◇第6章 暴力装置
時は再度巻き戻る。
「今日はありがとうございました」
「いえ。明日からはクラスメイトになるのですし遠慮は無用ですわ」
モナカと別れて20分ほどたった頃。獅道はユリアに案内されて宿舎前までたどり着いていた。
「何か分からないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね」
「はい。そのときはよろしく」
定例の挨拶ではあるが、紛れもなく本心の言葉。
「そういえば、ユリアさんはこちらにお住まいではないんですね」
「ええ、ここは男子用の宿舎ですし」
「あ、そうか。まあ、そりゃあそうだね」
もっともな話だった。
「女性用の宿舎もありますが、こちらの教会に住まわせてもらっていますので」
「君はディアマンテの司祭だったっけ」
「ええ。まだ未熟な身の上なれど、太陽神の慈愛を広めるのがわたくしの務めですわ」
そういってユリアは挨拶をして、行政区の方へと帰っていった。
「教会か。彼女はブレイブである前に神の従僕で、英雄の娘だってことなんだろうな」
(まあ司祭ってのは身体が財産のブレイブとしちゃ引退後も安泰そうで悪くはないかもなあ)
卒業後の学生等は基本的には英霊協会というブレイブの取り纏めの組織に所属し、腐食領域周辺の魔獣討伐や警護団へ出向するなどするらしいという話は聞いている。またこの学院を卒業する事自体がある種のステータスとなっているようで、そのまま国に帰る卒業生も多いという話だった。
(実力のある連中は引き抜きがあるって話だし。まあブレイブは国としても重要な戦力ではあるだろうからな)
学院にとって重要なのは魔族の再侵攻が始まった際にどれだけの連携がとれるかということに集約される。16年前の大戦で人類側が勝利したのはスタンドアローンが目立ったブレイブたちを組織的に運用した結果である面が大きい。特に四聖であるファーンらを中心とした組織『黄金の剣』の活躍はめざましかったと聞いている。
(それを受けての学院だものな。もっとも魔族の再侵攻がないと知れたらどうなることか)
獅道がこの世界の、オルドナガルという大陸の歴史を紐解いたとき疑問に感じた点がひとつある。それは人間同士の戦闘の記録が極めて少ないということだった。
『魔族』という共通の敵を作ることで長期に渡って継続してきた極めて平和的な時代、それがここ100年に渡るオルドナガル大陸の実情であると獅道は認識している。だが、それはすでに16年前に破られている。
局地的な戦闘行為によって築かれていた大局的な平和は恐らくは近い内に崩壊する。聡い人間ならばとうの昔に気付いているはずだった。次に『戦うべき相手』が何か、『奪うべきもの』が何なのかを。そしてそう考える者にとって『この都市』こそがもっとも都合の良い口実となるだろうことを獅道『たち』は予測していた。
「まあ来るべき時には動けばいいさ。こちらはただやることをやるだけだ」
獅道がそう呟いた直後だった。
対物ライフルの銃声が聞こえてきたのは。
その後の獅道の行動は迅速だった。宿舎の管理人に挨拶をして部屋に入り、地図を広げて窓からの景色を見て位置関係を探った。
「銃声が聞こえたのは…音からして距離は…わずかな反響音、室内…であれば、恐らく」
地図に自身の現在位置から音の方向に直線を引き、音の大きさから推定した距離を割り出し場所を特定する。商店街の真隣に位置する倉庫街。戦闘があったとすれば妥当な場所だろうと獅道は結論付けて、すぐさま外に出た。
※※※※※※※※※
獅道が目星をつけて辿り着いた倉庫街の一角には警護兵が3人、入り口の前にいた。
「こんにちは。何かあったんですか」
獅道は(やっぱりなんかやったんだろうなぁ)と顔をしかめたくなったが、不審がられるわけにもいかないので取り繕った顔で警護兵の前に出た。
「ああ、そのようだね」
警護兵は気さくに獅道に言葉を返した。
「我々も詳しくは聞かされてはいないんだが、ここで戦闘があったらしくてね。君はサーヴァスの学生だよね」
「ええ、そうですが」
厳密には入学は明日からだが、細かく話する手間が惜しいので獅道は説明を省いた。
「そうかい。派遣されたというわけでもないなら、我々から情報を提供するわけには行かないのは知っているね?」
(派遣? そういう手伝いもあるのか)
「はい。こちらもたまたま通りかかって、ちょっと気になっただけですからお気になさらずに」
「ああ、分かったよ。もっとも明日には詳しい話が学院で聞けると思うけどね」
「結構大事みたいですね」
