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獅道戦旗  作者: 紫炎
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◇序章 英雄の誕生

 かつてナユタの罪花と呼ばれる未曽有の大破壊により、世界は八つに引き裂かれ、種子となって光差さぬ虚ろなる天に散らばったのだという。


 創造神の一柱である輪廻神カルナシュガルは散らばった世界の種の一つを手に取り、エシェドの地に埋め、そして新世界ダハルを生み出した。産まれた世界は天もなく、地もなく、海もなく、ただただ混沌のみが広がる世界であったが、カルナシュガルはその世界に降り立ち、眷族たる四頭の竜と共に世界を駆けることで天と地と海を分けた。その時4頭の竜のそれぞれが最後の力を持って引き裂いた大地の一つが中央大陸と呼ばれるオルドナガルであるとされている。


 ここ、オルドナガルはそうした創世の伝説を持ち、ダハルにおいて最大の面積を持つ大陸ではあり、もっとも人が繁栄している土地でもあった。

 だが、その北部は腐食領域と呼ばれる人の立ち入れぬ大地が存在する。その地は黒神ラスタナシェルの末裔とされる魔族たちによって支配されており、魔族たちは古き時より度々腐食領域から現れては近隣の国々に対し害を成し、人々を苦しめ続けていた。

 とはいえ人々も黙って害されてきたわけではない。鉄を学び、術を学び、知を持って自身等よりも力のある魔族に対抗してきたのだ。

 幾度となく続いた戦いは、やがて魔族の一人が各部族を統一しゴーンなる国家を生み出したことでさらに加速し、遂には百年にも渡って繰り返された。

 そうして人も魔も力の限り抗い続け、未来永劫続くかに思われたその戦争は、両者より現れた最強たる存在、勇者と魔王の激突によって一つの結末を迎えることとなる。


「ふぅ…」

 ファーンが息を整える。体はもはや限界であると訴えてきている。恐らくは倒れてしまえば起き上がることも出来ぬであろう自らの惨状にファーンは心の内で舌打ちする。

(…限界が近いな)

 髪は乱れ、全身を纏う鎧もひしゃげ、剥がれ、崩れて、その有り様はガラクタも同然。肌のみえる箇所には切り傷か焼け跡か、何かしらの傷が刻まれ、損傷のない個所など、どこにもなかった。

(だがここまで来たんだ)

 血まみれの剣を持つ手は疲労によって震えていた。しかし…

(後一歩で終わる筈なんだ)

 自身をそう鼓舞する。

「さすがだな勇者よ」

 対峙するは魔王ミドガルド。右腕に持つ魔剣『ゴーンナイト』を杖代わりにして辛うじて立つその姿はファーンにも負けぬほどに損耗していた。

「我が配下を倒し、ここまで辿り着き、あまつさえ我すらも敗北寸前にまで追いやるとはな。全く持って見事というしかないな」

 息も絶え絶えながらも、しかし魔王は余裕の笑みを崩さない。

「だが…」

 ファーンは魔王を見据える。

「やはり後一歩足りないようだ」

「神域の門…か」

 悔しさを滲ませながらファーンは膝をつく。

「その通り」

「ファーン、諦めないで」

 後ろで柱にもたれ掛かっている神官エミルが叫ぶ。だが響くのは声だけ。彼女にももう勇者を回復するだけの魔力も、並んで闘うだけの力も残ってはいなかった。

「知っているであろう?」

 魔王は高らかに告げる。

「無限にも等しい力あふれる神の世界。そこより我は自らの望む限りの魔力を吸い上げることができる」

「うるせえ。んなたぁ分かってんだよ」

 剛剣士であるディクスが犬歯を剥き出しにして唸る。しかし利き腕である右腕は噛み砕かれ、左足ももはや動かず、立ち上がる事も出来ない。

「日蝕の、門が開かぬわずかな機会にここまで我を追い詰めるとは見事。されどもはや月と太陽の重なりももうじき解けるだろう」

 ミドガルドは言い括る。

「故に勇者よ。ここで終わりだ」

(…いいや)

