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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
挿話 知覧

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第83話 挿話  知覧 2

◆台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO


挿話 知覧 2


※1 空から降りる道 ― スカイライン


初めて会ったはずの響香と真知子だったが、不思議とそんな気はしなかった。


真知子は「空港まで送るわよ」と言ってくれた。


茶畑の緑が広がる山あいのみちを通り、眼下に海を見下ろしながら、スカイラインを走る。

スカイライン――まさに空にひかれた道路だった。


グラマーな真知子が握るハンドルが、やたら小さく見える。

おおらかな運転をしそうなのに、慎重にハンドルをにぎっている。


響香と枕崎の漁港で会ったその時から、始終早口で会話を盛り上げていた真知子だったが、

スカイラインに入ってからは、口数は減り、ゆっくり話すようになった。



車のラジオから、戦後の特集が流れている。


真知子がぽつりと言った。


「今年で戦後八十年だってね……うち、七十五パーセントくらい生きてきたってことかしら」


響香ははっとした。


同じ世代として、自分たちが“戦後”という時間のほとんどを生きてきたのだと、急に意識したのだ。


「真知子さんのお母さんも、この町で育ったんだって?」


「そうよ……」


真知子の声は穏やかだが、その奥に小さな重みが宿っていた。


「日本が戦争に負けたってラジオで流れたあと、うちの父も防空壕で逃げて過ごしたって言ってたわ」


響香が父から聞いた唯一の話といえば、


「なんだか、大丈夫そうだと、おそるおそる防空壕を出たよ」


それだけだった。


だが、そのとき、当時の街を襲ったのは枕崎台風だった。


壊滅的な被害の話を、響香は真知子の口から初めて聞いた。


親世代の記憶は、これまでほとんど耳にしたことがなかった。


互いに、子ども時代の断片を思い浮かべながら、二人は静かに胸に刻むように、沈黙した。


茶畑の緑、眼下に広がる海の青。


知覧から空港へ向かう道の助手席で、響香は街の断片をつなげながら、

あらためて父の故郷――「知覧」を語り始めていた。


※2 知覧町


鹿児島県川辺郡知覧町。


響香の父の実家があったこの町は、かつて川辺郡に属していたが、

平成の大合併で南九州市に編入された。


戦後、この町はお茶の産地として少しずつ知られるようになった。


かつて「お茶といえば静岡」と言われた時代、おばあちゃんはこう語った。


「静岡には、知覧のお茶を送っているのよ。混ぜると香りが良くなるから」


その誇らしげな口ぶりを、今もよく覚えている。


子どもだった響香は、「本当かな」と思いながらも、どこか信じていた。


それから四十年、五十年。


今では北海道のスーパーにも「知覧茶」が並び、

ちょっといいお茶の定番として親しまれている。


その香りを口に含むたび、夏休みや冬休みに過ごした、あたたかな日々の記憶がふわりと立ち上がる。


南鹿児島駅から海を見下ろしながら、バスで山を登ること約一時間。


開聞岳を遠くに望む平坦な台地に、知覧の町はあった。


「こんな山の上に、こんな静かな町があるなんて」


――子ども心に、不思議に思った。


昭和五十年代まで、家では薪で風呂を焚き、庭で鶏を飼って卵をいただいた。

竹の葉で包んだちまきに、きな粉と砂糖をかけたぜいたくなおやつ。


夏は蚊帳の中で風を感じながら眠り、冬は炭火の火鉢でもちを焼いて暖をとった。


魚が水揚げされる枕崎まではおよそ二十キロ。


昭和のころは、山あいの小さな田んぼに稲が実る風景は、珍しくもなんともなかった。


けれど、この町に特別なものがふたつあった。


武家屋敷と、特攻隊基地記念館だ。


町のはずれにある武家屋敷は、いまも人が暮らす家として現役で使われながら保存されている。

十八世紀中ごろ、江戸時代中期に整備されたものだという。


石垣や生垣に囲まれた控えめな庭と縁側。


その距離感が、ここちよい人との関わりを思い出させる。


知覧は、滑走路を作るのに適した地形だった。


