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獅道戦旗  作者: 紫炎
3/15

◇第2章 異世界へ

 リダの歴456年 金色狼の月 8日


 オルトナガル大陸には大国と呼ばれる国が二つある。

 一つは皇帝ルルアーノが治めるアルベスタ帝国。そしてもう一つはアルベスタに並ぶリアンデ大公治める騎士の国、セフィリア公国。

 そのセフィリアの首都カイナスより90ナダル北上した先にシンラという交易都市がある。腐食領域にも近く、またアルベスタとの国境線間近でもあるその街は、形こそセフィリアの国内ではあるが実質的には中立の立場をとった都市であった。それはこの街がかつての魔王軍との戦いにおいての最重要拠点であったためであり、今なお北からの侵略を備えた前線補給基地でもあり、補給線は各国共同での運用を定めているためである。

 そして蛇神獅道と瀬川モナカは二人、その街にたどり着いていた。


「うわぁ。まだ信じらんないな」

「坊ちゃん、あれ撃っていいっすかね。あの竜?」

 疑問系で尋ねるモナカに獅道は首を横に振る。

「ダメだろ。町中にいるんだ。飼い竜だよ。きっと」

 一週間ほどで詰め込んだ知識を元に獅道はそう結論付けてモナカに返答した。ふへぇと残念そうにため息をはくモナカを後目に獅道は道を進んでいく。

(こりゃ聞いた通りの光景だな)

 獅道は何度か滞在したこともある北欧の田舎の街並みを想起する。

(ま、こんなもんか…といえばこんなものだろうな)

 異世界なんて言われてもピンとこなかったが、人々と町並みを見てようやくここがどういう場所か理解できたような、そんな感覚を獅道は感じていた。

(とはいえ、まさか竜とは)

 街の門を抜けてすぐに見かけた飛竜には心底度肝を抜かれた。あれで竜の中では下位だというのだからなおさら驚きである。

「モナカさん、アレ勝てそう?」

「強度は分かりませんけどまあ当たればいけるんじゃないですか。生き物なんだし」

 背中に下げている包みを見ながらモナカは答える。

「まあそうだよねえ」

 どれだけ大きくとも生物である以上は戦車ほどの頑丈さはないだろう。であれば、獅道にもモナカにも対処は可能のはずだ。

「それよりも視線の方が気になるっすね。うちら値踏みされてます?」

「ま、事前に連絡は入れてたし。警戒くらいはされてるのかもな」

 獅道は周囲を見回しながら言葉を返す。確かにいくつかの視線を感じるが、すぐにどうこうしようという風でもない。

「やっちゃいます? 値段付けさせてみます?」

「止めてね。入学する前に賞金首になっちゃう」

「賞金首カッケェ。坊ちゃんのアウトローっぷりパない」

「勘弁してよ。あとちらつかされた殺気に殺気で返すのも止めてね。万が一もあるから」

 そう言われてモナカは笑顔で舌打ちして頷いた。

(大丈夫かねえ)

 ため息をはいて獅道は先に進む。目指すのは街の中心にあるというサーヴァス学院。そう、獅道は学校に転入しにここにきたのだった。


「なんだあ、ありゃあ?」

 ディクスは思わず呟いた。

 返ってきたのは濃密な戦いへの誘いの気配。ディクスは久方ぶりに失った右腕の感覚が蘇っていた。

「情報は事前にお伝えしていますが」

「ああ、前にいるのがアイツの甥っ子だろ」

「はい。確かに顔立ちがあの方に似ておりますね」

 横に付いていた女性が答える。

「ふん。多少はな。あいつに比べれば妙に女顔だしよ。まあ今の時点でもそこそこやれそうだが、ま、そっちはいいさ。それよりもあのメイドだ。聞いてねえぞ。あんな化け物」

「お付きが一人いるとありましたが」

「俺の殺気をそのまま返しやがった。多分あの位置からこちらを殺れる。あと半歩で殺せるってそんな目だった」

「まさか」

 女性は驚きながらディクスを見た。だが四聖と呼ばれる英雄ディクスの、こと戦闘に関連する言動に誤りなどあるはずもない。

「遠距離魔術かアーティファクトか。ファーンめ。厄介なのをオマケでつけてきやがって」

 街の城門の上で佇むディクスは苦笑いで遠方にいるであろう友に届かぬ苦言をはいた。

「レイラ。勇者様ご推薦の連中だが一応警戒は怠るなよ。一筋縄ではいかんかもしれんからな」

「はいっ」

(しかし…)

