◇第11章 戦場の跡地
ドサンッと石畳の床が揺れた。続けてドンッと今度はやや控えめな音が響いた。最初の音は飛龍が降りたことによるもの。そしてふたつめの音はディクス・ガイバーンの飛び降りた音だった。
「ふう。この乗り心地は慣れんなぁ」
クェエエと上から鳴く竜にディクスは肩をすくめる。
「フォードが文句言うなって言ってるよ父さん」
竜の背に乗る青年から抗議の声があがる。
「はいはい。ゴメンよフォードちゃん」
なおざりに返すディクスの言葉に竜が再度鳴いた。
「あー、ゼファー。フォードちゃんの機嫌は直った?」
「さあね。帰りの乗り心地が悪くなってなければ良かったってことなんじゃないの?」
「ぐ…」
ディクスにとって唯一無二の弱点が極度の乗り物酔いであった。16年前の決戦も、彼にとってもっとも辛かったのは高々度上空からの城塞突入前、黄金竜ギルガメスに乗っていた時だったと公言しているほどである。
とはいえ、そんなディクスが『慣れない』という程度の感想に留めている辺りに飛竜フォードの性能とその騎手ゼファーの操縦技術の高さが窺えた。
「お待ちしておりました」
そんな二人と一匹の前に男が現れる。
「魔導城塞ヴェルデにようこそ対魔王連合総司令ディクス様」
破壊跡の著しい魔導城塞の屋上、かつて突入をした時と同じ場所にディクスは立っていた。
※※※※※※※※※
「損害としては内部の破損のみで、外壁などに被害はございません」
魔導城塞ヴェルデ、その一階の通路をディクスは男に連れられて歩いていく。
「相変わらず頑丈なことだなヴァドラ。魔王の付呪の賜物か。それで連中の侵入ルートは分かったのか」
「ええ、転送陣です。地下倉庫の床下に仕込まれていました。ファーン様の切り捨てたとされる300人がギリギリ収まる大きさです」
ヴァドラと呼ばれた男はディクスに資料を手渡す。
「転送陣か。こちらにはない魔術だな。確か一回こっきりの使い捨てだと聴いているが」
「はい。確認した限りでは既に魔力は消失していましたしマーカーとしてももう使えないかと。再度の使用は不可能でしょうね」
「そんな貴重な、16年間も隠しておいた仕込みをここで使ったというわけか」
「そのようです」
「理由は神域の門か?」
「それしかないでしょう。ファーン様もここ数ヶ月で実験を一段階先に進めていたようですし、そこを感づかれたのではないかと」
「なるほどな。生き残った兵はどうしてる?」
「死亡した兵の身元確認もすべて終えましたので今は休ませています。精神的な疲労が大きく当面は仕事の引継のみに専念させようかと考えていますが」
「同僚がほぼ全滅だものな。しゃーねーよ。引き継ぎがすんだら一旦は故郷に戻すことも考えておいてくれや」
砦の占拠、撤退戦の全滅、そうした状況がザラにあった戦争時と今は違う。戦争を知らない世代には辛かったろうとディクスは思う。
「それでここが主戦場かい」
ディクスの足が止まる。大広間、さすがに死体こそ片づいてはいるが未だ敵と味方、双方の血の臭いが充満している。
「そのようです。ファーン様の雷刃のあともここが一番多いですね」
雷刃、ファーンがもっとも得意とする魔力武装の錬成魔術。
「あれが出るとヤツァ手が着けられないからな。この広さじゃさぞかし暴れられただろうよ」
「ええ。しかし、報告書にも書いたとおり問題なのはあれです」
兵士が壁を指さす。
「ふん。なんだい、こりゃ?」
ディクスの目に映ったのは細かい何かで穿たれ、無数の穴が空いた壁だった。
「壁際でミンチ状になった魔族の死体が大量にありました。恐らくはこれが原因だと思われますが」
「大量?」
「あまりにも死体の状態が悪かったため正確な数は不明ですが、100から200は死んでいたのではないかと」
ディクスは顔をしかめる。それはあまりにも異常な状況だった。
「あれからは闇の匂いがする。ファーンがやったわけではないだろうが」