もともとは「簡易飛行場」として整備されていたが、のちに特攻出撃基地として拡張された。


特攻隊――それは太平洋戦争末期、片道分の燃料だけを積んで出撃した若者たちのこと。

攻撃目標は沖縄周辺のアメリカ艦隊だった。


鹿児島県南部に位置する知覧は、沖縄本島まで約五百四十キロ。

片道の燃料で飛ぶには、ぎりぎり可能な距離だった。


だからこそ、「最適」とされた。

けれど、その「最適」の陰にある命の重みを思うと、胸が締めつけられる。

ここで飛び立った若者たちの未来は、もはや誰も救えないのだ。


当時の知覧の人々は、兵士たちを「わが子のように」見送り、宿舎や食事を提供したという。


父の育った町は、そんな重い歴史を背負った場所だった。


父は世界の歴史や地理には詳しかったけれど、

自分が生まれ育った町――知覧のことは、一度も語らなかった。


そして、何も言わぬまま、空へと還っていった。


響香は今、知覧での小さな断片をひとつずつ、つなげている。


※3 鏡台の部屋


おばあちゃんの家には、それぞれに「すごいところ」があった。


鹿児島のおばあちゃんの家には、素敵な彫刻が施された欄間があり、

そこからお線香の香りが茶の間にふんわりと漂ってきた。


襖を閉めても、隣の息遣いが伝わってくるような家だった。


茶の間には、階段下の空間を小さな襖で仕切って、鏡台が置かれていた。

女性ひとりが座るのにちょうどいい、身支度をするのにぴったりの場所だった。


小学生のころ、響香はそこに勝手に入ってはいけないような、少し神聖な空気を感じていた。


十五、六歳のころの、洋子おばちゃんがそこで身支度をしていた――


そんな光景を想像するようになったのは、何度も鹿児島に帰省し、

「知覧」という場所がどういうところなのか、少しずつ理解し始めてからだった。


戦時中、多感な時期に、軍医として戦艦の海にいた父の代わりに、

風呂の薪を割ってくれた若者と、寝食を共にした異性が、同じ屋根の下にいた。


その若者が、「特攻隊」という運命を背負った存在だったのなら、なおさら胸が苦しくなる。


洋子おばちゃんの恋が始まっていたのか、それとも、始まる前だったのか――

その答えはわからない。


「しゅるる」と静かに襖の開く微かな音。


茶の間に座る、空へ向かう若き青年の背中。


目の前の茶の間と、襖一枚の距離感が、今も響香の胸に深く刻まれている。


「会いに行った。」


小学生の響香は、おばちゃんから聞かされた、この五文字だけの恋の話を、

今でもはっきり覚えている。


そんな話をするのは、いつもおばあちゃんのいない、二人きりのときだった。


あの黒い木彫りの熊を見せてもらったときも、そうだ。

そばにはこけしもあったから、どの人形を前にしていたのかは思い出せない。

けれど――あのときの、おばちゃんの表情だけは、いまも鮮やかに浮かぶ。


戦後、洋子おばちゃんは結婚したけれど、うまくいかなかったらしい。

それを聞いたのは、だいぶ後になってからだった。


※4 トマトサラダ〜台所の記憶


洋子おばちゃんの立つ台所。


細かなタイルが貼られたシンク、プロパンガスのボンベに繋がれた鉄製のガス台。

料理屋でもないのに、食器棚が三つも並び、大きな炊飯器まで置かれていた。


おばあちゃんとの二人暮らしにはどれも不似合いなのに、

不思議と、この家にはしっくり馴染んでいた。


そんな洋子おばちゃんが、


「かえったら、お母さんのお手伝いしてあげてね」


と言った。


そう言われて、妙蓮寺キャッスル205号室で作ったトマトサラダのことを思い出した。


母は一口で顔をしかめ、「おえっ、まずい」と言った。

あの時の私は、思わず泣いてしまった。


洋子おばちゃんが台所に立つ姿を思い返すと、いまも胸にじんわりと響く。

トマトの赤が、洋子の台所と、母の声を、ひとつに溶かしていく。


しばらく黙っていた真知子が、スカイラインが海に届きそうになる頃、

ふんわりと言った。


「台所という舞台は、時を越えても、そこに立つ人の光を消さないわ」


「……あいつの受け売りだけどね」


その“あいつ”が拓紀であることを、響香は言われなくても感じていた。

言葉の温度が、どこか優しかったからだ。


空港が見えてきた。

響香は、その景色の向こうに、父と訪れた日の記憶が重なった。


――おわり

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