 ディクスは思い直す。そっちはいい…とまで簡単に言ってしまったが、だがどうだろうと改めて獅道のことを思い返す。モナカからはすぐさま感じ取れた強者の気配が感じられない…というよりは霧がかかったように妙に読めないように思えた。

(ま、入れちまえば分かるだろうよ)

 相手を計る時間はありすぎるくらいにあるのだ。本当に大戦以来ずっと、余りあるほどに…とディクスは自嘲気味に呟いた。


※※※※※※※※※


 ユリア・アリエールは母の手紙に大きくため息をはいた。

「過保護が過ぎる…のでしょうね」

 南東のはるか彼方にあるオーラン神殿の司祭を務める母エミル・アリエール。四聖と呼ばれる母からの手紙は週に一度は届いてくる。すぐに返答をよこさないと次にくるまでが早くなるのでさっさと返すようにはしているのだが、年頃の娘としては親に構われ過ぎるのもどうだろうと思ってしまう。

「それではこれをいつものようにお願いいたします」

「はいよ。ユリア様は本当にお母様思いだねえ」

「ええ、まあ」

 事務員の言葉に心の中で苦笑し、事務室を出る。

「で、坊ちゃん。どうするんですか?」

「話は通ってるはずだからまずは事務の人に聞くのがいいんじゃないか」

(うん?)

 ユリアが声のする方に視線を向けると見たことのない二人組がこちらに歩いてきた。

「ああ、そうっすね。そんじゃそこの人?」

「え、は、はい? わたくしですか?」

「そうそう。ちょいとお聞きしたいんだけど事務室ってどこだか分かります?」

「え?ええ」

 ユリアの後ろにあるのがそうである。

「モナカさん。後ろのが多分そうだよ。横にもそう書いてあるじゃない」

「おお、本当だ。焼き付けって便利だけど文字をちゃんと捉えないと認識できないんですねえ」

「定着すれば日本語と同じ感覚で見れるようになるらしいけどね。ああ、すみません。突然お呼び立てして」

「いえ。あの、もしかしてシドウ・アルダイムですか?」

「あるだいむ?」

「俺のことだよモナカさん」

「ああ。そう名乗るんでしたっけ」

「あの…」

「ああ、失礼」

 困った顔のユリアに獅道は頭を下げる。

「うちのメイドはちょっとアレな頭をしていまして、時折訳の分からない言動をするんですよ」

「はあ、そうなんですか」

 後ろでモナカがヒデェとかナニイッテルンデスカなどと抗議するが気にせずに獅道はユリアに語り掛ける。

「それでこちらのことをご存じのようですがアナタは?」

「はい。申し遅れました。わたくしはユリア・アリエールと申します」

「ユリアさんですか」

 ユリアはアリエールの性に訪ねられなかったことに多少の驚きを持ちつつも言葉を続ける。

「はい。さきほど指導官よりシドウがこちらについたのであれば案内をするようにと伺っておりましたので」

「ユリアさんがですか? なんでわざわざ」

「わたくしが一応一回生の総代ですので。今日は学院に用もありましたし、この手のことは私が担当させていただくことが多いんです」

「へぇ」

 獅道は感心してユリアを見る。一見普通であるようで、その佇まいは確かに『何か』を嗜んでいると感じられた。

「坊ちゃん、目がやらしい」

「やらしくねえよ。たく、それじゃあユリアさん。俺たちどうすりゃいいんだろう」

「当初の予定通り、まずは事務に話を通しましょう。その後校内をご案内します」

「了解。よろしく頼むよ」

 その後、獅道は事務室でいくつかの書類にサインをし、ユリアも言葉通りにそのまま構内の案内を始めた。


 サーヴァス学院。この施設は各国より集った10代の若きブレイブの教育施設として生まれたのだという。

 行われているのは地理や歴史、魔獣や魔族、魔術特性などの座学や、主に集団で戦うことを重点とした訓練など。また在籍中にはクラスD以下の依頼を請け負うこともあるという話だった。

(しかし、言われるがままに来てみたのはいいけれど)

