第3話 4月6日水曜日 焼かれました
課題を終わらせて、部屋で本を読んでいたら……、
「ゴラァ! クソガキ待ちやがれー!!」
「ぎゃー!!」
一階から賑やかな声が聞こえてきました。
「りあとかんな、またやってるのか」
声の主は我が妹たちである。女の子らしからぬ乱暴な口調になっているのが次女のかんなで、女の子らしからぬ悲鳴を上げているのが三女のゆあ。
二人はたまにああやってじゃれ合っている。主な原因は全てゆあにあるのだが。
「あたしのアイスを返せー!!」
「それは無理だよかんな姉! あのアイスはもう既にわたしのおなかの中! 全てはもう手遅れなのだよはははっ!」
あーあ、ゆあの奴はバカですね。かんなの怒りにさらに拍車を掛けてますよ。
「じゃあ金払えやこんちくしょーが!」
「それも無理な願いだよ! わたしが金遣い荒いのはかんな姉が一番よく知ってるでしょ? お小遣いなんて残ってるわけないじゃん!」
なぜか自慢げな声で叫んでいるゆあ。とても自慢できる事じゃありません。
と、気のせいか二人の騒がしい足音が次第に近くなってきているような……。
「ってあいつら二階に上がってきてやがるな!」
とてつもなく嫌な予感がする。最近のかんなは僕に冷たいから、彼女の怒りの矛先がこっちにまで向けられるかもしれない。何も悪い事やってないのに。
「やばい! 早くどっかに隠れないと」
僕は慌てて部屋を見渡しました。そして黒塗りのクローゼットが目に入り、光の速度で(かなり盛った)中に入ります。
そして僕がクローゼットの扉を閉めるのと部屋の扉が乱暴に開け放たれる音がしたのは、それとほぼ同時。
「あゆ兄ぃ助けてー! っていない!?」
まさかの誰もいない僕の部屋を見ておろおろしている妹を、クローゼットの扉の隙間から覗き見ている僕ってなんだか危ない人みたい。
「追い詰めたぞぉ、ゆぅあぁぁあ!」
「ふぇひぃ!!」
かわいらしい声で悲鳴を上げたゆあに、かんなは容赦なく近づいていく。かんなの表情は言葉では表現できない程に、恐ろしかった。クローゼットの中で隠れている僕ですら冷や汗もんだ。
「覚悟はできているなぁ?」
「ぎゃあぁあああああ! こないでぇえええええ!」
ニヤリと邪悪な笑みを作るかんなに、僕もゆあも全身ガクガクです。いや僕はまだマシだろう。ゆあなんか今にも泡を吹き出して昏倒しそうな表情だ。
と、恐怖のあまり僕の足がガクっと大きく震えてしまった。そしてその震えはクローゼット全体に伝わって、
(……やばいっ!)
そう思った時には手遅れです。
ジロリ、とかんなの視線がクローゼット(ぼく)の方に向いてしまった。彼女の目にはもはや殺気しか篭っていない。どっかの殺人鬼みたいになっている。本物は見た事ないけど。
「そこにいるのはあゆ兄ぃ?」
「ひっ!」
僕のバカヤロー! なに情けねー悲鳴出してんだ、と自分で自分を殴ってやりたいが今はそんな事をやっている暇はない。迫って来る怪物から一刻も早く逃げ出さなければ!
(でも……どうやって)
ここは狭いクローゼットの中。逃げ場なんてどこにもない。ここに逃げ込んだのは間違いだったよ。
こうして考えている間にも、怪物はこちらへ近づいてきている。
(ちくしょう……こうなったら、やるしかない!)
勢い良く飛び出して、全速力で逃げる。死地を抜け出すためには、もうそれしか方法はない。
かんなの狙いはゆあだ。わざわざ逃げた僕を追ってくることはないだろう。
そう思い、僕は意を決してクローゼットから飛び出そうとした。
が、行動に出るのが一瞬遅く、自分の意志とは関係なしにクローゼットの扉が開け放たれた。
「こんなところで何やっているのぉ? あゆ兄ぃ」
かんなは両手でクローゼットの扉を開け放ち、甘ったるい声で問い掛ける。だが飛び出す寸前だった為、不自然な体勢になっていた僕は、体を支えきれずに前のめりに倒れていき、
ほにゅ、と柔らかくて温かい感触が顔面全体を包み込んでとっても気持ち良かったです! 丸
「じゃねーよ!」
思わず自分の脳内に浮かんだ感想に声を上げてツッコンでしまいました。
かんなの肩に両手を置き、柔らかな二つの小山から高速で顔を上げる僕。柔らかかった温かかった幸せだったもう一度ダイブしたい! と言う感情を妹に向けて良い訳がないので(そもそもそんな事これっぽっちも思ってないよ!)、僕は自分の心を平常に保とうとした。だが、
「こ、こここ……っ!」
かんなさんの様子がおかしくなっていますね。噴火寸前の火山みたく顔を赤らめて体がふるふる小刻みに震えています。
「あのこれはそのちょっとした不幸な事故と言うか……」
僕は必死に言い訳を口にするけど、その全部を言い終える前に、
「こォのぉぉおおおお! クソ兄貴がくたばりやがれぇええええええ!!」
かんなさんが噴火しました。
蹴られ殴られ蹴られて蹴られ殴られ蹴られ潰され蹴られ絞められ蹴られ吊るされ殴られ焼かれ……と様々な攻撃を連続で受けた僕は、そのままクローゼットの中にゴミのように放り投げられました。
え? 最後の『焼かれ』は死んでるって?
ははは、何言ってんですか。僕は既に死んでますよ。
社会的に。
まあでも、当然の報いですよね、これ。
と言うか僕の予想当たっていましたね。見事に巻き込まれてしまいました。全く嬉しくありませんけど。
薄れる意識の中、辛うじてかんなの背後に視線を向けると、そこには既にりあの姿はありませんでした。僕を囮にして一人静かに逃げやがったようです。後で必ず粛清してやる。
とまあ、こんな感じに今日も終わっていきます。