◇エクストラ
それは獅道たちが異世界に向かう前のいつかの時の対話。
「それにしても厄介なことになったわね」
まったく大したことでもなさそうにその場にいた金髪の少女が言い放った。衣装を黒で統一し、その場に座る少女はどこか作り物めいた印象がある。
「人事のようにいうけどね、原因はあなたでしょう。リーリャ」
対して少女の目の前に座る蛇神ユーリは溜め息をはく。
「第一の契約印、まさか机上の存在をこんな形で見ることになるとはね」
しかしユーリの言葉にリーリャと呼ばれた少女は心外だとばかりに首を振った。
「私のせい? それは違うわ。私はあなたの旦那が元の世界に帰れない理由を聞かれたので語っただけ。それであなたが封印されたことは不幸な事故であったけど、神様の都合なんて私には関係のないことよ」
リーリャにしてみれば当然の知識で、それを語ることで何かしら問題が発生するとは知らなかったというわけだ。とはいえ、ユーリの夫であるミドガルドの状況を調べたのが彼女なのだから、予測が付いてないわけもないのだが。
「それに、その話の危険性を承知で尋ねたのはあなたで、今なお、その先を知ろうとしているのもあなたでしょう」
その次のリーリャの指摘は的確で、ユーリが言葉を発するのに数秒の時を要した。
「あのころの私は若かったの。至りだったの。若気の」
「三日前のことよ」
そしてやっとでたユーリのガッカリな反論に、呆れた顔でリーリャは返す。
「ま、迂闊だったとは思っているわよ。ちょっと軽く考えてたかもね」
「後悔なんぞ微塵も感じていない面構えでよく言う」
「そりゃ軽くは考えてたけど、重く考えても結果は同じだもの」
リーリャの言葉に悪びれた様子もなくユーリは言った。
「気持ちを切り替えてもう係わるまいとするお前の旦那とはエライ違い。好奇心は猫をも殺すと、この世界の言葉にあるのだけれどね。それはこの世界でもっとも力のある魔術師であろうと当てはまるのよ」
「そりゃ元々の性質の問題かしらね。魔王は支配者で、魔術師は探求者。支配者は危険と判断すれば引くけど探求者は猫が死んだ原因を知ることを望んでしまうものでしょう」
その言葉に現時点で最古の魔術師たるリーリャは反論は出来ない。なので、「ああ言えばこう言う…」とぼやいた後、話を先に進めることにした。
「それで今日聞きたいのはあんたのところの創世神話だったっけ?」
「そうね」
「なかなかピンポイントを突いてくる辺りがかわいげのないことで」
リーリャはクスリと笑うと言葉を続けた。
「推測通り、あれは概ね事実を元にしたいいものよ。ナユタの罪花と呼ばれる未曽有の大破壊…だったっけ? ナユタってのは、あれも曖昧な単位ではあるし実数としては多いのか少ないのか微妙なところだけれど」
もっともあれの総数は私も知らないけどね…とリーリャは嘯く。
「その言い方だと罪花というのは比喩的なものではなく実在した何かということなのかしら」
ダハルにおける創世神話、その最初にある罪花と大破壊。その正しい解釈はオルドナガル大陸の研究でも未だに分かってはいない。
「そう。5000年前には確かにあったわね。罪の花という表現は詩的に過ぎるような気がするけど」
「そういうシロモノなの?」
「それは1人の少女を人類が無限の地獄に突き落としたものだから。一万年も地獄が続いて、遂に咲いてしまったのが大破壊。かつて宇宙の隅々にまで渡って繁栄していた大宇宙時代は今や見る影もなしってね。罰はキチンと下されてるんだから本当の意味での神様ってのも実際にいるのかもね」
自嘲気味にリーリャは笑う。
「大宇宙時代、ね」
それはユーリの想像の外の話だ。
「まあ当時の人だってその規模を理解できてたわけじゃないし。人間なんて自分の生活圏以上のことなんて基本的には分からないものだもの」
「そういうものかしら」
と反論じみた言い方をしてみるがユーリも得意とする分野の知識以外はこの世界のことを詳しいわけではない。
