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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
再会の手前で

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第6話 エルコンフィールドの手前で ~世界で一番すてきなところ (2023年 3月21日)

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第6話 エルコンフィールドの手前で 〜世界でいちばんすてきなところ〜



アジアの鎌が空を切った。



それらの軌跡は、偶然ではない。


今も昔も、毎朝キッチンの前で広げる地元紙が、それを告げてくれる。


北海道の球場の歴史もまた、台所横の戸棚に積まれる新聞の束に、必ず刻まれている。


――響香は、そんな日常の中に、知らぬうちに芽吹くドラマを思った。



そもそも響香はこの地に住みはじめた頃、

雪深い大地の野球は全国区では無理だと感じていた。


「日和ハムって、テレビ中継されてたことあったっけ?」

「後楽園遊園地に行ったけど、野球場といえば……やっぱり神宮でしょ?」


幼い頃の記憶は、新聞紙の文字によって少しずつ塗りかえられていった。


札張(さっぱり)ドームが開業したのは、娘が小学校の頃――約二十五年前のこと。

そのとき、北海道に日和ハムが本拠地を移した。



地元紙『北海道新聞』(通称・道新)は、次の新球場「エルコンフィールド」の構想を計画段階から見守り、

数年にわたって報じ続けてきた。


新球場は、かつて強豪の陰に隠れがちだったチームの夢を含め、

長い年月をかけて育てられた“小さな夢の束”だった。


“奇想天外”と笑われた夢は、やがて住民の思いと結びつき、

土の中で静かに膨らむ種となった。


小さな芽が顔を出しても、嵐に折れ、陽を浴びられぬこともある。

それでも不確かさごと抱えて育つ――その営みこそ、夢のかたちだと響香は思った。



札張で進められていた新球場計画は、結局、反対の風に押されてしおれた。

その最中、隣接する北広嶋市が、新芽のように手を伸ばした。


記事を読んだとき、響香は“市民の寄付でつくられた広島市民球場”のことを思い出した。


北広嶋でも、はじめはほんの数人の住民の発案にすぎなかった。

けれどやがて春の芽吹きのように広がり、

誘致の動きは町全体の息吹へと育っていった。


――熱の源は、そこにあったのかもしれない。



やがて、人口五万の北広嶋市に大型クレーンのシルエットが現れた。

無機質な鉄骨は、まだ色のない未来のようにそびえていた。


伸子は北広嶋の喫茶店で花人クラブの会報を仕上げたあと、

響香の車と二台連ねて現場へ案内したこともあった。


寄せて停めた車の前で、ふたりで仰いだクレーンが、秋空をゆっくりと横切っていった。



――そして、おととし。2023年3月。

北海道ボールパーグFビレッジ(エルコンフィールド)が生まれた。


プレオープンから七週間ほど経った春の日、響香は初めてエルコンを訪れた。


「世界に誇る」という言葉は、けっして大げさではなかった。


誕生した球場には、温泉もホテルもある。

スタンドには、チームの歴代の名選手たちの大きな肖像画が掲げられている。


なかでもひときわ目を引くのが、大谷翔平とダルビッシュ有。

観客席を見つめるそのまなざしは、静かで、力強い。


野球に詳しくない人でも、日本人なら誰もが知る存在。

彼らを導いた十人の選手とともに、肖像は球場の内壁にふさわしく描かれている。


この球場に立てば、世界中の人々が彼らの瞳を見つめたあの日のことを思い出すかもしれない。

自宅のテレビで見た、あの瞬間を――。



エルコンの工事は約三年にわたり、2023年3月14日にプレオープンを迎えた。


そして、わずか一週間後の3月21日――。

日本代表はアメリカ・マイアミで行われたWBC決勝で、世界一の栄冠をつかんだ。


劇的な展開は、日本野球に関わるすべての人にとって、長年の悲願がかなった瞬間だった。


あの日、世界のどこかで初めて「日本という野球好きの国がある」と知った子どもがいたかもしれない。

初めて日本の漫画を手に取った子も。

地図を開いて「にほん」「にっぽん」「ジャパン」が小さな島国だと知って驚いた子もいたに違いない。


何気なくボールを転がしていた子が、その日から“夢という芽”を見はじめたのかもしれない。



八回、マウンドにはダルビッシュ有。

そして最終回、一点差を守る大役を任されたのは、大谷翔平だった。


二アウト、走者なし、フルカウント。

そこから放たれた鋭いスライダー。


それは、アジアの鎌となって、打者トラウトのバットを空へと振り抜かせた。


稲穂を刈るように、バットは大陸の空を切った。


一瞬の風が、観る者すべてをひとつにした。


この球場は、彼らの活躍を“予言”していたのだろうか。

――いや、むしろ“導いて”いたのかもしれない。


第6話 おしまい

* * *


 次話へつづく


* * *

◇◆◇ あとがき ◇◆◇


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

どこかで、それぞれの「台所」から、小さなせかいを動かしています。

日々の中にある記憶や香り、音のひとしずくを、どこかで感じていただけたなら幸いです。



お会いできたみなさまへ、心より感謝をこめて。



◇◆◇

次回予告:『第7話 水仙のつぼみ』

◇◆◇


―― 朧月おぼろづき みお

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