「は、あの方の魔術は雷術に特化していますし。仮に闇術を使えてもこの状況を生み出せるとも思いません…が」
「確かにな。ところで砦を守っていた兵たちがあれに殺られたということはないよな?」
「はい。状況からしてファーン様が城塞を奪還したときに出来たもののみと思われます」
「つまりは味方…か。これ、どう思う?」
ディクスは破壊の跡を指さす。
「見たこともない跡ですが、あえていうならば氷結の雨に近いという意見がでています」
「あれか。確かに似てるかも知れないが」
「まああの魔術は上から下に落ちて来るものですし。こっちは横に凪いだように撃たれてます。しかも一度に100以上は始末した上に貫通して魔王が付呪した壁をも破壊してる」
「バカバカしいほどの威力だな。しかもこの精度、間違いなくオドだろうが総量を考えればマナを使ってないわけもないか。となれば精霊以外は考えられないかな」
「ええ。マナのここまでの制御は我々では不可能でしょうな」
内部に宿るオドと大気中にあるマナは魔力と括ってしまえば同じものだが元より総量が違う上に自身で生み出したオドとそうではないマナとでは術者が行える制御の精度に大きく違いがある。しかし例外的にマナだけを扱うのが精霊という存在である。
「精霊を使った闇の魔術だろうが、正直見当がつかねえ」
「ですな。こちらでも今のところ推測すら立ちません。それと入り口の方ですが」
ヴァドラが向いた方角には外に通じる通路があった。
「逃げた魔族を待ち構えて仕留めた人物がいたようです」
「三人目…」
「ええ。ここで闇術を使う誰かが攻撃をしてファーン様が取りこぼしを仕留め、そして逃げた魔族はその三人目が処理した…というのが、こちらでの推測です」
「四人目以上はいない?」
「戦った後はありませんね。同一の攻撃をした人物が二人以上いるなら別ですが」
「そうか。で、もう一度尋ねるがファーンは『一人で』と言っていたんだな」
「ええ、後はディクス様に託すと言って首都に向かいました」
「ああ、そう」
ここまでの状況を放置しているという事は隠す気などないのは明らかだった。その上で自分一人でやったのだとこちらに求めている。つまりは…
(完全にこっちに投げたな)
ディクスは頭を抱えた。
「どうかしましたか?」
「いや。それであいつ、様子どうだった」
「そうですね。妙にテンション高かったというかスッキリしていたというか。以前の陰のあった雰囲気がなくなりまして」
「マジか?」
親友のディクスですらここ16年、そんなファーンはほとんど見たことがない。
「ただどこか諦めたというか、躁と鬱を繰り返すような不安定な感じでしたね」
「???…よく分からないんだが、まさか操られてたんじゃあないよな?」
話を聞く限り、ディクスには親友の状況が全く理解が出来ない。
「まさか。そんな感じはありませんでしたよ」
「ふうむ」
こりゃファーンに一刻も早く会わねばなぁ…とディクスは心の中で思い、頷いた。
※※※※※※※※※
竜騎士ゼファー。サーヴァス学院では序列10位の三回生として在席している彼はヴェルデの屋上で飛竜フォードとともに待機していた。
「さて、親父殿は何を話しているんだろうなフォード?」
飛竜は北を向いたまま、キュイイと鳴いた。
「うん、どうした?」
フォードが向く方向を怪訝そうにゼファーは見る。その先にあるのは腐食領域、人間が踏み入ることを許されない世界だ。
「何かあるのか?」
思えば、ここに来る道中においてもフォードは何かに対して若干緊張気味だった。それが原因でディクスが愚痴を言ったりもしたが。
「キュィン」
フォードは不安そうにゼファーを見る。
「…あるんだな」
その様子にゼファーは一人頷く。
「すみません。衛兵さん」
そして決意するとゼファーは一緒にいた衛兵の一人に声をかける。
「は、はい。なんでありましょうか?」
やや緊張しながら衛兵が返事を返す。
