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獅道戦旗  作者: 紫炎
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◇第7章 アンジェロとカインとメイド

 獅道と再会した後も事情聴取と手続きを行ったためカインがアンジェロ・ドーヴェンの屋敷にたどり着いたのは夕刻になっていた。

「大変だったようだねカイン」

 開口一番にアンジェロが口にした言葉にカインは苦笑した。

「もう聞いているんだな」

「曲がりなりにも僕は一応この街でもっとも権力のある人間だからね」

 悪びれもせずアンジェロはそう言い切った。

「それにしても君の兄上の病気もずいぶんと進行中のようだ。もう少ししたらお父上も暗殺の対象を君から兄上に切り替わるんじゃないかな」

「そういう問題を出さぬために私はここまで来たのだけれどな。愚かとはいえあれは私の兄上だ。命を奪うつもりなどこちらにはなかったんだが」

「君のその態度があの人の病気の悪化の原因だと思うけどね。中途半端にするなら徹底的に叩き潰すべきだったんだよ」

「ふん」

「それよりも『なかった』とはどういうことかな。遂にその気になったかい?」

「兄上だけならまだしも、さすがに父上から仕掛けてくるとは思わなかったからな。今回はさすがに危なかった。偶然の助けがなければ確実に殺されてたよ」

「ご愁傷様」

 カインは、誰のせいで…と喉からでかかったが音になる前に自制する。確かに学院でカインに白羽の矢を立てたのはアンジェロだが選択する権利はカインにもあった。ここで責め立てるのは筋が違う。

「今後はもう受け身でいるつもりはない。やれるならばやる…そのつもりだ」

「それだけではまだ弱いだろうけどね。まあ、そう思えるようになっただけ君は家を出て正解だったと思うよ」

「うるさい」

 カインが不機嫌そうに呟きアンジェロはそれを笑う。

「それで偶然の助けとやらはいったいどこから来たものなんだい?」

「ん、それは聞いていないのか?」

「ああ、情報が錯綜していてね。なんでもメイドが暗殺者を一瞬でミンチに変えたとか訳の分からない話まで出ているんだ。恐らくはディクスかレイラか、その辺りだと私は…む?」