 好きに動いて良いとは言われたが、期待されるべき目標と指針は告げられている身としては当面は状況に流される現状に甘んじるしかないと獅道は考えていた。

 また学院内は豪奢というほどでもないが、ほどほどに整えられた佇まいで獅道としてはあちらの世界の学校との差異のなさに逆に驚きを感じることとなる。

「ここが教室練。階ごとに一回生、二回生、三回生と分かれています」

「なるほどねえ」

 ユリアの話によれば得意種目や戦時の編成を重視してクラス単位で教室が分けられているのだという。

「今はすでにクラスが分けられていますし、シドウはわたくしと同じクラスに入ることになります」

「それは君が総代だから?」

「いえ。先週二名の学友が魔族の襲撃を受けまして、ひとりは一ヶ月ほどで復帰出来るようですが、もう一人の方は学院を去らざるをえないほどに傷を負ってしまいました。あなたはその方との入れ替わりという扱いになりますね」

「へぇ。そりゃあまた」

「穏やかじゃあないな」

 獅道はモナカと見合わせる。

「16年前の大戦で魔族の攻撃は勢いこそ衰えましたが、しかしまだ彼らが大人しくなったというわけではないのです」

 愁いを帯びた顔でユリアは続ける。

「あなた方が風聞で聞いた以上に彼らは活動を広げています。実地訓練という授業もありますが、名ばかりのもので実質的には領界警備としての色が濃いですし、学生は入学した時点で対魔族の戦力として組み込まれています。無論一回生に要求されることは限られてはいますが、それでも危険であることには代わりありません」

「でしょうね」

 再びため息をはいて獅道は答える。

「…? ええ」

 ユリアは獅道の顔に恐怖の色どころかどちらかといえば億劫そうな表情を浮かべていることに戸惑いを感じた。

「怖くはないんですか?」

 ユリアはそうした事実を聞かされた入学式での自分の心情を想起し、獅道に率直に訪ねた。

「はぁ。そういうところなんでしょ。ここは?」

 だが返されたのは至極当然とでもいうような形での返答。

「ええ、その通りです。なるほど、シドウは想像以上に既にブレイブとしての心構えが出来ているのですね」

「それは買い被りでしょう」

 素っ気なくそう答える。それは獅道の偽らざる本心ではあるがユリアには謙遜として捉えられた。


(まあ人生経験の違いっすかねえ)

 そのやり取りをモナカは心の中でそう評価する。

 常日頃から命のやりとりの中で生きてきた自分たちにとって『魔族との戦争』のある世界とはいえ、実際に戦争を知らない世代からの言葉は予想以上に軽いということなのだろう…とモナカは思う。

(さきほどの話も真偽のほどは別としても、あれはここに通う上で行われる通過儀礼なのだろうなぁ)…と、モナカは結論付けた。


「うん。あれは?」

 院内の案内の途中、窓の外に獅道は見慣れたものをみた。

「あれは守護結界込みの練習場ですね」

 開けた場所に四角の魔法陣を重ねた重層魔法陣。それが等間隔でいくつも並んでいた。

「あれは一般的なものなのか」

「一般的…というならば現在はそうですね。封印と復元を重ねたもので、今は亡き四聖ユーリ・シェルダニスの考案したものだそうです」

「坊ちゃん」

 何かいいたげなモナカに獅道も目で答える。

「ユーリ・シェルダニス、魔王を倒した英雄のひとりだったよね」

「はい。扱いの難しい重層魔法の使い手で魔王とともに消滅した希代の魔女。武闘派魔道師の大家シェルダニス家でも最強と言われた女性ですね」

(あんの暴力ババァにもそんな時期があったんですね)

(…静かに)

 そんな二人のやりとりに気付かずユリアは言葉を続ける。

「そして勇者ファーンの恋人でもありました。わたくしの名前も彼女の名からいただいたものだと聞いています」

「へぇ。それはまた」

「……」

 思わず吹き出しそうになるモナカを目で牽制しつつ、獅道はユリアに訪ねる。

「あの、この街にはその…シェルダニス家の方もいるのかな」

「ええ。都市警護隊副隊長レイラ・シェルダニス様がいらっしゃいます。それと三回生にもシェルダニス家の方がいたと思います。それが何か?」

「いや。一度あの家には挨拶にいかないと行けないみたいなんでね。で、まずはお目通ししとかないといけないと思って。それで学生でもレイラ様という人には会えるのかな」

「ええ。それは大丈夫でしょうけども。シドウはシェルダニスに縁のある方なのですか?」

「うん。らしいよ。俺もよく知らないんだけど」

「そうなんですか」

 へぇ…とユリアは目を輝かせてシドウを見た。

 そういえば…とシドウは思い返す。ユリアの姓はアリエール、あの四聖のひとりと同じ姓だ。そしてここにいる事自体が彼女が特別な存在であることを示しているわけで、であれば四聖の血に連なる人間である可能性は高い。同じ四聖のシェルダニスとは懇意であってもおかしくはないのだろう。

