第59話 妙蓮寺駅 踏切の音
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第59話 妙蓮寺駅 踏切の音
1 帰り道、わかるの?
「帰り道、わかるの?」
哲郎は、もちろん妙蓮寺に土地勘なんてない。
でも、いつも通り、先導役をしてくれる。
もし哲郎がいなかったら、私はきっと、駅前のおでん屋と唐揚げ屋だけ見て、満足して帰ってしまっただろう。
優秀なタイムキーパーに感謝。
まだ、たったひとつの信号機。
「帰り道、わかるの?」
その言葉で、意識が過去から現在に戻る。
哲郎はちらっと時計を見て、スマホのナビをセットした。
駅から妙蓮寺キャッスルへの、唯一の信号機。
妙蓮寺キャッスルの信号機のある横断歩道をわたる。
なぜ、もっと早くこの「ぐるぐるぽんちき」を認識しなかったのか。
そんなことを思いながら、いまはただ、懐かしい風景の中を帰っていった。
2 かえりみち、わかるの?(パート2)
「かえりみち、わかるの」
哲郎の声で、われにかえった。
信号機を渡る。
行きとはちがう道を通る。
「妙蓮寺への道は、百通りあって、どれを選んでも迷わない」
「ぐるぐるぽんちきの信号」を渡って、響香はそう言った。
自分の中から出た言葉なのに、不思議だった。
──百通りあって、どれを選んでも、まよわない。
「それって、どういうこと?」
自分でも、なんでそんなふうに言ったのか、ちょっとだけ首をかしげた。
哲郎のあとを、小走りに五歩すすむ。
細いコンクリートの、ゆるやかな階段に向かって。
「こっちでいいの?」
「大丈夫。そっちでも」
──六つ、七つの自分が、この中にいるのだから。
そう言いきかせるように、哲郎にこたえた。
信号の先の、小さな階段をわたりきらないうちに、気づいた。
響香が「まよわない」と言った理由。
この、方向音痴の響香でも、妙蓮寺へは絶対まよわない。
妙蓮寺への行き方も、百通り。
それも、わりと本当。
あみだくじのような細い道。
そのどれを選んでも、最後は妙蓮寺。
だいじょうぶだ。
足のつま先を見る。
大丈夫とわかって、あたりを見まわす。
──過不足なくという、美しさ。
ここには、ずっとそんな美しさが息づいていた。
五十年前は、どこもみんな、こんな風景だったと思っていた。
でも、ちがった。
この美しさは、ここにしかなかったんだ。
「こっちを、ひだり?」とまた哲郎。
「だいじょうぶ。この道は、ひとりでよく歩いた道」
もしかしたら、誰かと歩くのは、響香ははじめてかもしれない。
母とは、ちがう道を通って帰ってきたから。
足に少しだけ、力が入る。
それで、自分たちが最短コースから少し外れているのがわかる。
──そう、くだればいいのだ。
石ころのように、くだればいい。
一番下にあるのが、妙蓮寺。
水の流れに身をまかせれば、最後は妙蓮寺に引きこまれる。
あっちに行けば、犬に会える。
こっちに行けば、○○印のコンクリート。
凹凸で目を閉じても歩ける──白杖の人の道。
今日も、みかんがみずみずしく色づき、光を受けている。
木々の緑も正直だ。
南側だけ、どれも青緑の葉をつけている。
階段であがる二階建てのアパート。
台所のかたわらで、洗濯物はきっと今も昔も部屋干し。
三世代が住んでいそうな一軒家。
新聞受けには今はもうない牛乳瓶。
それでも庭の木々が、住民の健在を告げる。
田園調布にありそうな、ガレージつきの一戸建て。
ステンレスの格子越しに、高級車が光を反射している。
その隙間には、世話の行き届いた鉢植えの花。
──五十年前にも、あそこにあった気がする。
記憶の端に、腰を曲げたおばあさんの持つ、緑のジョウロが見えた。
外階段のかたちは、そのまま。
それだけでも胸に飛びこんでくるのに、
そのすべてが、まるで築二、三年に見える。
錯覚だ。
壁だけを知らん顔で塗りかえて、「新築よ」とでも言いたげに、静かに立っている。
いろんな人が、この狭い空間で、帯広の農家一軒分くらいの広さで、寄り添って暮らしている。
誰もが、あの鉢や、あの庭で、四季を感じて、ちゃんと暮らしている。
──この道は、住んでいる人たちの道。
本当は、通るのも、少しあつかましいのかもしれない。
でも、五十年前のよしみで。
少しだけ、たのしませてもらって。
ふたりは、妙蓮寺にたどり着いた。
妙蓮寺の井戸は、変わらず水を湧かしていた。
そこに、言葉はいらなかった。
境内の静けさを抜けたとたん、赤色の点滅とともに、踏切の遮断機が下りて、信号が鳴った。
おでんを抱えて、響香と哲郎をのせた電車は、静かに菊名を過ぎていった。
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
次回は「第60話 赤プリって?」をお届け予定です。
物語はまだ続きます――
どうぞ次のお話もお楽しみに。




