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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
伸子の原稿

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第91話  変わらぬ図書館で語る水の旅路〜伸子の原稿 4

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第91話  変わらぬ館で語る水の旅路〜伸子の原稿 4


1 変わらぬ館


北広嶋駅は、エルコンフィールドができてから、景色がすっかり変わった。

改札の横の頭上に巨大な画面が光を放ち、長年の馴染んだ空気がよそよそしい。


半年前、スーツケースを抱えて戻ったときも――

その変わりように、胸の奥がそっとざわついた。


けれど、――ひとつだけ、変わらない場所がある。



駅に寄り添う図書館だ。

ホールは、まだ、がらんとして、広い。


せっかく、長い時間をかけて書いた原稿なのだから、多くの人に聞いてほしい。


いやいや、そっと、身内だけ覗く中、こっそりと自分の足跡として、あの壇上にたちたい。


二つの思いが交錯する中、伸子は、静かに二階へ上がった。



かつてよく立ち止まった棚に指をすべらせる。


帰国後、真っ先にこの図書館に来ようと思っていたのに、

気がつけば、半年が経とうとしている。


変わらぬものが、まだここにいる――

そのことを、ふっと確かめた瞬間だった。



そして気づけば、昨夜からの緊張はどこかへ消え、

伸子は壇上で、堂々と話していた。


退屈に思われるかもしれない箇所さえ、

大人も子どもも、まっすぐ耳を傾けてくれていた。



2 水の小さな旅


「浄水場の仕組みって、

水が安全な姿になるまでの、ほんの小さな旅なんです。」


まずは 取水。

川や井戸から、そっと水をいただきます。


つぎに 沈殿。

重たいよごれが、自分から静かに沈んでいくのを待ちます。


それから ろ過。

砂や炭が、こまかなよごれまで受け止めてくれるんですね。


消毒では、

見えない微生物たちを、そっと遠ざけます。


そして 配水。

整えられた水が、水道管の中を通って、

みなさんの暮らす町へと向かっていきます。


――だから、蛇口をひねるとすぐに、

あのきれいな水が、まっすぐ私たちの手元に来てくれるんです。


でも実は、この旅を支えてくれているものが、

もうひとつあるんですよ。


伸子は、やさしく会場を見回した。

問いかけるように、ひと呼吸おく。




プロジェクターの光が、次の画像をそっと照らす。


一瞬の静けさのあと、

客席のどこからか、小さな声がこぼれた。



「……森」



その言葉が広がると、

北広嶋の静かな風景――雪解けの土、遠くの山の輪郭、

あの図書館の窓の向こうにある季節の匂い――

全部が、ふっと会場に満ちていくようだった。


伸子は深くうなずいた。



3 会場に入る響香



講演は、はじめは客席に座る人もまばらで、そっと始まった。

けれど五分もすると、人の波が静かに流れ込み、あっという間に席はすべて埋まっていった。


エルコンフィールドの帰り道、駅の大画面で映し出された伸子の講演を見たものが、多くの人がそのまま会場へと歩いてきたのだ。


人の流れとともに、響香が到着したとき、伸子はすでに語り始めていた。


「浄水場で整えられた水は、水道管の中でいつも満ちていて、

だからこそ蛇口をひねると、すぐに勢いよく飛び出してくるのです」


満席の列の端で、小学生くらいの女の子を横にのこして立った人がいた。

未希だった。


響香は、未希がそっと開けてくれた席に腰を下ろした。

その時、交わした無言の会釈に、できる限りの敬意をこめた。


前の席には、深い色のスカーフを頭の上から緩くかけている異国の女性が静かなまなざしで伸子をみつめていた。


30分のはずだった講演は、会場の熱気とともに、予想外に、長くなっていった。

 

 水源林(すいげんりん)の話。

 一万円札の顔、渋沢栄一氏の話。

 そろばんと心のルール。(算盤(そろばん)論語(ろんご)


そのどの話も朝つかった蛇口の水とつながり、席を立つものはいなかった。




4 歴史パート


会場の空気が、すっと落ち着いた。

伸子は、そっと眼鏡を外し、ゆっくりとしまって語り出した。


──そして、想像してみてください。

百年以上前。パソコンも電卓もない時代。


そろばんを弾き、水道管の長さを割り出し、

重たい鉄管を人の手で運び、

凍りつく大地につるはしをふるった人たちがいました。


函館から船で渡り、道なき道を札張へ向かった人々。

それは単なる工事ではなく、

横浜で始まった近代水道が、日本の大地へ羽ばたけるかどうかの挑戦でした。



スライドには、

つるはしをふるうキュンちゃん、

そろばんをはじくシマエナガ君。


響香は思わず笑みをこぼす。


伸子の声は、静かに続く。


「横浜が“ホップ”。

札張での挑戦が“ステップ”。

そして日本全国への広がりが“ジャンプ”。

私たちが蛇口をひねるたびに、

その背後にある手仕事と努力を思い出したいのです」


そして、伸子の背後にスポットがあたった。

会場がわいた。


* * *


 次話へつづく


* * *

◇◆◇ あとがき ◇◆◇


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

どこかで、それぞれの「台所」から、小さなせかいを動かしています。

日々の中にある記憶や香り、音のひとしずくを、どこかで感じていただけたなら幸いです。


つづきは――


 次話予告:『第92話 舞台がはじまる。〜伸子の原稿5』

心のスイッチが、またひとつ灯ります。どうぞお楽しみに。


◇◇◇

感想・ブックマーク・評価などで応援していただけると、今後の執筆の励みになります。


お会いできたみなさまへ、心より感謝をこめて。


◇◆◇


―― 朧月おぼろづき みお

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