「そういうものよ。精々がニューストピックに載っている程度の自分の惑星圏内の事情ぐらいしか理解してなかったんじゃないかな。そこらへんは今の地球と同じね。あなただって自分の住んでいる街のことですらそこまで理解しているわけでもないでしょ?」
「まあ、そうね」
確かに住んでいる街だってコンビニやスーパーの位置ぐらいしか分からないな…とユーリは考える。そう頭の中で推考していたユーリに、少し話を切り替えるけど…と前置き、リーリャは話を続けた。
「ユーリ、アナタ超能力って知ってる?」
前置いた上でも想定以上に切り替わった話題にユーリの思考は数刻止まった。
「……話ぐらいは。念動力、透視、念話に発火能力やテレポートとかそういうのでしょ。私は映画やサブカル本とかフィクションでしか見たことはないけど、確か教会が保護しているとかいう異能使いがそうよね?」
リーリャは首肯する。
「ここだけの話だけど実は魔術も実質的にはこの力を種火として出力しているわ」
「それは初耳…」
ユーリはハッとした顔をする。
「もしかして、これも禁止事項のやつ?」
「ま、扱いに気をつけないと怖いわよ」
それはつまり、まだこの世界では『解明されていない』知識の話だと言うことだ。
「実際に使われているのは本当に微量でね。あなたの世界では調べるのはまだ無理。こっちならある程度研究は進んでいるけど、証拠を掴むのにまだまだ時間がかかるでしょうね。異能者のほとんどは教会が握ってるし」
教会。宗教団体の中にあり、異端者を弾圧と称して捕らえることで、そうした類の存在を集めてきた組織。中世よりあったそれは今や世界規模に発展し、異能者の一切を自分らの領分として行動している。
「ただ、これが出来ないと本来魔術は使えない。あなたの世界ではほとんどの人間が魔術を使えるのにこちらの世界では使える人間が極端に少ないのは両者にそれが出来るかどうかの素養の差があるためなわけ。基本的には方向性の定まらない超能力、こちらでは全般的に異能と呼ぶのだけれど…を、一時的に発動させることで幻想を実像に変換させるきっかけを作る」
「魔力を表に出すための文字通りの種火というわけか。だとすればその超能力者というのは大きな魔術を扱える素養を持っているということ?」
「いや、使えないわけではないのだけれど方向性の定まった異能を魔術に使うのは難しいのよ。それに私たちの使う魔術とはまた別の、発現した異能にあった魔術を生み出す必要があるし」
それはまったく新しい、その異能者だけの魔術体系を作るということだった。
「簡単に言うと例の魔女たちがそれ」
リーリャの言葉にユーリの目が見開く。
「集合的無意識を介してネットワーク化した異能。体系化できた希有な例ね」
リーリャの言葉にユーリは苦い顔をする。魔女というのはこの世界で『一般的』に認められている魔術を使う存在で、現在の軍隊の主力となる兵器だ。ユーリたち正当な魔術師は突然現れた魔女という存在にその立場を追いやられた形となっている。
「あなた自身がコンプレックスを感じる必要はないと思うけど。あなたの魔術適正も異能認定されるほど異常なんだから」
「知らないわよ。あんな、魔力もなしに集中力だけ続けば使用し続けられる能力なんてただのチートじゃない」
「一般人から見れば理不尽なのは同じよ」
だからこそ、同列に立たされる魔女と魔術師に優劣が出来てしまう。
「で、その異能なのだけれど、一般的にはあなたの言った念動力然り、透視然り、念話然り、テレポート然り、人間の出来ることの延長線上に位置しているのは分かるわね」
「発火能力は?」
ユーリ刃先ほど口にしたものから唯一省かれたものを指摘する。
「火は人にとってイメージし易いものだからね。系統からは外れるけど発現率は比較的高い。ともあれ重要なのはこれらは潜在的な望みが最適化されて発現しているということなの。そして宇宙に出ることでその発現率は増加する」
「宇宙にいくと増加する理由は何よ?」
「地球との接続を外れた為…という感じかしら」
「気になる言い回しね」
