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獅道戦旗  作者: 紫炎
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◇第9章 魔女

「それで、何の話でしょう。モナカ?」

 シンラ城塞砦。副隊長室にはレイラ・シェルダニスとモナカが来客席に対峙して座っていた。

「いやーアポなしで来たから断られるかなーと思ってたんすけど案外ヒマなんすねえ」

「あなたが用があるというからわざわざ空けたのよ。何もないのなら帰っていただけます?」

 事態が動いている今、レイラにはあまり余裕のとれる状況ではなかった。後日開かれる英霊協会との会議のための書類の作成もまだあまり進んではいない。

「いやいや。坊ちゃんも学校行っちゃってるしあっしもやることやっちゃわないと好きに動けねえっすから、今帰れって言われても困るんですけどね」

「それじゃあその用事とやらをさっさと言ってちょうだい。私を名指しで呼んだのだから警護隊のことではないのでしょう」

「そうっすね。シェルダニス家の人間に用があったんですが。あんたがここにいるのは手間が省けて助かったっすよ。最悪、シェルダニスの本家まで足を運ばなきゃいけなかったんすから」

 そういうモナカにレイラはため息をはいて答える。

「家のことなら私は今、少し距離があるわ。本家への話なら学院の三回生にいるミハイルというのがいるから彼に言ってもらったほうがいいわよ」

「だから言ったっしょ。あんただから良かったって。面識ない奴との話は面倒だってババァも言ってたし」

「面識? ババァ? 要領を得ないわね。何の話かしら?」

「ん~、だからババァ的にさすがに会ったこともないようなヤツに直接話しても信頼してもらうのは難しいってことでしょ。その点あんたならババァから直接指導されてるわけだし、話もしやすいんじゃないってこと?」

「何がいいたいのかまったく分からないわ。からかっているならやはり帰ってもらうけど」

 レイラはモナカを睨む。

「本当に分からないの? 寂しいわね。16年ぶりの再会だというのにね」

「?」

 違和感があった。目の前の人間が突然違う人間に変わったような、そんな奇妙な違和感。

「あ~いやいや。クソッ、ババァ。プライオリティはあっしにあるって云ってたじゃねえっすか。ありゃ嘘か?」

 だが次の瞬間にはモナカのそれに戻っていた。

「そりゃあなたが拒絶すればねえ。隙を見て出ることぐらいは出来るのよ…ってなんてこと言ってるんすか」

「なんなんだ。お前は?」

 ふざけている訳ではないのはレイラの魔術師としての眼で見て分かった。

(精神寄生の精霊のそれに似ている…がこの女と何かとの親和性が不自然なほどに高い。なんだ、これは?)

「まあまあ、とりあえず今は私に使われなさい。そのために来たのでしょう。そのためと来たというよりも来させられたんじゃないっすか。まあいいっす。さっさとやっちゃってくださいよ」

「!?」

 レイラは呻いた。モナカの中にいる何かがモナカの意識下よりも上位に上がったのを感じた。

『構築“無音の狭間”』

 そして力ある言葉がモナカだった何かから唱えられる。

(これは?)

 モナカの内にある起動式が立ち上がり、魔力を喰らって形を成す。展開規模はモナカとレイラをを中心に半径5M、音波を遮断するのではなく受け流し、外からの探査をも気付かせないシェルダニス家の系譜より生まれた秘術。

(それをほとんど魔力のロスなく展開した)

 それは恐ろしいほどに精密な術式だった。

「それにあなたの中にある起動式は『ウチ』のものじゃない!?」

 起動式とは魔術を円滑に発動させ、魔力のロスを減らし、その効力を最大限引き出すための術式である。起動式の構成は家や流派によって違い、それを見ることで術者の素性も一目でわかる。

 そしてレイラはモナカの起動式を見た。それはシェルダニスの起動式そのものだった。

「いや結構弄ってあるから完全に同一ではないわよ」

 モナカであったものは答える。

「他の連中に聞かれても困るしディクスなら下手すると気配だけで私に気付きかねないもの」

 そういってクスリと笑うモナカの顔が何故かレイラには懐かしいものに写った。

「…まさか」

 そして気付く。目の前の人物が自分のよく知っている人物に非常に似ているという事に。

「ユーリ姉様…」

 姿形はまったくの別物。だがそこにある精神は紛れもなく同じもの。

「はぁい、レイラ。16年ぶりね」

 レイラの言葉にモナカであった者は是と返す。

 ユーリ・シェルダニス、かつて魔王を討伐したとされる一人。四聖の一角に数えられ、勇者ファーンの失われた恋人、悲恋の女性だと英雄譚では謳われている。その彼女が…

「まさか、怨霊になって人にとり憑いているだなんて」

 レイラは戦慄する。死んだ魔術師が亡霊としてこの世に残留する現象は確かにある。しかし精神性の高貴さを貴ぶ魔術の家にとって生への執着のみとなった醜い精神の塊は恥として映る。ましてや英雄とされている人物が堕ちたとあればシェルダニスにとっては致命的なスキャンダルになりかねない。

「くっ」

 レイラは一瞬で決断をする。体内の起動式を起こし、魔術を

「…!?」

(魔術が使えない?)

