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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
虹の輪の旅 2 

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第71話  カナリアの残響とベネチアの朝 (伸子の長旅4)

大統領がトランプを切って、いつもあの夢は始まる。いつもは、大統領は一人だが、昨夜の夢は二人だ。体格の似た二人が目の前でトランプを切っている。どうも、同時にカードをめくる約束らしいが、そう見せて、どちらも相手の札を見てから出したいようだ。いつもは一人でカードを切る国の大統領。ふざけているようで、それがまた不気味だ。だが、隣に座るもう一人の男――神妙な顔つきで一点を見つめ、静かにカードを切るその姿は、それ以上に恐ろしい。

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第71話  カナリアの残響とベネチアの朝 (伸子の長旅4)

 

0 ジグソーパズル

 カチリという音がして、伸子は目が覚めた。

富士山のジグソーパズルは、夢ではなく、ちゃんと完成していた。

机の上に、静かに実在していた。


ただ一つも誰もが実りを感じることなく、スパムの缶も開けることなく、かばんに詰めて次の町に移って三日が経とうとしていた。


部屋に、2か月、ラジオのみが流れる日だったが、その空間にテレビがあることで、一瞬、日本に戻ってきた感覚を覚えた。


1カナリアの残響


カラオケは、「虹の輪」の仲間たちの絆を、そっとつないでいた。


「国際貢献」なんて言葉の意味さえ、もうわからなくなってしまった。


…カナリアの残響


汽車は、豊富な水資源を求めて走った。

水を熱にして、空へと還す。それは夢だった。


つながりたいという思いが、水を蒸気に変え、汽車を動かしたのだ。


夢の原石は石炭だった。

連れていくカナリアに命を託し、地中深く、海の底までもぐって掘った。


そして、その汽車の通る場所に町が生まれていった。


やがて汽車は電車に変わり、人々は町へ、都市へと移り住んだ。

村は静かに消えていった。


採掘の町は、わずか三十年で繁栄と衰退を繰り返す。

若い人たちは町を離れた。


人は、誰かと比べたときに、不幸を感じてしまうのかもしれない。

ぼくらは、みんな臆病なのだ。


「正しさ」を誰かに決めてほしい──

本当は、そんなふうに願っているのかもしれない。


論点は、ずれたり、ぶつかったりする。


「その国のリーダーと、よく話しなさい」と言われるけれど、

そのリーダーが何を考えているのかさえ、見えないこともある。


本物のリーダーなのか、革命家なのか、

はたまた、過去の屈辱を晴らしたいだけの支配者なのか。


答えはいつも、あとになってようやくわかる。


正義は、人を強くし、また人を傷つける。

この負のループを断ち切るのも、きっと正義しかない──


そう思いながら、涙をぬぐう。


船は、悲しみの海を静かにこいでいく。

その海を、「カラオケ」という名の波が、やさしく癒していた。


ギターの音が虹の輪の仲間を包む。

ひとりひとりの声が静かに重なっていく。


壊れたジグソーパズルのピースが、音の中でまたひとつ、つながっていった。


2 ベネチアの朝


空はまだ灰色だった。

サン・マルコ広場のあたりでは、鳩たちがぱらぱらと降りてきている。


ベネチアの朝がはじまっていた。


伸子はベネチアの石畳を足早に歩く。

まだ眠る街角、すれ違う人もいない。


こんなときは、スマホのありがたさを痛感する。

地図アプリが、電池のありそうな店を静かに教えてくれる。

そして青い線でその位置を示してくれる。


ようやく見つけた店で電池を手に入れるだけで、奇跡のように思えた。


ダビデは虹の輪の本流から外れ、元の場所へと帰った。

しかし、彼のバトンを受け取った者は多かった。


垣根のない存在が増えることで、距離の壁を越える“中継地”が生まれ、

国境を越えてラジオの周波数も届くようになった。


ギターは何も言わずに電池をセットし、静かにチューニングを合わせる。


このラジオは、虹の輪がベネチアに入る前に滞在した、

小さな寒村の古い民家に置かれていたもの。

木製の本体には「Schaub Lorenz」の文字。

中身は改造されているが、音は驚くほどよかった。


ジェリーが冗談交じりに「日本製のラジオ付き懐中電灯と交換できないかな」と尋ねると、

年老いた持ち主はあっさりうなずいた。


それ以来、虹の輪の面々は毎晩ラジオを囲み、周波数を合わせるのが習慣になった。


ベネチアに着いた夜、コードが合わず音が出ないと不安になった。

スマホで聴けばいいのに、伸子はどうしても、あの木製ラジオで聴きたかった。


トレーナーは相変わらず自室でマイクラに没頭しているが、

決まった時間になるとラジオのある部屋に現れ、ジェリーと地元のお菓子を食べる。


ギターが慎重にダイヤルを回す。

「ガーガー」というノイズのあとに、ピタリと音が合う瞬間がくる──日本のアナウンサーの声。


「またあした」、そして覚えたメロディーのあとに、「こんにちは」。


ダビデの声だった。


「間に合いましたね」とキティが小さな腕時計を見ながら微笑む。

キティが虹の輪に加わったのも、一台のラジオがきっかけだった。


ラジオの音は不思議だ。

目に見えないのに、確かに届く。

どこにいても、どんな言語を話さなくても、知っている声が自分の場所を見つけてやってくる。


昨夜は、今日の講堂でのプレゼンを考えて眠れなかった。

この一年半、水道インフラと向き合って感じたのは、

「当たり前」は決して当たり前ではないということ。


日本のように家庭の蛇口から安全な水が出る暮らしは、世界では例外だ。


世界では、約4割の人々が家庭で安全な水を使えない。


毎日、井戸や川へ水を汲みに行く(特に女性や子ども)


タンクローリーで水を購入する


雨水を溜めて飲む


配管があっても水質が悪く煮沸が必要


給水時間が限られている(1〜2時間だけなど)


この情報は手元のスマホで今や誰でも見られる。

だからこそ、「教壇の上で話すこと」が傲慢なのではないか──という自問も巡った。


しかし、一年半かけて見てきたことは、

数字には表れない憤りや祈るような思いにも満ちていた。

それでも、きっと「語る勇気」を求めていたのだ。


いつものように、皆がラジオを囲む。

ギターが慎重にダイヤルを回し、ノイズがふっと静かになる。


ダビデの声が流れる。


「……最後に、今日の僕の音色。

こんにちは。今日は僕の仲間の伸子が、ベネチアの大学講堂で話します。

彼女は緊張していると思います。でも、その“揺らぎ”を言葉にすることがすごいと思います。

あなたが使った時間で語ろうとしていることで、きっと何かがはじまっていくと思います。」


背後から、明日香の声が聞こえた──

『がんばって……伸子。』


伸子は、朝に一度通ったサン・マルコ広場をもう一度通り、講堂へ向かう。

光の向きも、人の流れも、すでに変わっていた。


石畳を踏む足取りは、もはや旅人のものではなかった。 それは、長い歴史を積み重ねた広場の空気に、静かに溶け込んでいく者の歩みだった。


* * *


 次話へつづく


* * *


◇◆◇ あとがき ◇◆◇

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

また次話で、お会いできましたらうれしいです。


―― 朧月おぼろづき みお

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