「俺、ちょっと見回りしてくるんで。親父に伝えといてもらえます?」
「はあ。あ、いやしかし。それは総司令の許可がないと」
「ダイジョブダイジョブ。親父ならいつもの事って理解してもらえるから」
ゼファーはそういうとフォードの背に乗った。
「日が落ちる前には戻りますから。それじゃ行くぞフォード!」
その声とともに飛竜フォードは翼を広げ、一気に上空へと飛び立った。突然の事態と風圧に衛兵等が悲鳴を上げたがゼファーは気にせずフォードを駆る。
「杞憂ならいいんだけどな」
だがフォードを通し感じる何かはその楽観論を拒絶する。
(ま、魔族の襲撃のあとにこれじゃあ望み薄だよな)
※※※※※※※※※
シェルトン。シンラから腐食領域に向かって一直線上にあり、領域にかなり近接しているその街は遙か昔から魔族に対して対抗し続け、盾と称されているほどの都市である。
普段よりブレイブが多く在籍する傭兵団『大地の斧』なども集まり、魔獣狩りの本拠ともされるこの都市に紛れもない危機が迫っていた。
「あああ、あああああああああああああああああああ!!!」
響き渡る絶叫が部屋の外から木霊する。
「レイトンッ」
「バカやろうッ」
シェル・バティッシュは堪えきれず飛び出そうとする仲間を抑えようと必死だった。
「団長、でもレイトンが。相棒が外にいるんだよ」
「もう間に合わん。あきらめろ」
「くっ、うわぁああああああ」
外からの悲鳴はもう聞こえない。代わりにバタバタバタという凄まじい数の音と振動が響き渡る。
「くそったれ。みんなちゃんと隠れられたんだろうなぁ」
「そう願うしかありませんね。まさか獅子翁虫とは。確かに時期的にはその頃合いですが」
「シチリ、そのなんとか虫ってのはなんだ?」
「獅子翁虫です。でかい肉食のイナゴみたいな魔獣でして十年に一度大繁殖を起こして街々を襲うとか」
「そんで、倒す手段とか防ぐ手だてとかはあるのか?」
「今やってる通りです。建物の中にこもってやり過ごす。それ以外にはありません。一匹でも厄介な虫があの数じゃあ勝負になんてなりません」
「ちっ、そんで大丈夫かよ。この建物が潰れたらどうするんだ」
「そのときは終わりってことです。幸い、この街の建造物は付呪も掛かっていますしこのまま我慢してやり過ごすしかありませんね」
「チッ、やり過ごすってのはどういうことだ。ここが狙われたんならいずれは攻め落とされるのと違うか?」
「いえ。話に聞く限りなら虫どもは恐らくただ通り過ぎているだけです。狙いなんてない。食欲の赴くままに南に進んでいくのだとか」
その言葉にシェルが青ざめる。
「おい、ちょっと待て。直線て言ったか?」
「は。あ、それは…まさか」
シチリも一つの事実に気付く。
「腐食領域からこの街を超えた先にゃあシンラがある。このままだと俺とテメェのせがれもヤツらに食われちまうぞ」
「!?」
「何か連絡手段はないのか」
「どうにもなりません。周囲にこれだけの魔獣がいる状況では魔力も乱れ魔導通信も使えません」
シチリも歯軋りをしながら答える。常に沈着冷静を心掛けるこの男にしては非常に珍しい光景だったが、シェルもそれに突っ込んでいる余裕はない。
「シンラも早めに気づいてくれればいいんだがな」
じきに夜になる。昼頃に気付いた自分たちだからこそどうにか今まだ生きているが、あの街で寝静まった頃に襲撃されたら…
「リーシェン、無事でいてくれよ」
今のシェルには娘の無事を祈る以外の方法がなかった。
ゼファーはブレイブだけど竜使いは常人がブレイブ並みに戦えるようになる数少ない職業の一つで、多少距離が離れていてもラインを通して竜気を供給されることで高い膂力を得られる。フェロン大陸、アザカ山脈ふもとにあるハイヴァーン公国の竜騎士が有名。
獅道戦旗は残り二章で終わり。シェルは獅道戦旗2で出る予定。斧使いでこれが『大地の斧』の名前の由来となります。