「そちらもいずれは話をしてもいいけど、脱線してしまうから今は罪花に話を戻すわよ」
「ん、了解」
ユーリは頷く。
「それで罪花のことだけど、これの正体は一人の少女の脳よ」
ユーリはギョッとしたが、その意味は図りかねた。
「どういう意味?」
「私も話でしか知らないんだけどね。その少女というのは当時存在していた月面実験都市の住人だったの」
実験という言葉にユーリが眉を潜めた。
「いや、あなたの懸念しているようなものではないわよ。月に施設を作って実際に住んでただけだし。宇宙生活のための第一歩ってところよね。この時点では」
(この時点では…ね)
イヤな言い方をするモノだとユーリは思う。
「2048年に異能を発動したそうよ。名前はナタリー・ネイサン。発現した年齢は17、享年は18」
「この世界でいうと後30年ぐらい先の話か。発現して一年で死亡というと能力のせい?」
「記録上は事故ね。ただの交通事故。裏で何かあったかも知れないけどその後の手続きを見る限りでは白っぽい」
「本当に?」
「多分としかいえないけど当時はまだ彼女の異能は彼女だけのものだったし注目度も低かったから。それで彼女の遺体は合衆国が買い取ってロスアラモス行きになったそうね」
「ここでもある研究機関か。それで、そのナタリーって娘の異能はなんだったわけ?」
「彼女が発現したのは1G、地球の重力を再現するものだった。月で暮らして地球の重力が恋しくなったのが原因じゃないかって言われてるわね」
(ナユタ、罪花、脳…)
ユーリはそれまでの単語からいやな想像が頭をよぎった。
「まさかこれって、その女の子の脳を使ってどうとか、そういう話?」
「正解」
リーリャは頷いた。
「昔の人は彼女の脳みそをいっぱい作って宇宙で暮らしてたわけね」
ユーリはうんざりした顔をする。それをリーリャはおかしそうに笑いながら
「いやあなたの考えているようなグロテスクなものではないわよ。構造体を圧縮しチップ化してるから精々がメモリーカードくらいのものだもの。まあ機能的には同一である以上、本質的なイメージはそれで良いのかもしれないけれど」
「そのチップ化した脳を使って重力を作り出していたわけ?」
「ええ、それで脳そのものでもチップ化したものでも作動させる原理は同じでね。電気を送ることによる刺激、つまり痛みを与えることでナタリーの異能は発現する仕組みだったの」
ユーリはさらにいやそうな顔をして尋ねる。
「それ、誰も止めなかったの?」
「使ってる装置の中身なんて普通知らないわよ。特に技術が進むと内部の構造も複雑化してくるし。あなた、携帯電話の部品なんて全部理解できる?」
「いや、まったく」
そもそも未だにこの世界の技術を扱うのは難しいとユーリは思う。
「でしょう。まあ特許が絡んでる上にブラックボックス化してたし技術畑の人間でも解析無理だったんだけどね」
「なるほどね。でも、未来の技術というなら他にも重力をコントロールする技術もありそうなものだけどね」
「あるけどコストパフォーマンスと安定性を考えるとどうしてもチップに戻ってくるのよ。1G以外の、特に軍事用のものはチップじゃないものを使ってたけど」
とはいえ…と続ける。
「いくつかの人類のコミュニティの中にはチップの事実に気付いて、星によっては排斥したところもあったわ」
「へえ。もしかしチップによって大破壊が起きたとすればそこは大破壊を回避できた?」
「みたいね。もっともその後の100年で民族紛争が起きて星が壊滅してたけど」
ユーリは首を傾げる。
「大宇宙時代とかってのは終わってたんでしょ。連絡ついたの?」
それにリーリャが首を振る
「いいえ。生き残ってた人工衛星を100年がかりで別の星から操作してログを洗って発覚したの。さすがにそんな結果がでたときは泣きたくなったわ」
「あなたでもそう思うときがあるのね」
「そりゃあ、そうよ。私は人間だもの」
その返答にユーリは苦笑する。その人間であることを逸脱出来ない存在であるが故にリーリャ・ジルベルシュタインは何よりも特別なのだと聞いている。