 アンジェロの言葉はカインの笑いで止められた。

「なんだカイン。君にしてはずいぶんと失礼じゃないか」

「ああ、いや失礼。さすがのアンジェロでもそれを事実だと捉えられなかったかと思って」

「どういう意味だい?」

 今までとは違う不機嫌な声にカインはさらに笑いがこみ上げたが、これ以上アンジェロを不愉快にさせても良いことはないと種明かしをした。

「私を助けたのはメイドだよ。青狼騎士団の騎士を一瞬で肉片に変え、4対1の立ち回りでも圧倒し、二番隊隊長であるゼオ・マーカスを打ち倒した」

「冗談はよせ」

 その言葉に即座にアンジェロは拒絶で返した。だがカインは続ける。

「あのレイラ・シェルダニスも伝令を同じように怒鳴り散らしたそうだが、事実は変えられないな」

 カインの言葉にさすがにアンジェロもただの冗談とは受け取れなくなり

「いったいどういう素性のメイドなんだ、それは」

 と尋ねた。

「驚くぞ」

 それに意地の悪そうにカインは笑って答える。

「君が見てこいと頼んできたシドウ・アルダイムのメイドだそうだ」

「!?」

 アンジェロの目が見開かれる。

「なるほど…」

 噛みしめるように呻くアンジェロ。

「アンジェロ?」

「なあカイン、君はかつて魔王ミドガルドの居城であった魔導城塞ヴェルデが一週間前に魔族に一度奪還されたという話を知っているかい?」

 突然のアンジェロの問い。

「いや、初耳だぞ。それは」

 そして今度はカインが驚く番だった。アンジェロの話が事実ならば魔族がらみではジェスタ攻防以来の大事件である。

「関係者は皆口外しないよう命令がかけられているからね。もっとも今は城塞を再び奪い返したそうだけど」

「奪い返した? 金獅子騎士団か大地の斧でも動いたのか?」

 金獅子騎士団と大地の斧、どちらも近隣において多くのブレイブが在籍する有数の戦闘集団だった。

「いいや。奪い返したのは勇者ファーン一人だけだったらしい」

「勇者ファーン? 彼があの城に?」

 カインの問いにアンジェロは頷く。

「あまり知られていないんだけどね。ファーンはあの城で魔王の研究を続けていたらしいんだ」

「それも初耳だぞ」

「魔王の秘奥義の研究だ。魔術研究としても相当に危険な部類らしいし、魔王の魔術の研究をしているなんて頭の固い連中の耳に入るとやっかいだからね」

「そんな秘密をよくもまあペラペラと」

 カインはアンジェロの口の軽さに呆れる。

「僕の推測を聞かせるのは必要な前振りなんだよ。まあ、ともかくファーンがひとりで城塞を落としたということになってるんだ」

「人間技じゃあないな」

 カインは正直な感想を言う。モナカの戦闘とディクスとのやりとりの後でもなおそう思う。

「どうも彼が不在時に魔族の襲撃を受けたらしくてね。戻ってきたファーンが単身乗り込んで制圧したと本人は報告している」

「それがおかしいと?」

「まあ、一人で城を落とせるなんて僕から見ても正気の沙汰とは思えない。彼は長年城塞にいたのだから潜り込むこと自体は難しくはなかったのしれないかも知れないけどね。ただそれは僕の感想だし、それをおかしいと言いたいわけではないんだ」

「じゃあ、なんだ?」

「どうやらファーン以外の何者かの攻撃の痕跡が残っていたらしい」

「なに?」

「ファーンは一人、或いは二人以上の人間とともに戦っていたはずなんだとさ。それがちょうど4日前のことだ」

「…4日前?」

 カインは妙な何かが符合するような気がした。

「ヴェルデはここから馬でなら3日。歩きなら5日、早ければ4日ほどだね」

 アンジェロの言葉にカインは自分の頭によぎったものを理解した。

「それはつまり、モナカさんが戦闘に参加していたと?」

「誰?」

 アンジェロは首を傾げる。

「さきほどのメイドの人の名前だよ」

「モナカね。そういう名なんだ。それでそのメイドさんはファーンの助っ人になるほどの腕前だったのかな?」

 アンジェロの問いにカインは頷く。

「ああ、確かにあの人ならファーンとともに戦うだけのモノを持っていると思う」

 その率直な物言いにアンジェロはカインがモナカという人物を実力だけでない部分でも随分と評価しているのを感じた。

「なるほどね。それだけの腕の人間がそうそう転がってるとも思えないし可能性は高いと思う。おそらくファーンはシドウとモナカと会うために城を出た。そしてその間を突かれて城塞は落とされた…と見るべきかな。しかし、それでは何故ファーンはシドウたちに会いに行ったのだろうかという疑問もあるけど」

「シドウはファーンの甥だそうだ。本人はあまり知られたくないようだったがな」

 その言葉に得心がいったとばかりにアンジェロは頷いた。

「そういうことか。彼に甥がいるなどとは聞いたことがないが、まあ南方出身程度しか出自の分からない人だしね。そういうこともあるのかな」

「血は繋がってるように見えた。ファーンを女顔にしたような感じだったな」

「ふむ。素性を隠したいのであれば、ファーンひとりで城塞を落としたという嘘の理由も成り立つかな。いやならないかな。あまり知られたくないだけという理由では弱いと思うけどね」