「レイラ様はこの学院の卒業生ですので、時折はこちらに足を運んで指導をしていただけますが。確実に合うのであれば城門砦に普段はいらっしゃいますのでそちらに行ってみるのがよろしいかと」

「なるほど。ありがとう。助かるよ」


※※※※※※※※※


「誰だ。あれは?」

 カイン・ロウは持ってた剣を鞘に収めると、横にいたレイモンドに訪ねた。

「誰って。ユリア様…と、見慣れない顔ですね。後ろにいるのはメイドのようだけど」

 訓練場から院内を楽しそうに(カインにはそう見えた)歩く三人が見える。

「年は同じくらいだろうけどこの学院の人間ではないな。どこぞからの客人か」

 にしては若い…とは二人とも口にはしなかった。力や立場に歳など関係ないというのはここに集められた人間のもっともたる特徴の一つなのだから。

「彼は転入生だよカイン」

「アンジェロか」

 突然の声にカインは振り向く。

「や、カイン。なんだか不機嫌な顔をしているね」

「そりゃあんたが来たからだ」

 その態度にアンジェロはやれやれと肩をすくめた。

「それよりあれが転入生といったなアンジェロ」

「ああ、そうだ。シドウ・アルダイム、我がクラスの一員となるべく遠方よりやってきたらしい」

「アルダイム? 聞いたこともない」

 アンジェロもその言葉に頷く。

「背後関係は調べた限りじゃ何もなさそうだけどね。入学式からまだ二ヶ月、中途半端な時期の転入だなとは思うよ」

「見た限りは大した腕にも見えないな。もっともせめて一芸はないとここには入ることもできないはずだが」

「まあそうだね。だからさ。ちょっと見てもらいたいんだけどね」

「チッ」

 カインは思わず舌打ちをする。目の前のアンジェロからの依頼はたいていろくな事がない。今回もそうした類なのだろうとカインは理解する。

「ヤツの力を見ろと?」

 だが家には逆らえない。ロウ家はアンジェロの、その裏にいるドーヴェン家に逆らうことは許されない。代々続くロウ家の血が逆らうことを許さない。

「頼んだよカイン」

 そういってアンジェロはその中性的な顔に笑みを浮かべる。カインの従僕としてここにいるレイモンドはそれを蛇のようだと感じた。


※※※※※※※※※


「歩ける範囲では一通り案内しましたが」

 学院内を一通り案内し再び事務室に戻ってきたユリアはそう言って獅道を見た。

「この施設以外では市政区に魔道図書館、町外れに演習場がございます。商店街は商業区ですね。宿舎からも遠くありませんし品揃えも首都にひけを取らないのがこの街の自慢だそうですよ」

「東西の貿易の拠点ということですし、いろいろなものがあるんでしょうね」

「そうみたいですね。わたくしは残念ながらまだ一度しか行ったことがありませんので実はよく知らないのですが」

「そうなんですか?」

「はい。必要なものは院内で頼めますし、人が多いと何かと物騒とのことで。いえ、いってはいけないというわけではないのですが」

「だったら一緒にいってみたらどうっすか坊ちゃん?」

「モナカさん…」

 突然口を挟むモナカに獅道は嘆息する。

「こっちは来たばかりで何も分からない田舎もんっすしねえ。つきあってもらえると何かと助かりますよ」

「そんなこといってもな。こっちだってユリアさんとは会ったばかりでそこまで手間をかけさせるわけにも」

「いえ。そういうことでしたらお付き合いします…けど」

 躊躇いがちにユリアは獅道を見る。

「え?」

 モナカからユリアに忙しく視線を移動する獅道。

「勿論シドウがよろしければ…ですが」

「いや、そりゃ助かるけど。いいの? あまり出たことないんでしょ」

「はい。ですから機会があるのであれば挑戦してみようかと。いえ、シドウをダシになどというつもりはありませんが。その」

「いや、そうだな。つきあってもらえるなら助かるよユリアさん」

「はい」

 嬉しそうにユリアが頷く。

(やりましたね坊ちゃん。これで初期イベントクリアです。後デートイベントを繰り返しながらフラグ回収してけばエッチイベントまで一気っすよ)