「いやあんたの考えてる事は分かるけど、誤解だから。あと怨霊呼ばわりは失礼だから」

 モナカの内より出るユーリの声は呆れ半分という感じでレイラに語り掛ける。

「それと、この“無音の狭間”は力ある言葉の発生を拒絶するように出来てるからあんたの魔術は出ないわよ」

「なっ」

 レイラは驚愕する。

「現在ある魔術を改良する真似を怨霊が可能だとは」

「まあ、霊体化した魔術師も存在を固定化すれば生前に近い行動は可能だけどね。それと私は怨霊じゃないっての」

 ユーリは再度怨霊を否定する。

「ですがユーリ・シェルダニスは16年前に魔王と相討ちになり死んだはず。例えあなたがユーリ・シェルダニス本人だとして、その事実はどうなるのです?」

「死んだことにされたのよ。セフィリアの連中に。魔王の遺産を隠すためにでっち上げられたの」

 忌々しそうにユーリはレイラに言う。

「な、何を言ってるんですか?」

「遺産についてはディクスも知ってる筈よ。ファーンはそれの研究の為にこの16年を費やしたそうね。私を救うために自分の人生、棒に振ってたって。バカよね」

 吐き出すように語るユーリにレイラは呆然とする。

「それと私が進めていたシェルダニス復興のための自治区、あれも無かったことにされたみたいだけど。その辺は何か聞いてるかしら」

「…自治区? なんの話です」

 次々と語られる未知の情報にレイラは目を丸くし、そしてその反応にユーリは盛大にため息をはいた。

「ああ、そういうレベルなのね。あんた、本当に本家からハブられてるんだ」

 うっと呻くレイラにユーリは補足する。

「戦後、この街をシェルダニスに返還して対腐食領域を目的とした自治区が出来る予定だったのよ。というか私がそうなるように動いてたの」

「そんな話は噂にも聞いたことがありませんが」

 レイラは驚きながらも、そう返した。

「戦時中はよけいな不和を起こさせないために表立って進めてはいなかったもの。でも元々ここはシェルダニスの土地で今を持ってもセフィリアは保護という名目で一時的に治めているだけなのよ」

「それは多少は知ってますが」

 シェルダニスは主に魔術を軍事力とした腐食領域の近接国家だった。それがセフィリアと魔王軍との衝突により王都は壊滅し、王族はアルベスタに逃げのび、現在国土はセフィリアが保護の名目で治めていた。

「アルベスタと掛け合ってセフィリアとも話はまとまっていた筈なんだけどね。けど、この街の状況とか見るとシェルダニスの自治区以外の予定は進んでいるみたいね。誰の指示なんだか。で、あんたは本当に何も知らないのね」

「すみません。あの」

 既にレイラの口調はさきほどまでのものとは違い、かつての弟子の頃に戻っていた。

「ところでシェルダニスの現当主はガーレイ? それともディアノーマ?」

「はっ、はい。ユーリ姉様亡きあとにはディアノーマ様が付きました。ガーレイ様は第二位にありますがディアノーマ様との折り合いはあまり宜しくありませんね」

「なるほど、あの腰巾着が当主ね。さっき言ってたミハイルというのは誰かしら?」

「ガーレイ様のご子息です」

「そう。ガーレイ本人に連絡が取りたいところだけど、彼、息子に会いに来たりするの? それともアルベスタまで行かないとダメかしら?」

「ミハイルに会いに来るかは分かりませんがガーレイ様ならば今回の英霊協会の会議に出席されるので一週間後にはここに来られる筈です」

「分かったわ。ならあんたは私がガーレイと話せる場を用意しといて。コイツを呼べば出てくるから」

 そういってユーリは自分の、モナカの身体を指差した。

「あの…」

「何?」

「今更なのですが…本当にユーリ姉様なんですよね。生きていらっしゃる…」

「ええ。私は生きてるわ」

「でしたら、なぜ…」

 いつの間にかレイラは目に涙を溜めてユーリを見ていた。突然の出来事に固まっていた感情が、今になってようやく溢れ出てきたのだろう。

「なぜ今まで姿を見せてくれなかったんです?」

「事情があるのよ」

「それでもせめて生きていることぐらい知らせてくれれば、私もここまで…」

「…警護隊には入ったのはまさか私の復讐のためとか言わないわよね?」

 ユーリの問いにレイラは首を横に降る。

「ユーリ姉様が魔王とともに死んだと聞いて、でもお役目を果たした姉様の敵討ちというのも違う気がしましたし。であれば私にも今からでも姉様のやっていたことの手伝いが出来るのではないかと思いまして」

