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獅道戦旗  作者: 紫炎
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◇第3章 待ち伏せ

「ひとつつんでは坊ちゃんのために~」

 獅道が心配する一方でモナカは目標の後を付け一人歩いていた。一見彼女の歩行はただ歩いているだけのようだったが、しかし彼女が通ったことに不思議なことに誰もが気付く様子がなかった。否、通ったことは分かってもそちらに視線を向けようとする人はいなかったと言った方がいいだろう。それは呼吸と歩くリズム、そして周囲の空間との調和をもって自然と気配を消す隠行における歩法の一種であった。

「はてさてすぐに接触するかどうか」

 モナカはカノン・ロウの後を付けていた。

「あんま辛抱するのはあっし苦手っすからねえ」

 あまり、という表現はこの場合適切ではないと獅道ならば思っただろう。あまりなどでは断じてないのだと言い切るに違いない。だがモナカもストッパーがいないこの状況ならばある程度の自制はするのだ。無論ある程度ではあるが。

(お嬢さんに対してはともかくあの坊主の坊ちゃんに対しての言葉と目線、言わされてるアリアリだったっすからねえ。後ろに何もなければそれに越したことはないんすけど)

 自分たちはまだここに来たばかり。何かしらの思惑に乗せられている可能性も排斥はできない。

(ま、利用されそうなら逆に利用するのが蛇神一家の道理ってもんっすけど)

 そんなことを考えていたモナカだったが、周囲の空気が変わり始めていたのには当然感づいていた。

(うはっ、なんだかいい雰囲気)

 それは無数の敵意。幾重にも隠した殺意。濃密な死の気配がカインの周りを取り囲んでいた。

 そして案の定というべきか、カインは二人組に道を塞がれ、何かしら口論となった後、裏手の道に進んでいったのだった。


※※※※※※※※※


 時間は一寸戻る。


 カイン・ロウは獅道とユリアと別れるとすぐさま学院をの外に出ていった。そしてアンジェロ・ドーヴェンに報告をするために彼の屋敷に向かい始めた。

(シドウ・アルダイム。どうなんだろうな。あれは)

 カインの目で見た限りシドウという男からは何も感じられなかった。

(だがブレイブとすら感じ取れないというのはやはり…)

 カイン・ロウはセフィリアの中でも名門の騎士の家であるロウ家の次男として生を受けた。帝都防衛を担う五剣のひとつ、青狼騎士団を率いるロウ家の中にあっても飛び抜けた資質の高さを持ち、幼い頃からそれに見合う実力を発揮してきた。だが跡取りとなる兄イザヤの才が凡庸であったが故に、兄との差を見せぬ為、表の場に出ることが少なく、ここに来るまで永らく力を振るう機会を得られていなかった。

(奇妙なやつだ)

 無論カインがそうした対応に不満がなかったわけはない。だからこそ、この学院に来た。しがらみを捨て個としての栄誉を勝ち取るために、半ば強引にこの学院の門を叩いたのだ。

(何か掴めないものを感じた。ズラされているという感触だったか)

 だが実績こそないものの騎士団の強者逹とともに研鑽を励んできたカインであっても獅道という存在は不可解であった。カインほどの使い手であれば、その立ち振る舞いだけでも相手の力量をある程度測ることはできる。目線や呼吸、姿勢や重心の位置、ただ観るだけでも多くの情報が見いだせるというのに、あの男に対してはまるで霧がかかったように上手く感じ取れなかった。それはカインが今までに感じたことのないものだ。

(勘ぐりすぎ…ということでもないだろうが、自分の力を隠すような何かしらの技術を持っているということのか)

 それは暗殺者などに代表されるアウトサイドの技術の一端。騎士道などという戦場を駆けることを前提とした戦闘技術では街中で身を隠す術など発展するわけもなく、見識の浅いカインはそうしたものがあることを知らなかった。

(戦士でもないアンジェロにこの感触をどの程度まで理解させられるか分からないが、とりあえずはそのまま伝えてみるか)

 その獅道を見るよう仕向けたアンジェロは継承権こそ低いもののセフィリア王族の一員だった。政治的な問題を抱えるのはカインの立場からすれば避けたいところだが、ロウ家の人間として王族を蔑ろにする選択はなく、今は報告するしかなかった。

(シドウ・アルダイムの力は未知数、やはりある程度突っ込んでみるかしかない…と)

「ふぅ」

 今日何度目かのため息を吐く。そして気を落ち着かせて冷静になろうと、そう意識して初めて気付いた。周囲の状況に。

(まさか、思惑に囚われていたとはいえ、ここまで接近を許すとは)