(その口を閉じろ)

「何か?」

「いえ。なんでも」

「そうですか。授業内容などは明日先生方から説明があると思いますが、そのほかに何かわからない事はありますか」

「ああ、そうだね。さっきから気になってたんだけどがあの壁紙にある決闘申請って何なのかな。移動中にも私闘厳禁、決闘推奨とか書いてあったけど」

「あれは…」

「文字通りの意味だよ。ここでは生徒同士の決闘を認めてるのさシドウ・アルダイム」

 ユリアの言葉を遮り、別の人物が回答をした。

「あんたは?」

「カイン!?」

 訝しげな獅道と突然の声に驚くユリア。

「やあ総代。楽しそうなことしてるじゃあないか」

「楽しいって。これがわたくしの役目ですもの。当然でしょう」

「お役目ね。まあ、そうだね。デートのお約束までしていたようだし」

「アナタね」

 睨むユリアにカインは余裕の笑みで返す。

「冗談のつもりだったんだけどな。そうムキになると邪推もかけたくもなる」

「言ってなさい。このお調子者」

 ユリアはそっぽを向いて悪態を付いた。それはさきほどまでとは違う口調に(これが地の部分なんだろうな)と獅道は感じた。

「それであんたは彼女と同じ一回生…ということでいいのかな」

「ああ、すまない。ユリア様のそんな楽しそうな姿を見るのは珍しかったのでね。ついつい悪戯心が出てしまった。私は君と同じクラスメイトとなるカイン・ロウだ。今後ともよろしく頼む」

「シドウ・アルダイムだ。よろしく」

 さし出された手を握り返し獅道も返答する。

「あと後ろにいるのはモナカさん。俺の世話係の人だ」

「よろしゅう」

「ええ、よろしく」

「それで決闘だけど。詳しい話を聞かせてもらえるんだろうか?」

「ああ、この学院では覚えておくべきルールのひとつだからね」

「ルール?」

 獅道は首を傾げる。

「そうだ。この学院は魔族たちに対抗するために各国からブレイブを集めて出来た施設だというのは君も転入してきたんだから知ってるだろう」

「概要は大体。個別で戦うことの多かったブレイブ同士の組織的運用を模索している教育機関とは聞いてる」

「結構。ま、とはいえだ。国も違えば文化も違う。それどころか実際には争っている国と国の人間が同じクラスだったりすることもあるわけだな。その上ブレイブというのは我の強い者たちが多い」

「ぶつかることも多そうだな」

「ああ。かと言って指導官の数も限られてるし、すべてに目を光らせるには限界があるわけだな」

「つまりガス抜きか。フラストレーションを爆発させる前に公的に認めて自分達で処理させようと」

「そういうことだ。武器は刃をつぶしたものを使うし審判もつく。再起不能にすればペナルティもある」

 カインはしかし…と付け加える。

「そういう前提として始まったのは確かだが互いの実力を知るのに分かりやすい仕組みであることも事実だからな。個性の強い集団を纏め上げるのには実力を示すのが一番早い」

「実力主義ね。まあ分かり易いのは嫌いではないよ」

「理解が早くて結構。とはいえ、決闘は決闘だ。基本は騎士道に則した名誉ある戦いだよ」

 なるほどね…と獅道は改めて頷く。

「何が名誉よ。そんなのは一部だけでしょう」

 だがユリアには不満があったらしい。

「剣術バカ同士ならともかく、ここには戦うだけしかできないあなた達とは違う人種もいるのよ。事実として序列は決闘を重視していないわ」

「まあ前線に立つだけが戦ではないことは認めるさ。ただ戦場でもっとも危険な位置にいるのは我々だということも理解してもらいたいがね」

「そういうあなた方の一方的な認識が不要な問題を起こすのだと言うことをあなたこそ理解しなさい」

(…仲悪いのかなあ)

 端から見ていても二人の微妙な関係性がにじみ出ている。

(よく分かんないっすけど、あの小僧殺っちゃいましょうか坊ちゃん)

