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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
虹の輪の旅

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第52話 バラ子と横浜バラ園へ

大阪で集った「虹の輪」は、まだ始動したばかりだった。

伸子にも、その全容はよくわからない。


名古屋で偶然出会い、彼女を誘ったのはダビデ。

伸子が“三重奏王子”と名付けた彼は、異質な存在感を放っている。

彼さえ、いったい何者なのか、まだわからなかった。


舞台は横浜。


夜の親睦は、またカラオケだった。そして朝。


研修センターの白い長い廊下には、

さまざまな言語が静かに飛び交っている。


――そう、世界はもう、すでにつながっている。

太平洋も、大西洋も、越えようとしている。


けれど、彼女がまず向かったのは、横浜バラ園だった。


高台のその景色をいっしょに見上げたのは、

カタールから来た女性――バラ子。


かつて黒船がやってきたこの港を見つめるとき、

過去への扉もそっと開かれるのかもしれない。


ひと昔前に出港した船を思うと、

伸子の後ずさりしていた気持ちが、少しずつ前のめりになっていった。


バラの香りに満ちた丘の上で、彼女が見つけたのは、

過去と未来をつなぐ“ひとつの輪”だった。

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

 第52話 バラ子と横浜バラ園へ


1 朝の研修センター


伸子は、カタールから来た女性と薔薇の話題で盛り上がり、

言葉を超えてすぐに打ち解けた。


その女性を、伸子は「バラ子」と呼ぶようになった。


横浜でも、伸子は早く目を覚ました。

パーカーを羽織り、階段を下りて長い廊下を歩くと、

バラ子や、ダビデの恋人・明日香もすでに起きていた。


昨日もらった朝食券を手に、朝食の列に並ぶ。


バラ子はレース刺繍の膝丈スカートをはいていた。

先日のカラオケハウスで見たものと同じだった。


けれど伸子は、どこか夢の中の自分を見ているような感覚にとらわれていた。

目は覚めているのに、意識の一部はまだ夢の世界に残っている――。


二日前に出会ったばかりの二人だが、百人規模の研修施設では、

まるで長年の友人のように感じられた。


2 小さな会話たち


「集まりは三時からよね。やっぱり十分前集合かしら?」


明日香はどこの国から来たのか、まだわからなかった。

けれど日本語がとても上手で、伸子にたくさん質問してきた。


「日本では皆、10分前に来るのかしら?」

「私はそうしてるけど、ぎりぎりに来る友達もいるのよ。」


伸子は少し笑った。


「あらためて、この企画のインフォメーションするって。これって、日本流?」


明日香は何やら異国の言葉で独り言をつぶやいたが、

「直接、水道施設に集合でいいと思うのよね」

――その部分だけは、ちゃんと伝えたかったようだ。


3 バラ園へ


朝食の列に並びながら、バラ子はスマホを操作していた。


「横浜のフリーパス券で、どうせなら行けるところまで行こうと思うの。」


バラ子と明日香の共通点は、日本語がとても上手なこと。

そして、好奇心があることだった。


「バラはまだ咲いていないけど、バラ園に行きたいわ。」

「それなら、私も。」

「なんて、横浜にはバラ園が多いこと。」


食事中も、バラ子のスマホをのぞき込みながら会話が弾んだ。

いつの間にか、明日香は先に部屋に戻っていた。


研修施設の前から、カタールのバラ子とバスを乗り継ぐ。


横浜では二台連結のバスもあり、まるで北海道のJRのような大きさだった。

伸子は驚きを口に出さないようにするのが精いっぱいだった。


リュックを背負った少年や青年たちが、連結部分を行き来する。

大きな車体は人でいっぱいで、この狭い道路をどうやって曲がるのだろう――。


まるで修学旅行のような気分で見ていた。

イギリスの二階建てバスに乗るのは、きっとこんな気分だろう。


カタールの衣装をまとうバラ子のほうが、

自然にこの横浜のバスに溶け込んでいるように見えた。


「あそこの桜、きれいなのよ。」


指さす方向を見ると、街中に見事な桜が咲いていた。

二人を乗せた二連結の大型バスが、桜の前を通り過ぎる。


4 港の見える丘にて


港の見える丘公園に、二人で立った。


入口には「ローズウイーク」のポスター。

開催は五月三日から六月十一日――まだ一か月以上先だった。


それでも、小道の両脇のビオラは今が盛りとばかりに咲いていた。

薔薇の葉はどれもみずみずしく、固いつぼみが咲く時を静かに待っている。


「これくらいの薔薇の感じ、私は好きなのよ。

咲いてしまうと、散ることを考えちゃうでしょ?

咲く前の、この時間が好き。

どんな色が咲くんだろう?

どの子が先に咲くんだろう?」


「この子は頂芽優勢だから、一番乗りはこの子ね。

こっちは剪定してあるから枝分かれして……

日当たりのいいこの子が咲くかな。」


バラ子は薔薇を見守る母のようなまなざしで饒舌になった。


伸子はスマホで調べた。


頂芽優勢ちょうがゆうせいとは、茎の先端(頂芽)が成長を優先し、

側芽(枝や葉の付け根の芽)の成長を抑制する現象。

頂芽からはオーキシンが分泌され、頂芽を摘むと側芽が伸びる。


「オーキシンよね。」

バラ子は日本語読みを確かめるように、ゆっくり言った。


剪定は、植物の“声”を聞くことからはじまる。

頂芽が上へ伸びようとするのを人の手で少し止め、

全体に光を分ける――太陽の恵みを、みんなで受け取れるように。


伸子は、自宅の庭の薔薇「アンジェラ」を思い出した。

突然決まった「虹の輪」への参加。

慌てて冬囲いを外し、申し訳程度に剪定しただけだった。


「このトップは、私ならもう切るわ。

いくら優秀でも、それは十年前の影響力。

側芽が育たなくて、樹の存続さえ危うくなる。」


バラの話なのに、言葉は人生のことを語るように響いた。


気づくと二人は園内の高台にいた。

横浜港が一望でき、白い橋が青空にかかっている。


伸子は思わずスマホのシャッターを切った。

バラ子も写真を撮ろうとしたが、最初はお互いに遠慮していた。


高台では、小学生の団体も来ていた。


「ほら、あっちが僕たちの小学校のある方。ベイブリッジは……」

遠くから先生の声が聞こえる。


「one hundred sixty-six years――百六十六年。」


バラ子は撮った写真を見ながらつぶやいた。

「百六十六年?」


「横浜が開港してから。

小さな漁村から黒船が来て、こんなふうに発展して……

夢物語みたいな町よね。」


彼女は何か言いかけたが、桜の写真を撮りたいと笑って、

バス停へ歩き出した。

* * *


 次話へつづく


* * *


◇◆◇ あとがき1 ◇◆◇


虹の輪の仲間が集う研修室の一室が、そこにある。


彼らはこれから、

何を始めようとしているのだろう。


ダビデに初めて会ったのは、

名古屋のコメダ珈琲店。

あれから四か月が過ぎた。


一緒に研修室の扉をくぐることもできるし、

少し前の出会いをのぞくこともできる。


あなたの日常に、

そっと加えてもらえたら――

そんな願いが、かないますように。


――虹の輪へ。

新しい旅は、まだ始まったばかりです。


どうぞ、

次の扉を一緒に開けてください。


◇◆◇ あとがき2 ◇◆◇

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

また次話で、お会いできましたらうれしいです。

◇◆◇

「長旅のイントロは」、第32話〜第41話

次回予告:「第53話 研修室」

◇◆◇

―― 朧月おぼろづき みお

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