第56話 ダビデのカラオケ サードラブ
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第56話 ダビデのカラオケ サードラブ
カラオケの夜は、どの日も忘れがたい日ばかりだ。
あの日のカラオケには、何か、胸に迫るものがあった。
「ありがとう♬」
静かに一曲目を歌いはじめたダビデは、
続けて「かなうなら なら♬」と切ない羨望のメロディーを響かせた。
「わたし、しゅうきょう で おさけ、のまない。」というものもいて、この日も、お酒を飲んでいたのは、ダビデとジェリーだけだった。
バラ子はヒジャブ(スカーフ)をして、いつも参加していた。
最初のころと違って、少し派手な色のスカーフにすることも増えていた。
他のみんなはソフトドリンクで、伸子もそれに合わせていた。
その夜は、いつものメンバー以外の参加もあり、より国際色の濃い夜だった。
ギターと呼ばれている彼のギターを、ダビデが手に取った。
「これ、借りてもいい?」と尋ね、
「いいギターだね。大阪で手に入れたというやつだね」とつぶやく。
そして「蛍」(福山雅治)を、今度は弾き語りで歌いはじめた。
その間、バラ子はまた「薔薇を散る」を歌っていた。
伸子は次の曲を探していたが、
ふと、男性たちの話し声が耳に入った。
「サード・ラブ」
「ファースト・ラブは初恋」
「セカンド・ラブは結婚」
「サード……」
“サード”とは何なのか。伸子は耳を澄ませた。
「魂」と、誰かがつぶやいた。
「デンジャラス、危険」とも聞こえた。
再び、ダビデが歌いだした。
激しく、そして切なく。
声がとぎれ、言葉にならない旋律だけが流れた。
歌詞を映す画面には、飛行機が飛び立つシーン。
五十を過ぎたと知ったダビデの姿は、
まるで、エンジンとブレーキのバランスをくずした飛行機のように見えた。
きっと、今までモテつづけてきたその容姿が、
思いもよらぬ“三度目の恋”に出会い、
心の滑走路を見失ってしまったのだろう。
伸子は、そんな彼の横顔をそっと見つめていた。
するとダビデは、伸子の視線に気づき、
「ワン、えぞりんどう、プリティ。ツー、えんれいそう、ユニバース。スリー、トリカブト――」
そう言いながら喉元を両手で包み、毒に苦しむ真似をしてみせた。
その仕草は、かつて伸子が名古屋の珈琲店ではじめて彼にあったときに、見せたものだった。
昨秋、初対面のダビデに、伸子は草花の名を教えた。
帯広の老舗菓子店・六花亭の包装紙に描かれた、北海道の野の花たち。
それらは、開拓農民であり画家でもあった坂本直行の手によるもので、
彼が坂本龍馬の甥にあたると、伸子は片言の英語で伝えたのだった。
「ドラゴンホース。龍馬イズドラゴンホース」
半年前の奇怪な会話を思い出しながら、
ダビデの言葉に続けたジェリーの声を、伸子は心の中で拾っていた。
「三度目の恋は、抱きしめたら地獄に落ちる。」
そう言いながら、ジェリーは天井を見上げた。
「きみは、まだ一度目も二度目もしてないからな。」
ダビデは肩をすくめて言った。
ジェリーは身を乗り出して尋ねた。
「抱きしめたいと、思わない恋があるの?」
そのとき、誰かがぽつりと尋ねた。
「君たちの宗教は?」
ダビデとジェリーは顔を見合わせ、
少し困ったように笑った。
「うーん、仏も、キリストも、七福神も……みんな、ね。」
伸子は一度トイレに立ち、戻るとまた曲を選んだ。
「これにしよう。」
日本の神様が歌われている歌だった。
やさしいおばあちゃんが語るようなその歌は、
日本中の神様たちを、やわらかく包みこんでいた。
曖昧で、それでも温かくて――
その曖昧さこそ、日本らしさなのかもしれない。
日本の神様たちは、どうやら外国の仲間には少し理解しづらいようだった。
そして伸子も、それぞれの宗教がもつ恋愛観の違いに、
ほんの少しだけおびえた。
――わたしの知っている結婚や恋は、
いったいどれだけシャイターン(悪魔)に召されてしまっているのだろう。
けれど、その歌に耳を傾けている間、
なぜか皆、同じ時間を静かに共有していた。
――ずっと、ずっと後になってのことだが、
伸子は思うようになる。
この「サードラブ」の相手は、
この《虹の輪のプロジェクト》そのものだったのだと。
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
「第56話 ダビデのカラオケ サードラブ」はいかがでしたでしょうか。
次回は「第57話 See you Again 」
をお届け予定です。
朧月澪