「それでね、気付いた人間の中にナタリー本人を再生させようとする連中が出てきたの」
「脳のチップから本人を生み出せるものなの?」
ユーリは当然のように沸いてでた疑問を口にした。
「脳の構造体から逆算して適合する肉体を作るぐらいならやろうと思えばこの世界でも出来るわよ。そもそも人工精霊が作れるのにそんな疑問を持つことがおかしいと思うけどね」
リーリャの解答に「確かにそうね」とユーリは返す。
「魔術による擬似的なものとは云え、『実際にあるもの』から作成は出来る。ならば足りない部分を補って生み出すことはそう難しいことではないか」
(…それが千年期を10以上も迎えた世界ならなおさらか)
改めてユーリは自分たちを取り巻く状況に嘆息する。知らずにいる事などありえないと考える。
「それで見事にナタリーも再生できたらしいんだけどねえ。それが大破壊の原因になっちゃったわけよ」
ユーリが首を傾げる。今までの話の中でそれが繋がる要素はあったが、その経緯をユーリは推測できなかった。
「んー、ナタリーを再生したのは到達者と呼ばれる種族の研究をしている機関だったのよね」
リーリャの口にした名称はユーリにも聞き覚えがあった。
「それ、前にも聞いた名前よね?」
「イベントホライズンの向こう側を超えた種族。時系列から言えば私たち現行人類は彼らの二番煎じそのものね。そして今も昔も、そして恐らくは未来も、この星の今の状況すらもすべては彼らに辿り着くために動いていると考えてもらってもいいわね」
「当然、私たちはそれに組み込まれているということよね」
リーリャは首肯する。そして自嘲気味に言葉を続ける。
「それでもなお、彼らに届くことは恐らく不可能でしょうけど」
そのリーリャの言葉に衝撃を感じつつも質問を重ねる。
「その到達者にリーリャは会ったことがあるの?」
「あるといえばある。ないといえばない」
ユーリは眉を顰めるが、リーリャは諭すように話を続けた。
「ふざけてるわけではないのだけれど、言葉で伝えるのは難しいのよ。存在の一端に『触れる』ことは出来た。ただ実際に目撃は出来なかった。そういう感じ」
「ようは到達者というのは神であるカルナシュガルやラスタナシェルに近いものということ?」
その言葉にリーリャはポカンとユーリを見て、そして苦笑した。
「いいえ、星の眷属に成ってしまった彼らは到達者とは別種の存在よ。そうなることを望み、より遠いものに成り下がった…と彼らなら言うでしょうね」
「私たちの神様が星の眷属?」
「脱線するからその話はまたね」
「お預けの多いことで」
そう愚痴るユーリを無視してリーリャは続ける。
「この世界では文字通りの創世の神である彼らも外から見ればカテゴリ化された種族でしかないわ。見ようによっては哀れですらある存在なの。対して到達者とは決して届かない先達、人類にとってのコンプレックスそのものと言えるべき存在」
その意味を飲み込めきれないユーリだったが、目の前の希代の魔女であっても次元が違うと考える畏怖すべき相手であるのは理解できた。
「そして機関が研究していたのはね。到達者のわかりやすい特徴で私たちでも辛うじて辿り着いた技術のひとつ『距離を超えた精神の共有』」
「それは離れていても意識が繋がってるということ…よね」
「ええ」
「意味合い的には長距離用の心話みたいなものかしら」
「もう少し踏み込んだもので魂が溶け合うほどに繋がるものだけれど、そういう認識で聞いた方がわかりやすいかもね」
「魂が解け合う?」
それでは自我境界が消失しかねないだろうとユーリは考えた。
「あなたの懸念することは分かるわ。でも、到達者たちはそれを使ってどれだけの距離を離れていても意識を共有することが出来るわけ」
「魂の融合など自殺行為だろうに」
リーリャは首肯する。