「まだだッ」

 ファーンが叫ぶ。膝を付いたのは戦うため。最後の力を振り絞るため。引き絞った弓の弦のように踏み出し、叫びとともに勇者は駆ける。

「ォォォオオオオオオオオオオ」

 神剣と謳われた剣が魔光を引きながら、魔王の頭上に振りかざされる。

「さすが我が宿敵」

 火花が散った。大剣をかざしファーンの斬撃を受け、魔王はなお猛り笑う。

「まさか、まだこれだけの力を残していようとはな」

「まだ時間はある。ここで斬られろ魔王!」

「ごめん被る」

 二撃、三撃と振り、そのたびに魔力そのものである青と赤の火花が飛んだ。

「無駄だファーン」

 しかし魔王の余裕は消えない。

「確かに貴様は強い。時には我をも圧倒するほどにな。だが」

『来たれ雷光』

 ファーンの言葉に魔力が宿る。その叫び声に呼応し剣を持たぬ左手に蒼い光が生まれ出た。

『切り裂け雷刃』

 そして光が刃となり、二振り目の剣となって魔王に突き刺さる。

「グヌゥウウ」

 痛みに顔を歪めながら、だが、なおも魔王は笑った。

「時間切れだ、ファーン」

 勝利宣言。時はすでに満ちた。

「これで終わりだ」

 その言葉を魔王が口にしたとき、魔王を中心に黄金に輝く魔法陣が床に現れた。そして、同時に少女の声が響きわたった。

「そうね。終わりね」


「くっ」

 太陽と月の重なりが解けていく。ファーンは空を見て呻いた。

「なん…だと?」

 だがファーンが床に崩れ落ちるのを確認しながらも魔王はこの状況が可笑しいことに気付いていた。

(魔力が…来ない?)

 創世の土とも言われる原初の魔力。何色にも染まらず自らのオドとしてすら扱える無色のマナ。神々の血。だが、門を開いたというのにそれは魔王の元に降りてこない。

「油断かしら。いえ、仕込みが完璧だったと自分を賞賛すべきかしらね?」

 軽口が背後から聞こえる。

 魔王は振り向き、そして早々に倒していた『はず』の勇者の仲間が魔法陣の内側にいるのを認めた。

「貴様、何を?」

 呆然としている魔王を後目に少女はファーンに向かって笑顔を浮かべた。

「私も大好きだよファーン」

「ユーリ、俺は…」

 ファーンは仲間であり恋人だった少女の告白を耳にする。

「でもごめんね」

 ユーリの瞳からは涙がこぼれ落ち、そして


「さようなら」


 同時に魔法陣の作用が変化する。それが自身の把握している現象ではないことに気付いた魔王は魔法使いである少女を見た。

『アンテ』

 逆流を意味する力ある言葉、その意味を知った魔王の瞳は驚愕の色を帯びて大きく開かれた。だが刻は既に遅い。ここに勝者は確定した。それは勇者でもなく魔王でもなく…


 魔導城塞ヴェルデの最上部が崩壊し、巨大な光の柱が天に昇った。

 人と魔の未曾有の戦場と化した城塞の周辺であったが、このときばかりは両者ともその光を仰いだ。そしてどこまでも伸び続ける光を中心に空が大きく歪み、天が裂ける。それはあまりにも異常な光景。だがこの場にいる誰もが生き続ける限り忘れえぬであろうほどに、怖ろしく美麗だった。


 その誰もが見上げる光の中、その中心にいる魔王は叫んだ。

(バカなッ、こんなことが)

 しかし叫び声は音として響かない。圧倒的な力を持った光の奔流。それが魔王を、起点となる少女とともにここではないどこかへと排斥しようとしていた。

(我が負ける? このまま終わるとでも…)

 いかに魔王といえどもその力にあらがうことは出来ず、もはやその肉体は光に変換され、意志もまたここではないどこかへと…


 そうして光の柱は空へと駆け登り、魔王と少女とともにこの世界から文字通り消失した。

 残されたのは英雄と呼ばれるただの敗残者たちのみ。魔王に負け、少女にも勝てなかった彼らは空を見上げ、負け犬の遠吠えを上げる。


 それが今より16年ほど前の大戦、百年戦争の終焉の『本当の』顛末であった。

勇者と魔王モノです。魔王とヒロインにNTRされた勇者の哀愁を書きたかった…筈ですがいつの間にか息子さんが普通に主役になってた。

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