(よく分からないなら止めてねモナカさん)

 ボソボソと裏から物騒な言動を投げ掛けるモナカに突っ込みながらも獅道は睨み合う二人をみて直接の言葉を投げかける。

「つまりはここではフォワードとバックが上手く回ってないってことかな?」

「な、シドウ。そんなことはない。そんなことはないのよ。この男が特別ダメなだけで別に戦士を否定しているわけではないわ」

 その言葉に反応してユリアは慌てて反論する。

「否定はしていないが、尊重もしていない…のではないかな」

「アナタねえ」

「まあ、これは私と彼女の個人的な感情の問題だ。やるべきことはキチンとやってるから心配しなくて良いさ」

「そうかい。であれば新参者としては特にいうべきこともないよ」

「ありがとう。ユリア様、そういうことだから」

「何がそういう事よ。さっさと退きなさい。彼の案内はわたくしに与えられた責務ですので」

「了解。それじゃあシドウ。また明日会おう」

「ああ、カイン。今後ともよろしく」

 獅道が挨拶を返すとカインは玄関の方に立ち去っていった。

「まったく。ごめんなさいねシドウ。彼、いつもああなの。何かにつけて自分たちが一番だと思いこむ癖があって。本当に分かってないんだもの」

「いや、別に気にしてないから。それにどちらの言い分も分からなくはないんだけどね。助け合うのならどちらも尊重しあうのが正しいとは思うよ」

「でしょう」

 獅道の皮肉にも気づかずユリアは自分に都合の良い風に解釈する。

「それじゃあ宿舎まで案内するわね」

「分かった。それじゃあ行くかモナカさん」

「ああ、坊ちゃん。あっしはちょっと行くところがありますんで」

 獅道の問い掛けにモナカは予期せぬ答を返してきた。

「いくところ?」

「あい」

「モナカさん…でしたっけ? まだついて間もないのですから一度は宿舎に寄った方が良いのではないですか」

「まあお嬢ちゃんの言うとおりなんだけどちょっと用事がありまして」

「ちょっとモナカさん」

 獅道はモナカを引き寄せ、ユリアに聞こえないように尋ねる。

(どっちの件だ? まさか城門のやつじゃないだろうな)

(あーそっちも魅力的なんすけどねえ。やっぱり殺っていいっすかね?)

(いいわけないだろ。ありゃどう考えても大物だろうしさっそくここらへんの人敵に回しちゃうでしょ)

(旦那様のこと考えるならあっち側につくのも手だと思うんすよね)

(手じゃねえよ。あっち側なんて余計に無理だよモナカさんは。絶対に全部に喧嘩売ってどっちからも狙われるよね)

(そいつは楽しそうっすね。まあ旦那様なら笑ってくれるんじゃないっすか?)

(まあ笑うだろうな。絶対零度の笑顔でな)

(口答え多いっすね坊ちゃん)

「お前のせいだろがッ」

 思わず叫んだ獅道にユリアがビクッとする。

「あ…」

「女の子脅かすなんて悪い坊ちゃんだ。このムッツリ坊ちゃん」

「ああ、いえ。ちょっと驚いたですから」

「いや。うん。ごめん。いきなり声荒げて」

「ま、そういうことなんでちょっくら行ってきますね」

「ああ、もう。つまりあっちってことでいいんだよな」

「あい」

「目立たないように頼むよ。まだ来たばっかりなんだし」

「らじゃ~」

 そういってモナカは一人走り出した。

「あの…」

「何?」

「いいんですか。宿舎の場所も分からないと、後で合流もできないと思うんですが」

「まあ大丈夫…だとは思うけど。さっき街の地図は見てたし」

「さっきって、軽く目を通しただけだったと思うけど」 

「モナカさんならそれで十分なんだよ。そういうところは目聡いから」

「そういうものですか」

 …と、妙に感心を寄せるユリアを見つつも獅道はモナカの行く先を思うと胃が痛くなりそうだった。

(あのカインとかいうのの後を…だけならいいんだけどなぁ)

 すでに姿が見えない以上、獅道はトラブルが起きないことを祈るしかなかった。

ブレイブは2022年の現実世界ではブーステッドマン、お隣のフィロン大陸では英雄種と呼ばれている。魔力総量だけでなく出力も個人差がある。

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