ここでの常識は獅道も弁えられているほどではないが、しかし学院から学生に話をしなければならないほどには大きい事件だと言うことだろう。
「まあね。けど、さきほど言ったように」
「話せないんですね。分かってますよ」
「ならいいんだ。うん。まあ、学生は帰って勉学に励むようにな」
「はい」
当たり障りなく答える警護兵に獅道は挨拶もそこそこに早足で城門砦に足を向けた。
(事態は収拾されてるようだし、モナカさんが捕まったのならもっと騒ぎになってるだろうしなあ。大丈夫かな)
そうは思うも進めた足は止まらない。とりあえずは様子見だけでもと思い、獅道は城塞砦に進む足を早めた。
※※※※※※※※※
かつて腐食領域にもっとも近い国であった魔道国家シェルダニスの王城ウィンダム。城は魔族の襲来と同盟であったセフィリア公国の大規模な戦闘によって破壊されたと言われている。このシンラの周囲の壁はその名残であり、かつてウィンダムの守りの要であったのがこの城塞砦であった。
「なるほどね。大変だったな。カイン…だったか?」
「いえ。我が家の恥を押しつけてしまい申し訳なく思います」
カインは目の前にいる四聖『剛剣のディクス』の前に緊張した面もちで答えた。
「まあガキの尻拭いをするのが大人の役目だからな。気にすんな」
どうせレイラが片づけるんだしよ…と続けて口にしなければいい言葉だったのだが。
「ハハハッ」
だが、冗談を交えたその発言にはっきりとバカにした笑いが部屋に木霊した。当然それはカインからではないしディクスからでもない。
「あん?」
対するディクスの不機嫌な唸りにカインは緊張のあまりさらに身を堅くした。カインが緊張しているのは間違いない。その理由はカインにとってディクスという存在は子供の頃から憧れていた理想そのものであり、実際に間近で会ったのは初めてのことだったから…などという理由からではなかった。いや、最初はそうだったかもしれないが今となってはそうした気持ちなどもう完全に抜け落ちているに違いない。
(こいつら…)
空気がまるで鉛のようで、それが双方から万力のようにカインを潰しに掛かってきている。そう感じられるほどのプレッシャーがこの部屋に充満していた。すでに扉の前にいた衛兵は姿を消している。当然だろう。この二人を前に何を護ろうというのか。
(しかし、いったい何なんだ?)
そもそもがカインにはこの状況の意味が分からない。襲撃者を警護隊に引き渡して通されたこの部屋でディクスとモナカが会った途端にこうなったのだ。
(まさか知り合いなのか?)
「おい糸目女、テメェさっきからなんなんだぁ? いいてえことあんならハッキリ言えやコラ」
度重なるモナカの挑発に遂にはディクスがノッた。
「年寄りは気が短いっすねえ。ハッ、いいすね。んじゃあ言っちまいますよ」
凶悪な笑みでモナカが返す。
「僕ちゃん仕事してませんポーズとか超ウゼエんすよ。テメエがただ無能なだけなのを笑って話してるとか、横で聞いてて寒くて仕方ない」
「人がジョークで口にしたことを真に受けて揚げ足取ってんじゃねえぞ、この糸目」
「揚げ足だなんてとんでも無い。大体ジョークじゃねえっしょ。事実っしょ。大体あんたのアホっぷりをちゃんと指摘してやってんだから感謝するべきじゃねえ?」
「感謝だぁ? 俺の若い頃なら感謝の代わりにその口にコイツを食わせてるとこだぜ」
カインは思わず身構える。ディクスが背中に剣に手をかけたからだ。
「あーはいはい出ました。俺の若い頃。いますよね。やる度胸もないにそれを年のせいにしてゴマかしくれてる質の悪い年寄りが」
(いや勘弁してくれ。それ以上言うな)
メイドの言葉にカインは心底祈った。
「テンメェ」
ディクスの頭に青筋がくっきりと浮き出る。手を着いたテーブルがミシミシと唸りをあげている。
(うわぁ)
そうカインがうめき声を上げ、後ろに飛び退こうかと覚悟を決めたときだった。
「隊長ッ」
「モナカさん」
扉が開いた。そして外からレイラと獅道が飛び出してきた。
「隊長、何やってんですか。喧嘩売りに来た訳じゃないでしょう」
「モナカさんも落ち着いて。ここで揉め事はマズい」
「レイラ!?」
「あら坊ちゃん、来ちゃったか」
両者の言葉にどちらのプレッシャーも急速に萎んでいく。そしてカインは椅子にもたれグッタリと崩れ落ちた。
「レイラ。でもよお」
「『でもよお』じゃないでしょう。あなたはここのトップで今回の犯人確保をねぎらう立場じゃないですか。殺し合いになる意味が分かりませんよ」
「モナカさんも勘弁して。この街護ってる一番えらい人なんかに手ぇ出したら酷いことになるよ」
