スマホの夜会 第9夜 噴水の守っているもの
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
スマホの夜会 第9夜〜 噴水が守るもの
「昆布とそろばんの次は噴水?」
夜、またスマホが震えた。
画面を開くと、伸子さんから届いたのは、大通公園の噴水の写メ。
ライトに照らされた水しぶきが、白い糸のように空へ伸びている。
『昆布とそろばんの次は、これよ』
短いメッセージに、響香はクエスチョンとシマエナガのスタンプを返し、
うさぎの湯呑みに今夜はじめての白ワインを注ぐ。
「ザ台所」のスマホの夜会は、静かに始まった。
「噴水と百円札?」
そんなはずのない取り合わせが、ふと頭に引っかかる。
来月、伸子さんは北広嶋の図書館で公演をするという。
海外の“虹の輪”と呼ばれる水道視察に参加した報告会──のはずなのに、
日本の水道インフラの歴史を語る構成に変えたらしい。
昨夜聞いた「昆布とそろばんが北海道のインフラを育てた」という持論は、
不思議な説得力を帯びて、響香の頭の中にまだ余韻として残っている。
そして今度、伸子さんが注目しているのは、札張大通りの噴水だという。
大通りの景色のうつろいは、きっと多くの北海道民にとって
最も身近な“季節のバロメーター”だ。
今朝も、キッチンで天気予報の音楽が流れたとき、響香は手を止めた。
テレビの画面には、札張駅のすぐそば──大通公園を上空からうつした生中継が映る。
写メの噴水は、少し前に撮ったものだろう。
この2月は雪の下に隠れて、静かに冬を耐えている。
「噴水の下にでも、お札を隠したとでもいうの?」
昨夜の続きのように、響香は、ついおもしろおかしく返してしまう。
「種を見せているのよ。それが、仕掛け。」
と、思わせぶりなに伸子さんが言った。
「もったいぶって…。」
「大通り、防火帯なんだって。昔は今以上に火事が怖かったのよ。
地震、雷、火事、おやじ、だからね。」
さらに伸子さんは続けた。
水道インフラと金融インフラの本流が、大通の噴水あたりで交わり、
その痕跡がいまも残っているのだと。
「近代水道と噴水、つまり水場…これ以上の火事対策でしょ。」
「一万円札の渋沢栄一も、大通りの拓殖銀行設立に尽力していたのよ。」
「ジンギスカン、大通りで食べてたかな?」
「金融インフラと水道インフラ、大きな源流が大通りの噴水あたりでぶつかり、広がたのよ。」
「亀田課長に言ったら、絶対小芝居するわね」
「君たち、知ってるかい?──って」
「近代水道による防火、、大通に築かれた日本貨幣の信用…
積み重ねてきたんだよ。君たち、知ってるかい?」
大通は、もとは一本の“空白”だった。
火が走らないように、
街のど真ん中に置かれた、
細長い静寂。
もともと大通りは、札張の街を守るために設けられた 防火帯 だった。
広い空白の帯が、風と火を断ち切るために置かれた──
それがこの街の最初の“安全”の形。
その空白の下に管を通し水が通った。
噴水は、
「ここに息がある」と告げるように
そこに水道が敷かれ、噴水が立った。
美しい飾り以上に、
「この場所には、水が通っている」 という静かな宣言。
近代都市の鼓動のようなものだ。
そしてそのすぐ近くに、拓銀が本店を構えた。
渋沢栄一が支えた、北海道の金融の中心。
街の“信用”が積み上がる場所。
防火の安心、水の安心、貨幣の安心。
三つの“安全”が、いつしか大通に寄り添うように並んでいた。
その根が一本につながって地下へ伸びていく──
伸子さんの言う“種”とは、その源のことなのかもしれない。
響香は、スマホの光の中で噴水を見つめる。
雪の下で息をひそめているその場所は、
街の“安心”の種をいまも静かに守っている気がした。
噴水は飾りではない。
街の物語は、あそこからはじまった。
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
どこかで、それぞれの「台所」から、小さなせかいを動かしています。
日々の中にある記憶や香り、音のひとしずくを、どこかで感じていただけたなら幸いです。
つづきは――
次話予告:『第84話 リハサール前夜〜伸子の原稿』
心のスイッチが、またひとつ灯りますように。
◇◇◇
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お会いできたみなさまへ、心より感謝をこめて。
あなたの一言が、つぎの物語を運んでくれます。
―― 朧月 澪