 それが完全な失策だったことをカインは理解した。この街中でという油断はいいわけにはならない。全周囲、見えぬ敵にカインは囲まれていることを感じた。

「よお」

 そして目の前には同じ院生が二人。

「ザムーにガルバ、相も変わらず二人組か」

「うっさいわ、このクソ野郎」

 ザムーと呼ばれた青年が吐き捨てるようにカインに叫ぶ。

「は、エルガンデ騎士団の二人がなんのようだろうな?」

 カインは二人を睨む。ブレイブの二回生。一ヶ月前に決闘で負かした相手だった。そして2人の敵意は周囲のそれとはまったく違う、温いものだとカインは気付く。

「なんや。偉く難しいこと考えとったようやないか」

「またユリア様に当たってたみたいだがな。テメェ程度が聖女様相手に張り合えるとでも思っているのか?」

(聖女様ね)

 カインがユリアが特別気に入らないわけではない。だが、望んでもいないのにその立場を受け入れる姿勢は好きではなかった。

「なんのようだと聞いたが? お二方は耳が悪くなったのかな?」

 カインは笑いながら言い放つ。

「テメェ」

「おい待てザムー。乗せられるな。前とは違う」

 その軽口で以前の決闘を受けて二人ともノサれた。

「いい恥曝しだったな。2対1であの結末だったんだからな」

「まったくだ。本当にいい恥曝しだったよ」

 カインの挑発にガルバが苦虫を噛み潰したように吐き出す。元々は2対2であったが、カインはパートナーのレイモンドを下がらせ、一人で戦った。だからこそ言い訳のしようもない大敗だったのはガルバも理解している。

「それでこれは意趣返しというわけか」

「そういうことだ。逃げようとは思うなよ」

(逃げる?…これじゃあな)

 残り何人いるか分からないが、少なくとも立ち止まってから致命的に時間は過ぎている。周囲を降り囲んだ連中の重圧からすればすでに逃がさぬよう配置についているはずだしこの場からの脱出は不可能だろう…とカインは判断していた。

(こいつらだって街中で暴れるのは良しとはしないだろう。ならば人目を避けるためにどこぞへ移動する瞬間を狙うしかないか)

「さて、ここで立ち話もなんだろう。場所を移さないかカイン・ロウ」

「どこにいくつもりだ」

「うるせえ。さっさと来いや」

 ザムーが吠える。それにカインはやれやれと肩をすくめた。

「このっ」

「ザムー、言ったはずだぞ」

「チッ」

 ガルバの言葉に忌々しげにザムーが舌打ちをする。

「失礼。では参ろうか」


「あの坊主やっちまったなぁ」

 モナカはカインたちのあとを追いながら、呟いた。

 さきほどからそれなりの速度で移動しているにも関わらず常に一定の間隔でもってカインは取り囲まれていた。そしてカインが先行する二人の隙を見て逃げ出そうとしても、姿こそ見せぬものの僅かに気配を出すことだけでその出がかりを完全に潰していた。後を追うモナカにこそ気づいていないが見事な連携だとモナカはその連中を評価する。

「あの坊主も筋は悪くないけどにゃあ。このままじゃあ殺されちゃうなぁ」

 周囲にある殺気は紛れもなく真なるもの。モナカにしてみれば恐らくは本命であろうカインよりも先行する二人の院生の方が哀れに見える。

(何を『勘違い』してるんだろうな、あれ)

 モナカの見る限り殺気はカインだけではなくあの二人も対象にしていた。何かの拍子に二人が逃げ出そうものならば確実に殺されるだろうと。そしておそらくはこのまま進んでいても同じ運命をたどるであろうと。そうともしれず笑みを浮かべながら進む様は悲劇を通り越して喜劇ですらあった。

(歩筋は真っ当。あんま汚れっぽい感じじゃないし市街地の移動を訓練している連中となりゃ正規の存在っぽいよなぁ。坊ちゃん、コイツラに手を出したら怒るかな)

 とはいえ、今はその坊ちゃんもいないのだからと口元は弛んでいた。

 この世界に辿り着いた最初こそは楽しめたもののここに来るまでにモナカはずいぶんとお預けを食らっている。だからモナカもそろそろ『火遊び』をしたい気分だったのだ。


 そしてたどり着いたのは商業区の端、倉庫街。貿易の荷を保存したり一時的に置いておくエリアであるが、時期を過ぎると荷も減り、こうした端のエリアは人の気配も少なくなる。つまり人目にはばかる行為が容易に行えそうな場所であった。 

 囲んでた人たちは多分屋根の上とかにいる。

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