「そう。それでここなのね。そしてシェルダニスとは疎遠になったと?」

「はい。元より姉様の下にいた方々は長老派の方が多く、その…ディアノーマ様が就任の後、長老様方はご引退させられまして」

 ユーリの肩が震えた。レイラの顔が強張る。

「それでアガレス様はどうなったの?」

 アガレス・シェルダニス、シェルダニスのユーリの前の当主であり、かつてのシェルダニス王国を知る数少ない人物である。

「アガレス様は3年前にお亡くなりになりました」

 ユーリの顔が固まる。

「死因は?」

「老衰です。私も最後に立ち会いました」

「ああ、そっか。まあ歳だもんね」

 固まった表情を解き、少し寂しそうにユーリは笑う。

「元々自治地区…というよりも魔導王国シェルダニスの復興はアガレス様の悲願でね。私が当主になったのもあの人の志を受け継いだからなのよ」

「そう…だったんですか」

 その能力こそ高いものの当時はまだ少女と呼ばれてもおかしくない若さのユーリが、シェルダニスのトップになれた理由をレイラは今知った。

「ま、アガレス様にはせめて私が生きていることをお伝えしたかったけどつい最近までこちらと繋がること自体を禁じられててね。ファーンのお陰でようやく連絡がついたのよ。それでアガレス様はなんか言ってた? 最後に立ち会ったのよね?」

「ええ、一族の方々に囲まれて大往生でした。最後に『準備は整った。これでユーリに会える』と一言仰いまして天に召されました」

「準備、会える…と?」

 ユーリが訝しげな顔をしてレイラを見る。

「え、ええ。ユーリ姉様が育った地で眠らせてほしいとの遺言でしたので今はジェスタで眠っておられます」

(アガレス様なら私が生きていると予想はついていたはずだけど…準備って、もしかして)

「ユーリ姉様?」

 耳に届かぬほどの小さなユーリの呟きにレイラは首をひねるもユーリは笑顔で返し

「いえ。教えてくれてありがとうね。せっかくだから今度会いに行ってくるわ」

「はい。アガレス様も喜ぶと思います」

「もっとも私と言っても私本人じゃないんだけどね」

 ユーリは苦笑する。

「それは一体どういった仕組みなんでしょうか」

 さすがにレイラもその点には確認を入れざるを得なかった。確かに魔術の目で見る限りにおいて目の前の人物はユーリのハズなのに外見はモナカという女性そのものなのだから。

「正確には今の私は人工的に生み出した精霊にユーリ・シェルダニスの人格をコピーしたものなの。本物はとても遠い場所にいるわ」

 レイラはその言葉に目を丸くする。

「精霊に人格の移植? 私にはとてもそんな人工的なものには感じられませんが」

 レイラには未だに目の前の人物は姿形が違うというのにユーリ・シェルダニス本人にしか思えない。むしろ本人が姿形を変えていると言われる方が自然に見えていた。

「まあ色々とあってね。本体と合流すれば記憶統合もできるし、術式契約もユーリ・シェルダニスとして通るから魔術的には本人と言ってもいいんだけどね」

 それはレイラの常識を越える、もはや神の御業としか思えない話であった。

「とてつもない話しすぎて実感がないのですが、つまりはユーリ姉様ご本人はこちらに戻られないのですか?」

「それこそ色々とあるけど、今の私は第一の契約印によってそちらの世界へ渡ることを禁じられてるの。ようするに神様にこっちに来ちゃダメって言われてるのよね。この人工精霊体も色々と制限がかけられて結構ギリギリだったんだから」

 第一の契約印は、神々同士の契約の証。元より神と神の対話そのものであり、人の身でどうにかなるものではないはずである。さらに言えばこの時代の魔術学ではその存在も推測されているだけで現実に確認したものもいない。

「あの。正直、ユーリ姉様の今の状況がまったく分からないのですが」

「分かってもらっても困るのよ。それこそがこちらにこれない理由なんだから」

 ユーリは苦笑する。

「ともかくそうした事実だけを理解しなさいレイラ。そして重要なのはここからよ」

 そして続くユーリの言葉にレイラは更なる衝撃を受けた。


「あなたには私の息子のことを頼みたいのよ」

神様の禁じてることの判定は創世の神話の内容を理解しているか否かだけで個人の資質等とは無関係。パパンとママンは軽はずみに壮絶なネタバレを聞かされた挙句拡散防止のために隔離された感じで。

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