「目立ちたくない理由でもあるんじゃないのか」

「かもしれない。そこらへんは今後探りを入れておこう」

 ここでアンジェロは話題を変える。

「それで君はそのメイドさんに随分とご執心のようだけど」

「変な意味でとるなよ。だが否定はしない。目の前であれだけのモノを見せられて感じ入るものがないようなら戦士ではないさ」

「ではそのメイドの主であるシドウ・アルダイムはどうだったんだい?」

「そうだな」

 そういってカインは少し視線を下に落とし考えた後、こう答えた。

「よく分からない…というのが本当のところだな。実力を読ませないための技術を何か学んでいるようだとは思ったが」

「それは興味深いね」

「あのモナカさんの主だからといってモナカさんより強いというわけではないだろうが、あの人とディクス・ガイバーンの気当たりの中に平然と割り込んだんだ。普通じゃない」

「彼も城塞を落としたときにも一緒にいたのかな」

「さて。実力がないのであれば置いてかれるだろうし、あっても隠してるなら話はしないだろうよ」

「それはそうだな。だったら、彼を僕たちのパーティに入れてみようと思う」

 その言葉にはカインも驚いた。

「おい、いいのか?」

「君にレイモンドにユリア孃、そして僕、あと一人ぐらいは問題ないだろう」

「まだ様子を見たほうがいいんじゃないのか」

 カインの懸念は暗殺である。それはカインに対してではなくアンジェロに対しての。

「いや他に取られる前に囲っておきたい。それに君の敬愛するメイドさんを引き込めるしね」

「む」

 カインの口が止まる。

「まあ聞けよ。実際僕を暗殺でもしようってんなら十中八九殺るのはそのメイドさんだよ。で、そのメイドさんが僕を殺すのを止めるのを君は阻止できるかい。無論、気概ではなく実力的な意味で」

「…恐らく、一太刀浴びせることすら無理だろう」

「それはシドウ・アルダイムを引き入れようと入れまいと同じじゃないかな」

「まあ、な。あの騎士団のメンバーを一瞬で破壊した技を使われたらどうにもならないしな」

「技…?」

 アンジェロは新たな情報に首を傾げる。

「お前が暗殺者を一瞬でミンチに変えたといっていたろ。あれだ。3ヘクダル(約6M)は離れて撃ったと思う。あれなら剣の間合いに入る前に殺られる。仮に身体を盾にしても纏めて殺されるのがオチだ」

 カインは騎士団員のいた位置の床が抉れていたのを覚えていた。

「一応遠距離用の矢除けと魔法除けのアミュレットは持ってるんだけどね」

「レジストがされなかったから恐らくは物理攻撃だと思う。それにあれを矢除けの加護程度で防げるとは思えない」

「なるほど。魔道の奥義にレジストを無視するためにただの巨石を天より落とす魔術があると聞くが、そういうものに近いかもしれないな」

「そんな術があるのか」

「大戦でも魔族側が使ったことがあったらしいよ。もっとも命中精度に難がある上に威力がでかいので攻城用にしか使えない魔術だって話だけど。威力を抑えて精度を上げれば話の通りになるかもね。まあ同じものと捉えるにはちょっと強引過ぎだったね。忘れてくれ。ともあれ、結果がどちらでも変わらないのなら将来を考えて迎え入れた方が良いだろうよ」

 アンジェロはそう締めくくった。


「ええ、まったく別の代物ですよ、僕ちゃん」

 モナカは背に背負うものを見ながら誰にも聞こえぬように一人呟く。アンチマテリアルライフル バレットM82。射程距離は2000M、カインの想定の300倍以上はある。

 モナカは当初の予定通り、カインを追ってアンジェロの部屋の外のベランダに来ていた。無論、ここに至るまでに誰一人にも気付かれてはいない。

「坊ちゃんのことに探りを入れようとしたのはあの僕ちゃんか。特に裏はねえみたいっすね」

 会話の内容からすれば獅道を仲間に引き入れようと言う話だったのでモナカは拍子抜けしたが、今後の学校生活を思えば喜ばしいことではあるだろう。

「ま、坊ちゃんの学院生活のスパイスぐらいにはなりそうっすね。そんじゃ聞こえないだろうけど今後ともよろしくってことで」

 そういってモナカはベランダの柵に飛び移ると、そのまま屋敷の外へと飛び抜けていった。


次回からようやく学院生活開始。

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