「だって坊ちゃん。あのバカ、自分から喧嘩売ったくせに知らん顔で舐め回すようにあっしのこと見るんすよ。セクハラっす。精神的DVっすよ」
獅道はモナカを見て、まだ根に持ってたのかとため息を付いた。
「ああ、そうね。そうだね。売ったり買ったり宜しくないね」
獅道は頷く。
「理由もなく剣先を相手に突きつけるような真似なんて以ての外だ」
そこまで言って獅道はディクスを見る。
「ですよねディクス・ガイバーン」
「なんだよ小僧?」
「原因は分かってるでしょ? 売られた喧嘩は買われることもあるんですよ」
「朝のこと言ってんのか。んなの挨拶じゃッ、うぐっ」
ディクスはレイラにわき腹を肘で突かれてうめいた。
「たとえ挨拶のつもりでも」
獅道は笑う口元と、一切の笑いのない瞳でディクスにいう。
「相手がどう出るかを予測できないような行動を自らとったのであれば、どちらかが不幸になるのも致し方ない…とは思いません?」
「む…」
(こいつの目…)
一瞬、獅道の目が戦友のそれに似ているとディクスは思った。かつての戦友に比べると女顔で貧相には見えるが、しかしその言葉とその瞳はディクスに旅の記憶を想起させる。
(もっともこいつのはもっと静かな、どっちかっていうと…)
魔王ミドガルド、その名を思い出す。その、かつての記憶を探る中で偶然思い起こした評価こそが真実の一端であることをこの時点でのディクスはまだ知らない。
(あの女の憤りは少々マトモではないとはそれでも思うんだが…まあこいつの言い分もな)
「…チッ。確かに弁えてなかった部分もあったかもしれねえな。悪かったよ。これでいいんだろ?」
ディクスは謝罪を述べる。
「はい。ありがとうございます」
そういって獅道はモナカを見る。
「ほらモナカさんも」
「う~~~~」
唸るモナカだが獅道の視線に耐えきれずに
「すまん」
一言、そう言って応接室のソファに寝転んだ。
「なんだありゃ」
「拗ねてるんですよ。気にしないでください」
「俺にはなんか説教垂れてなかったっけ?」
「説教ではなくお願いしただけです。あなたはそうでなくて、モナカさんは『どちらかが不幸になるのも致し方ない』と思うタイプなんですよ」
ディクスの嫌みに平然と獅道は答える。
「アブねぇな、そりゃ」
「自分に素直なんですよモナカさんは」
「シドウ…アルダイム」
ディクスとの会話にカインからの声が差し込まれる。
「ああ、カインか」
獅道はようやく部屋にいたもう一人の人物の方を向いた。
「今回は災難だったらしいな」
「聞いたのか?」
獅道はレイラをチラリと見て
「来る途中に少しだけな」
そう答えた。
「身内の恥をさらしただけさ。君のところのメイドには世話になった。礼を言うよ」
「いや、明日からの仲間を失わずに済んだのは俺にとっても僥倖だったよ」
「あっしが守ったんすよ。坊ちゃん、褒めて」
「はいはい。モナカさんは偉いなあ」
「にょほ~い。褒められちまったぁ」
ソファーの上でバタバタするモナカ。
(ま、満足はしてるみたいね)
獅道はモナカの様子を見てひとまず安心する。最悪、目の前のディクスを相手にする羽目になることまで想定していたのだから、これで済んだことは心底ありがたかった。
「そうだ。おいシドウ」
「はい?」
ディクスが獅道に声をかける。
「テメェ、ファーンの甥なんだってな」
「ええ。そうですよ」
隣でカインがギョッとした目で見る。
「一応、秘密にしてるんで。伏せておいてもらえるとありがたいんですが」
「有名人の親戚は辛いか?」
「まあ、多少血が繋がってるからって色眼鏡で見られたり変な期待をかけられても困るってのもありますけどね。そもそも俺はあの人のことをろくに知りませんから」
「なるほどな。ただ俺がテメェのことを知ってるのもお前がろくに知らない勇者どのからの連絡あってのことなんだぜ?」
「お陰様で悪目立ちして見えたんでしょうね。うちのメイドが朝から喧嘩売られたってんで気が立ってます」
ホラ、ろくなことにならないでしょう…と、獅道に返されて一度きょとんとしたディクスだが、
「そりゃ確かに違いねえな」
と、盛大に笑った。
黒死病の死の概念から生まれたラスタナシェルのようなのもいるが、原点が人間である神様も多いので自分の名前を騙って私欲に走る人間には結構手厳しい。おかげでこの世界の宗教は内部腐敗も少ない健全な組織であることが多かったりする。とはいえ神様の平均年齢は1万5千歳ぐらい、その思想や考えは人間のそれとは大きく異なるため人間から見るとその行動はかなり気まぐれにも映る…とかそんな感じで。




