ色々と助けてやってくれ」
ザワっと声が挙がる。この時期に中途で入学させられているという時点で普通ではないが、この学院に影響力のある人間に押されて…となれば尚更である。
「それとうちの旦那も『目を光らせとけ』と言ってたぐらいだからな。かなりの掘り出し物かもしれんぞ」
クレアの言葉で周囲の声はさらに大きくなった。
(旦那?)
獅道の頭に疑問符が浮かんだが、回りはそうではないようだった。
「はいはい。静かにしろ。それじゃあ何か質問ある奴はいるか」
クレアの質問に、数人の手が上がる。
「うん。じゃあアンジェロ。お前からだ」
「はい」
アンジェロが立ち上がる。
「どうもシドウ・アルダイム。はじめまして。アンジェロ・ドーヴェンです」
「はじめましてアンジェロ・ドーヴェン」
アンジェロの挨拶を獅道は笑顔で返す。その名は既にモナカから報告を受けている。
「ああ、良い返事だね。それに初めての大勢の人間を前にしても萎縮しないというのはよほど胆力があるのか、それとも慣れているのかな」
「どうだろうな。それぐらいでないとここには入れないんじゃないか?」
「そうでもないよ。少なくともこのクラスの初日は初々しいものだったさ」
アンジェロの言葉に、そばに至たミディアは自分の顔が少し赤くなったのを感じた。アンジェロにその意図はなかったのだが、当時の自分を思い返して指摘されているような気がしたのだ。
「それで質問なんだけど、有り体に言って君はどういったことが出来る人なんだろうか」
「どういった…というと?」
「そうだね」
首を傾げる獅道にアンジェロは言葉を続ける。
「僕らは皆ブレイブとしてここに来ている。入学して二カ月でチーム編成もある程度試して、クラスの中でもチームは大体決まってる」
(チーム編成? 確か学院内では3名以上でチームを組む必要があるって話だったか)
元よりこの学院はブレイブ同士の組織的な運用を目的としている。このチーム編成は学則として義務付けられていた。
「それで、君もこのクラスにはいるという事はね。今あるチームのどれかに入る必要があるということなんだ」
「なるほど。そのために俺の能力の見極めがしたいということか」
「そういうことだね。ここに入学するということは、何かしらに秀でている筈だと思うのだけれど。自己紹介というならそこらへん、話してもらいたいと思ってね」
「ふむ。シドウ、どうだ?」
クレアの言葉に獅道も頷く。
「そうですね。もっともな話だと思います」
「うん。それじゃあ特技とかは…お前の書類にはナイフを扱うという以外には特には何も書いてないんだが。なんか話すことはあるか?」
「うーん、どうしましょうかね。剣なら一通りの型は修めてますけど、剣舞でも見せます?」
「はいはい。センセ~イ」
獅道がクレアに尋ねているところに声がかかる。
「なんだライカ」
クレアは不機嫌そうに声をかけた少女を見る。
「決闘、行きましょうよ。決闘!」
「やるのはお前か?」
「モチロン」
クレアの質問にライカと呼ばれた少女は即答する。
「……決闘か。シドウ、お前この学院の決闘制度については聞いているか?」
「ええ、昨日教えてもらっています。こちらも構いませんよ」
「じゃあカイン。いけるか?」
「はい。問題ありません」
急に投げかけられた質問にカインは即答する。
「ちょっと待て。あたしが最初に言ったじゃないですか!?」
「黙れライカ。お前がやると私のよけいな手間が増える」
「横暴だ。ちょっと遊んだげるだけですよ。軽くで済ませますから」
(遊ぶ? 軽く?)