「ええ、私たちではそうね。ただ到達者の優れている点の一つは自我の強さ。魂の密度が違うと言われているわね。彼らは自己を保ったまま共有できる。数百億とも言われている彼ら全員が精神を連結し続けながら平然と個を保ち続けられる」
それはあまりにも馬鹿げた話でユーリにはピンとこない。
「機関の望みは人類でもそれを可能にすることだったわけね。上手くは行かなかったみたいだけれど」
「技術レベルは今よりは遥かに高かったのでしょう?」
「精神感応に特化した遺伝子細工なら一応100は繋げられたらしいわよ。その後オーバーフローを起こして脳味噌が蒸発したって書いてあったけど」
ユーリが顔をしかめる。
「ま、どんなに頑張っても数を増やせば増やすほど負荷が出てくるのは確実でね。何の障害もなく接続できてる到達者たちとはそもそものアプローチの仕方が違うって話になったわけ。ただ星間で時間の差異なく連絡が取れる技術は魅力的だったからそれを使った応用技術を模索していったわけ」
「まあ…そうね」
ユーリのその手の知識はせいぜいがフィクション止まりではあるが、同意する。元いた世界に比べてここの世界の進歩の最大の理由は通信技術の発展にあるのだろうとユーリは考えていた。
「実際、人類の革新なんて妄想は学者だけのもんで、スポンサーの要求ラインの設定もそこらへんだったのね。ただ負荷問題が大きくてそこもクリア出来そうにないって状況の中で解決法が一つ上がったのよ」
「それが大破壊に結びついた原因…というわけか」
ユーリの言葉にリーリャは頷き、話を続けた。
「その方法が同期可能パターンの人間同士の意識の共有。違う人間同士がその共有技術を使うと障害が起きるのであれば『同一の人間』ならどうかと機関は考えたのよ」
「それって…」
ようやくユーリも話の筋が読めてきた。
「エミュレータによる実験は成功。全くもってスマートにね。ただ肝心の星間での通信の実験の許可に問題があったのよね。当時は不干渉条約がかなり厳密で、星間実験一つ行うのにも膨大な書類の申請と許可を取り付ける必要があって、上手くいっても相手の星に技術公開云々の話が上がっちゃって」
「そんだけ時間が経っても今と変わらないのね」
ユーリの呆れ顔にリーリャも苦笑しながら頷く。
「基本的に宇宙に散った連中は宇宙進出前の人類を規範として調整されてるからね。特に星間同士のやりとりとなると尚更」
「共通の取り決めがそのころのモノしかないわけね。なるほど」
「そんなわけでお預け食らった科学者どもがやったことってのが『だったら今あるモノを使って実験しよう』って流れになったらしいの」
「それで使ったのね」
「ええ。そのようね。そしてここからは記録に残ってないから推測になるのだけれど」
そこで言葉をためたリーリャにユーリは同意の頷きを返す。
「彼らはナタリーの成れである重力制御チップを介してのネットワークの構築を作ろうとした。そして再生されたナタリーはその実験に使用された」
ユーリがリーリャを凝視する。
「すでに実証実験は済んでいるからね。多分、ナタリーでの実験も問題なく成功した。『ただし』復元されたナタリーは宇宙に散らばるチップ化された自分自身すべてと繋がり全体の総意として『自分自身を消去』することを決定した」
「な…!?」
「全宇宙に散らばるナタリーの総体意思は強大で、意思力だけでチップの周囲5KMを削るほどのものだったわ。ただ、本来であれば意志力はどこか一点に収束されてそこだけに被害が出るはずだったのだけれど」
だがそうはならなかったのが大破壊という現象のはずだ。
「到達者の技術はこの世の事象からは外れている。あれはね、エントロピーを無数の次元に同時に存在させるモノ。ようするに『すべてのナタリーのチップ』に『すべてのナタリーの総意』が収束させてしまった」
ユーリの目が見開く。
「結果として宇宙に散らばったすべてのチップが一斉に周囲5KMを削り取ったわ。『のみならず』広範囲に渡って呪力汚染を起こした」
それはもう酷い有り様だったとリーリャは笑った。
