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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
伸子の帰国

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第8話 まだ見ぬエルコンフィールドの庭の空の下で 帰国

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第8話 まだ見ぬエルコンフィールドの庭の空の下で 帰国



それは、アジアの鎌となって、打者トラウトのバットを空へと振り抜かせた。

稲穂を刈るように、バットは大陸の空を切った。


一瞬の風が、観る者すべてを一つにした。

この球場は、彼らの活躍を“予言”していたのだろうか。


――いや、むしろ“導いて”いたのかもしれない。



伸子は、その鮮やかな試合を見ないまま、球場のプレオープンからわずか四日後に旅に出ていた。



そして、2024年9月30日。


帰ってきたときには、町はすでに新しい色に馴染んでいた。


けれど彼女の記憶には、建設中の巨大なクレーンの影が、モノクロームのまま焼きついていた。


「クレーン車は、今、どこでどうしているのだろう」


そんなことを思いながら、職場へと車を走らせる。


ああ、そういえば、旅立つ前にはすでに撤去されていたのだった。

それでもふと、今それを思い出したのは、きっと秋の空の色のせい。



そう気づき、カーステレオの音量を少し上げて、エルコンの横を通り抜ける。

新しくできた信号で停まるのは、これで二度目。


前を行く自転車が二台。そのうちの一人は、前かごにダウンジャケットを入れていた――まだ、暑かったのだろう。


カーステレオから、サザンオールスターズの歌声が流れる。


「明日、晴れるかな?」


伸子も心の中でつぶやく。


舗装されたばかりの道を走りながら、ふと気づく。

――どうしてだろう、今、海の遠さを意識してしまう。

(昨年の海辺のホテルでのあの日々を思い出すからだろうか。)


曲が終わるのを待ち、エンジンを切る。


「明日、はれるかな?」


と、もう一度心の中でつぶやく。

その言葉に I talk myself と添えて、一呼吸おいた。



そして、店内へ。


スーパーに入ると、買い物客の一人が近づいてきた。


「ひさしぶり!」


女性の声に、思わず足を止める。


「あら、元気だった? 刺田さん」


名前がすぐに出てきて、心の中で少しほっとし、そしてまた戸惑う。


刺田さんは、かつての“ママ友”。

お互いの家を何度も行き来した間柄だったが、伸子にとっては、どこか苦手な相手でもあった。


変わらぬ調子で、腰の痛みや家族のことを一方的に話し出す。

そして、唐突に「暇?」と聞いてくるだろうと伸子は予感した。


返答を考えていると、刺田さんは話を続けた。


「昨日の試合、残念だったわね。」


(きのう野球の話?……みてないな、と伸子は心の中でつぶやく。)


「でも、初登板で初勝利の彼、ほんとかわいかった。

沖縄のお父さんとお母さん、私、見ちゃったの。

あのボールが沖縄に届くなら、いい最終戦よね。」


どうやら球場の売り場で見かけた感動秘話を話したかったらしい。

その会話の中で、伸子は、刺田さんがエルコンでパートを始めていたことを知る。

刺田さんが専業主婦を卒業していたことも、伸子には意外だった。



店を出ると、赤い自転車が停められていた。

「ボールパークFビレッジ えふたん」と書かれた、ボールで遊ぶあどけない熊のシールが貼ってある。


あの信号待ちで通り過ぎていった赤い自転車は――刺田さんのものだったと気づいた。


「エルコンフィールドに行くときは、連絡ちょうだい。案内するわ」


彼女は、昔と変わらぬ調子で言った。


エルコンフィールドの、まだ見ぬ庭。

本当なら、伸子はそこでガーデンボランティアをするはずだった。


遠い旅先から、画面越しにではあるけれど、ずっと見守ってきたその庭。

響香に旅先から連絡することもなく、太平洋も大西洋も、静かに越えてきた。



町の誰よりも早く、響香と歩いて案内したかった、その庭のすぐそばを今日もまた通りすぎる。

けれど、足はそこに向かわない。

しっかりと約束したわけではないけれど――

響香に案内することのできなかったふたつの春。


頬をかすめる秋風の中、伸子は目を閉じた。


――そこに、響香と歩く庭があった。


耳に残るのは、カーステレオから流れていた曲の余韻。


「明日晴れるかな――」


この旋律は、旅先でも、帰り道でも、伸子の心の声をひろう。

小さな希望のように、今日の空と秋風に溶けていった。



第8話おしまい

* * *


 次話へつづく


* * *

◇◆◇ あとがき ◇◆◇


ページをとじたあとに、少しでも心に残りますように。


他のお話でもお会いできますように――

前話「水仙のつぼみ」

まさか―― “げっ歯目と哺乳類の戦い”がガーデンの葉の下で、眠っているとは思わなかった。


◇◆◇

次回予告:「第9話 音の戻る場所」

◇◆◇


作者 朧月 澪

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