獅道の口元が軽くつり上がる。
「知るか。それでカイン。お前が」
「いや。ライカにやらせましょう」
「は? しかし」
「本人が『やる気』のようですから」
クレアは横にいる獅道の顔を見た。
「なるほど。シドウ、いいのか?」
「…ええ」
獅道の笑顔は変わらない。だがクレアのブレイブとしての目は、獰猛な何かがその笑みからにじみ出ているのを感じていた。
(気に入らないのよねえ)
ライカ・パーシヴァルは重層魔法陣で囲われた闘技演習場に着くと、歯を潰し鉛を巻き付けた大剣を地面に突き立てた。
ライカの愛剣『ゼルフィッシュ』の代わりではあるがサイズと重さだけを合わせたものでやはりしっくりとはこない。
なお2Mを超えるこのサイズの武器は常人に扱える代物では当然ない。ブレイブ候補であるライカも常時魔力を込めなければ振り上げるのも困難な代物で、一般的には剛剣と呼ばれている対魔獣用の武器である。
その剣を突き立て臨戦態勢にあるライカの前に、ストレッチをしている獅道がいた。
「あれ、なんのまじないだろうねえユリアちゃん」
「変わった動きだけど身体をほぐしてるんじゃないかしら?」
「あーなるほど」
外野は獅子組一同。前にはアンジェロ、カイン、ユリアなどが陣取っている。
(まったく気に入らないのよねえ)
ここに来るまでお山の大将宜しく好きに生きてきた市民出のライカとしては、この学院に来てから度々感じる上流階級との壁のようなものに腹立たしい思いがあった。
(まあいい。今はあいつだ)
ストレッチも終わり、配置に付いた獅道にライカは目を向ける。
「準備は済んだかい。ダンスヤロウ?」
「ああ、いつでも」
ライカの売り言葉を軽く流し、獅道は両手に持つ二振りのナイフを構える。
「両者合意の証文を預かり、学院の許可も得た」
中央にいる指導官のクレアが宣言する。なお学院の指導官であるクレアは学院長の代理として許可を出す権限を持っているため、これはクレア自身の許可である。
「サーヴァス学院学則61条に従い、これより決闘を許可する」
誰かの唾を飲む音がした。
「互いに高め合えブレイブ」
クレアがそういい放った。
「来いッ」
後方に下がるクレアと同時にライカは剣を取り、上段に構えた。そして獅道も飛び出した。
「違う?」
カインが呟いた。アンジェロはその言葉が耳に入ったが視線は戦いに集中する。
(直線過ぎんだろ)
獅道の突撃に合わせライカは一気に振り下ろ
(いやマズいッ)
さずに剣から手を離した。
同時に真下から刃が突き立てられ、背後にそれたライカの直前まで頭部のあったはずの空間を空振りする。視界の目の前を刃が横切りライカは背筋に冷たいものが走るが、今重要なのはただ目の前の相手のみ。
「くっ」
だが、その気持ちも腹にある感触で吹き飛んだ。
「勝者シドウ・アルダイム」
ガランッと、大剣が地面に落ちるのと同時にクレア・ガイバーンの声が響く。
「嘘…でしょ?」
ライカは腹に当てられた二刀目のナイフを見て呆然と呟いた。
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
そしてクラスメイトからどよめきが起こる。
「いや、やはりそうか。あいつもあれを使えるのか」
「なんの話だカイン?」
「シドウの技だ。あいつのメイドも同じことをしていた」
「あの瞬間移動みたいな動きのことかい?」
シドウの突進に合わせたライカの振り下ろしは、振り下ろすよりも早くシドウに懐には入られたことで失敗した。その後、ライカは状況を呼んで剛剣を離して背後に避け一刀目をかわした。その行動には感嘆するものがあったが、だがシドウには二つ目の刃があり、そのままライカは腹を取られてしまった。アンジェロは目の前の戦闘の流れをそう見ていた。
「瞬間的に移動したように見えたのは突進速度が一瞬で変わったからだ。ライカはそれに気付いて止まらない剣を捨て後ろに下がったが…恐らく頭部への一撃も、腹部への攻撃に対しての反撃を防ぐためのフェイントだったんだろうな」
「その突進速度が変わったのが君のご執心のメイドさんも使ったという魔術だと?」
「ご執心…まあいい。そうだよ。加速するんだ。攻撃と同時に使われるから魔術の出掛かりが読めないし、モナカさんは昨日接近戦でも使ってたからな。近距離でやられたら回避はまず無理だろう」
「ふうん。攻撃をしながら魔術の同時処理が出来るのか。そりゃ器用だねえ。君でも勝てないかい?」
「さてね。今の彼の太刀筋も威圧感もあのモナカさんには及ばないが、だが実際にやってみないことにはな」
「なら続けて申し込むかい?」
「いや、機会を待つさ。コイツは自己紹介の一環で許可してもらっただけだしな。これ以上座学の時間を削ってまではクレア指導官は許可しないだろうよ」
カインはそういって獅道とライカを見た。
(あの加速魔術以外は魔力を通してすらいないか。やはり底を見せる気はないというわけだな)
力を隠そうという気がないらしい(ライカを倒した時点でクラスでも上位の実力者に位置される)のは分かったが、相変わらず獅道の力量は読めない。それはカインの心をざわめかせた。
事実から言えば、カインは同年代であるにも拘わらず違う段階にいる獅道の実力を漠然としながらも把握しつつあり、そこに焦りを感じていたのだろう。それこそがカインの素養が並々ならぬものであるという証拠でもあるのだが、しかし現時点でのカインの矜持は、それに気付こうとすることは疎か、その可能性に目を向けさせることすらなかったのである。
剛剣はカートっぽいやつを使って持ち運びする。




