静かな一撃
二乃二葉が静かに立ち上がった。
彼女の声は穏やかだったが、部屋の空気を切り裂くような鋭さがあった。
「あの〜、さっきからずっと人狼ゲームの事を『騙し合いのゲーム』と言ってますけど、それやめて下さい。ゲームマスターの貴方の言葉で、もう狼サイドが有利になってるんですよ。」
狼の仮面の下から、声が戸惑いに震えた。
「えっと……? それは、どういう事でしょうか……?」
四宮四季は両手を膝に押しつけ、息を詰めて二乃を見上げた。
九里九郎は握り拳を緩め、ゆっくりと画面に視線を戻す。
二乃はゆっくりと息を吐き、言葉を紡ぎ始めた。
「これ、わかりやすく例える為に、私と一枝さんが狼になったとしますね? その場合、私と一枝さん以外の全員の役職は何になりますか? 狂人は除くとしましょう。」
狼の声が、慌てて答えた。
「え〜、占い師、霊能者、狩人、村人……になりますね?」
「はい、その通りです。その四種の役職は全て村人陣営になりますよね? しかし、その四種の役職は私と一枝さんが狼という事をわかっていない『疑心暗鬼状態』からゲームはスタートします。」
一枝一馬は腕を組みながら、笑みを浮かべる。
彼の瞳に、満足げな光が宿る。
狼は小さく頷くような間を置いた。
「はい、はい……その通りですね……」
二乃の声は、静かに続いた。
「ここ、村陣営に必要な力って『疑心暗鬼に打ち勝って、互いに信じる心を持ち、私と一枝さんを追い詰める事』になりますよね?」
狼の声が、ますます弱々しくなった。
「はい、はい……! その通りでございます……!」
七瀬七海は髪を耳にかける仕草を繰り返し、静かに息を吐いた。
八雲八重は背筋を伸ばしたまま、画面をじっと見つめる。
二乃はゆっくりと視線をモニターに向けた。
その目は、穏やかだが、容赦ない。
「貴方が最初に『騙し合いのゲーム』なんて言うから、それでもうここの皆さんの思想誘導が始まって狼有利になっちゃってるじゃないですか? 貴方が参戦者であるなら、私構いませんよ? ただ、ゲームマスターがそういう狼利になる思想誘導をするのは、私、どうかなと思います。」
部屋の空気が、重く沈んだ。
三木三郎は肩を落とし、画面を見つめたまま動かない。
五条五月は首を傾げ、隣の七瀬と視線を交わす。
狼の声が、完全に萎縮した。
「二乃様、申し訳ありませんでした……それでは『究極の信じ合いのゲーム』……」
二乃は小さく首を振った。
その仕草は、優しく、しかし断定的だった。
「……いや、それはそれで村人有利になると思いますよ?」
狼の仮面の下から、困惑の息が漏れた。
「えぇ……じゃあ、どうすれば……」
二乃は静かに微笑んだ。
「普通に『人狼ゲーム』が一番いいと思います。」
狼の声が、慌てて跳ね上がった。
「わ、わかりました……! それでは『人狼ゲーム』スタートしましょう!」
その言葉の終わりに、部屋の九つの扉から、再び金属が擦れるような低い音が響いた。
カチリ、と。
ロックが解除された音に、四宮四季の肩が小さく跳ねる。
狼の声が、急ぎ足で続いた。
「はい、皆様のお名前と同じ番号の個室に入って下さい。夜フェーズがスタートしますので、そちらでそれぞれの役職確認と、能力使用を行なって下さい!」
九人は互いに視線を交わし、ゆっくりと立ち上がった。
一枝一馬は笑みを浮かべ、二乃二葉は静かに頷く。
六車六平は腕を組んだまま歩き出す。
三木三郎は肩を落としたまま、九里九郎は握り拳を緩めながら扉に向かう。
コンクリートの床に、九つの足音が響いた。
それぞれの番号の扉が開き、一人ずつ個室へと消えていく。
モニターの光は、静かに部屋を照らし続けていた。
青白い輝きが、九つの影を長く引き伸ばし、壁に絡みつくように揺れる。
扉が閉まる音が、次々と響いた。
夜フェーズがこれから始まる。




