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プロローグ

冷たい雫が全身を濡らす中、腹の辺りでは生暖かい液体がとめどなく溢れている。

残念なことに先ほど一発もらってしまった彼女は、夜の光を映す水面に背中を預けるハメになっている。


霞んでいく視界に合わせて口の両端を上げてみせるが、どうやら相手に躊躇はないようで。腹を捉えていた銃口が顔へと向けられる。


ーーああ、私、殺されるんだ。


日々平凡だと思われている社会を裏で牛耳る組織『十方会(じっぽうかい)』。そのトップへ上り詰めた人間に訪れる最期(フィナーレ)が、雨で濡れた路地裏で、所属どころか顔すらわからない相手による幕引きとは、なんともあっけない。


ごほ、とこぼした咳に合わせて鮮血が吐き出される。かろうじて動く右手を穴が空いているであろう左の腹へ当て、中指と人差し指を鼓動と連動して吐き出されている生ぬるい液体に絡め、遊ばせる。


ーー彼は...ちゃんと逃げられ、たかな...


先ほどまで手を引いていたーーいや引かれていたーーもはや、それすらわからなくなるほど無我夢中で、ともに駆けていた男に思いを馳せる。


「...笑っちゃ...う、わ...。こ、んな...死に、方...なんて...」


目を開けているのも困難になってきたのか、ピクピク瞼が震えながら、視界がゆっくりと暗闇に包まれていく。


おそらくもう数分も経てば止まる呼吸を懸命に繰り返しながら、痛いのか熱いのか、寒いのか眠いのか判断のつかない意識の中で、彼女は自分に銃口を向けているレインコートの男へ、震える手を伸ばす。


いつから間違えたのか。

いつからおかしくなったのか。


……考えてる暇も、もうないか。


霞のように消えていく面影を立ち塞がる男に見ながら、彼女ーーヒノモト シキは、もはや音が出てこない唇を最期にと動かした。


昔から……振り回してばっかりで。

ほんと、ごめんね...。


真上から降り注ぐ雫か、湖面のようにゆらぐアメジストの瞳からこぼれた雫か、もはや判別がつかないほどシキの顔は濡れていた。

雨の音で包まれた路地裏は、静寂というには冷たすぎる空気感に包まれ、男のものかシキのものかーー腕時計の刻む音が不思議と響いている。


...レインコートの奥で、執念ーーしかしどこか諦念も含んだ眼が、シキを見つめ口を開く。


「お前には...わからない」


ーーカチリ。


時針と引き金が、同じ音で重なった。


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