第55話 数滴に映る未来――横浜水道に見る、驚異の数値
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第55話 数滴に映る未来――横浜水道に見る、驚異の数値
ぞろぞろと、横浜の水道施設を見せていただいた。
一日を共にすごすと、おのおのの性格がよくわかる。
ダビデは、おそらく潔癖症だ。
テーブルに残った水滴のひとしずくにすら、彼の視線は止まる。
まるで、世界のノイズを取り除くように。
工学科に籍を置く、理の世界の住人。
けれど、小数点は――どうも苦手らしい。
「小数点……あの点のあとに並ぶ数字が、ぞわっとするんだよね」
ひと呼吸おいて、静かに笑った。
謙虚な態度の奥に、すべてを把握しているかのような自信が、ちらりと覗く。
「本気にしちゃうぞ」なんて軽く言うくせに、本気には決してならない。
揺れない。近づきすぎることもなく、決め台詞を残して距離を保つ。
――不思議な人だな、と思った。
横浜では、ポンプ場でIoTセンサーやドローンを活用した予兆保全の実証実験が行われていた。
ポンプの振動や回転数のデータが、リアルタイムで収集・解析されている。
最新鋭の機材を囲んだ説明に、皆どこか悔いるような面持ちで耳を傾け、それぞれが熱心にメモを取っていた。
ただ一人、ダビデだけがその輪の中にいなかった。
彼は皆が素通りした、百年前の井戸の説明ボードの前に立ち、腕を組んで、長いこと動かなかった。
「どこが気になるの?」――そう聞きたい気持ちはあるのに、言葉にはできなかった。
ジェリーにだったら、気軽に聞けるのに。
ダビデには、なぜか聞けない。
一度も気分を害するような態度を見せたことがないのに、どこかで彼の琴線に触れてしまいそうで。
――彼には、そんな“扉”があるように思えた。
研修室にもどって、それぞれがレポートを書くことになった。
私は彼の背中を見ていた。無言で、真剣に何かを書いている。
「1000年つづくストーリーを、かくのだと……」
そんなことを、ダビデはつぶやいていた。
きっと読ませてくれると思っていた。
……でも、その文章を、最後まで読むことはできなかった。
それでも私も、真剣にレポートを書いた。
『横浜市水道インフラの驚くべき数値』
縣 伸子
最近、AIでも報告書が書ける時代になったと知りました。
そんな中で出会った横浜市の水道インフラに関する資料は、私を大いに驚かせました。
特に、2023年のデータにおける給水人口:378万人。
これは、オーストリアやニュージーランドの総人口に匹敵します。
それだけの人々の命を日々支えているという事実に、思わず息を呑みました。
そしてもうひとつ注目すべき数値――漏水率:2.0%未満。
全国平均が約7%であることを考えると、これは驚異的な数字です。
「小数点の位置を間違えているのでは?」
そんな声が、周囲の知識人たちからあがるのも無理はありません。
私の中でも、かつてアクリル板の予算を間違えていた記憶がよみがえり、
その会話に、黙って耳を傾けるしかありませんでした。
“そんな馬鹿なことがあるわけない”
そう思いながらも、どこかで納得している自分がいたのです。
横浜市という規模と予算を考えれば、これは「驚異」ではなく「当然」なのかもしれない。
けれど――この数字の裏にある膨大な努力を、私たちは見逃してはならないと思いました。
水質管理とその裏側
横浜市では、水質検査項目が90以上にのぼります。
これはWHOや日本の法定基準を大きく上回る厳しさです。
この徹底した検査のおかげで、私たちの蛇口から出る水は
「そのまま飲める」水であり続けています。
私たちが無意識に口にする一滴一滴は、
極めて高度な管理と技術に支えられているのです。
技術革新と未来への投資
横浜市の水道事業は、AIやIoTの導入により、さらなる進化を遂げています。
スマートメーターによるリアルタイムの使用量監視。
AIによる漏水検知と即時対応。
IoTセンサーによる24時間体制の浄水場モニタリング。
これらの導入は、効率化だけではなく、
持続可能な水道システムの構築というビジョンを支える投資です。
誰にも気づかれないような日々の改善、
そして、小さなメンテナンスの積み重ねが、都市インフラの未来を形づくっていく。
横浜市は、その最前線を走っています。
水源林の育成と自然との共生
横浜市では、水道事業の一環として水源林の育成にも力を入れています。
この取り組みは、百年以上の歴史があります。
水の安全を未来にわたって保障するためには、自然環境の保全が不可欠です。
森は、水を蓄え、濾過し、そして育てる。
その働きが目に見えなくても、水質と安定供給を陰で支えています。
忘れがちなことを、思い出すために
私たちは、日々の業務に追われる中で、こうした取り組みの価値を忘れがちになります。
けれど、ふと立ち止まって振り返ると――
給水人口:378万人
漏水率:2.0%未満
水質検査:90項目
それらの「数字」が示すのは、人の努力と誠実さの結晶です。
それは、未来を生きる人たちのための、静かな祈りのようでもあります。
横浜市の水道システムの成功は、単なる先進的な技術だけでは成しえません。
何十年にもわたる地道な努力と、見えない場所での改善の積み重ねがあってこそ、今日があります。
この努力の結晶を、未来へと伝えていく――
私たちはその責務を、今、手にしているのだと気づかされました。
明日から始まる「虹の輪」の活動に、この横浜での学びを活かしたいと思います。
2023年3月24日
ダビデが気にしていた、水滴のひとしずく。
それは――世界を整えようとする、静かなまなざしだったのかもしれない。
彼が書いたレポートを、もしかしたら見ることができるかもしれない。
その話を誰かに伝文できたら、それだけでも「虹の輪」に参加する意味があるように思えた。
明日から始まるのは、少し騒がしい未来かもしれない。
けれど、それでも。
すべてをつなぎとめている なにか に、
触れてみたくて――
行きたいという衝動にかられている。
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次話へつづく
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◇◆◇ あとがき ◇◆◇
次回予告:「第56話 ダビデのカラオケ サードラブ」
朧月澪
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作者 朧月 澪