「実際の被害はこちらの方が遙かに大きかったわ。多くの人間が圧倒的な呪力の影響で瞬間的に蒸発、或いは異形化。そこまで影響がなくとも大概が衝動的に自害した。生き残った人間もその後の二時被害で相当やられたし、最終的にその事件で2000億にも及ぶ人類が死亡したと言われているわ」
ユーリはそれを想像しようとして、結局出来なかった。この世界の総人口は60億程度。ユーリの元いた世界はそれよりももっと少ないだろう。それはあまりにも彼女の常識から乖離された規模だった。
「呪力汚染の対処はしたことがあるけど、規模が違いすぎるわね」
「実際私も瞬間的に沸騰したし」
ユーリは目を丸くしたが、すぐに目の前の少女が『そういう』存在であることを思い出した。
(…今更よねえ)
ユーリの驚きの表情が呆れ顔に変わったところで、リーリャは肩を竦めて話を続ける。
「不幸中の幸いというべきか、呪いの概念属性が消失だったから長期に渡って汚染が続いて訳じゃないんだけどね。ただ到達者の遺産であるゲートも同時に機能を停止してしまった。つまり交流が不可能になったわけね」
「ゲート?」
首を捻るユーリにリーリャが頷く。
「惑星同士を繋ぐ謎のトンネルの入り口の事ね。人類の生存出来る惑星の近くに『多分』いつの間にか存在してた。便利なんで使わせてもらってたことんだけど大破壊後は作動しなくなっちゃってね」
「それは困った…のよね?」
イマイチその意味が分からずユーリが訊ねる。
「困ったわよ。なにせその影響で今でも惑星同士の交流はほとんどないもの」
「到達者は現れなかったの?」
そのゲートというものが到達者のものであるならば、彼らが直しにくるだろうとユーリは思ったが。
「さあ? 少なくとも私は知らないわよ。それにアクマでこっちが勝手に利用してるものだから文句も言えない」
「そりゃあ、そうか」
言う方法もないけどね、とリーリャはユーリに返した。
「まあ、それはそれとして、ゲート以外では他の星間移動に数百年から千年単位はかかる手段しか持ち合わせていない人類は各星々で孤立してしまったわけよ。それと」
まだあるのか、とユーリは思うがリーリャの話は続く。
「地球は壊滅したわ。地球を囲っていた竜骸、天輪、獅道の3つのオービタルリングシステムが制御不能の大暴走して大地を砕き、地球を八つの土塊に姿を変えてしまった」
「なっ?」
(地球が土塊に…いや、それよりも)
「シドウ?…『獅道』ですって?」
なぜここで息子の名が出てくるのか、とユーリはリーリャを睨み付けた。
「『何故』かしらね? でも私があなたたち夫婦に興味を持ったのもその名を久方ぶりに聞いたからだったのよ。実はね」
「獅道に興味があって近付いたということ?」
「まあ知った名があったから、どういう意図でつけられたものなのか気にはなってね」
その言葉に、少なくとも目の前の魔女はその件が存在していても自分は関与をしていない。表向きはそうしているとユーリは理解する。
「何かあるとでも?」
「さてね。私には分からないわね。あなたたちがつけた名前でしょう。そっちこそ何か理由があったわけじゃないの?」
「いえ」
獅道の名は獅子の道を往く者、いずれは王へ至る宿業を背負うようミドガルドが付けた名だ。ただそうあれと望んで親が付けた名…というだけのはずだった。だが、まるで偶然そうなったかのように運命に介入できる存在をユーリは知っている。
「…まあ、偶然であれ、必然であれ、あれはあれで興味深い男ではあるけどね」
含みをもった言いようでリーリャはユーリに返す。
「かつてナユタの罪花と呼ばれる未曽有の大破壊により、世界は八つに引き裂かれ、種子となって光差さぬ虚ろなる天に散らばったのだという」
リーリャは謡うように神話の最初を口ずさんだ。
「そして砕けた地球は神々の手により再生され、あなたたちの世界は生まれたわけね。どうする? まだ続きを聞きたいかしら?」
続く
随分と空きましたが獅道戦旗1のラストです。
獅道戦旗そのものとの関連性も低い厨二的な内容です。
そして獅道戦旗2へ。




