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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
スマホの夜会

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53/106

スマホの夜会 3夜 4夜 5夜 6夜 

2025年のはじまり。

札幌・チカホのベンチで、伸子と響香はささやかな新年会を開いた。

あたたかい缶コーヒーとパンを片手に、背後の金庫から、綱島街道をふたりでるけたような時間だった。

次の朝から、蛇口から当たり前に出る水が不思議になった。

その日を境に、ふたりはときどき“飲み歩く”ようになった。

――とはいえ、行き先はちょっと変わっている。

「ざ。台所」

「ざ、リビング」

「ざ 旧娘部屋」

もちろん、すべてセルフサービス。

最後は電話をスピーカーにして話すことが多い。

始まりの合図はいつも、LINEの「大丈夫?」スタンプ。

まるで不良高校生みたいなやりとり――でも、そんなふたりが好きだ。

その夜も、台所にはこたつはなかったけれど、

スマホ越しに、ほんの少しだけぬくもりが伝わっていた。

ピロン。

夜会のはじまりを告げる、やさしい音が鳴る。



台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第21話 羊の飲む ほろ酔いサワー(3夜〜6夜)

1 3夜


ふわふわの羊毛を手に、スマホをスピーカーにつなぐ。

伸子の声が部屋を漂い、ひとつひとつの響きがそっと重なる。


ちくちく――

針の小さな歌が指先をくすぐる。

笑い声、相づち、

ちいさな波がゆるやかに交差していく。


「いたっ」

指先の痛みに、思わず声が漏れる。


「大丈夫?」

スピーカー越しに届く声が、痛みを溶かしてくれる。


ちくちく、ことば

ちくちく、記憶


ほどけない結び目も、声の温もりに抱かれ、少しずつ形を変えていく。


2 4夜


「また、電話しちゃった」

「今日はね、キリン氷結シチリア産レモン、買っておいたの」


久しぶりに会えたのに、伸子の長旅の話はまだ何も聞けていない。


「今日こそ、話してよ。名古屋で出会ったんでしょう? そのダビデさんに」

「ペンがなくて……」

「えっ?」


コロナが落ち着いた頃、伸子は初めての一人旅に出た。

目的は名古屋での桑田さんのコンサート――そのはずなのに、響香はまだ知らない。


スマホのラインに残る写真。

美しい天井画、緑にライトアップされた名古屋のタワー、四間道の柱に映る伸子の影。

そして、虹の輪のイラスト。


はじめての一人旅が小さな冒険だったのに、次は世界をまたぐ旅だったと聞き、驚きは増すばかり。


「研修旅行みたいなもの」

でも、仲間たちとの小さな奇跡に触れたはずなのに、響香はまだその光景を知らない。


「虹の輪のバラ子さんってね、哲学者みたいなのよ」

「へえ」

「何でも薔薇子さんなら、今頃、世界中のばらのカタログを集めているんわ」


話はいつも、“今”を歩く方向へ流れる。

虹の輪の本題には、なかなか辿りつけないまま。


3 5夜


「1972年11月7日。携帯電話なんてなかった頃よ。パンダの初来日だから」

「調べたら、その日は日中和平交渉が成立した日だったわ」

「……まあ、11月7日っていったら、私が警察に初めて捕まった日」

「えっ?」

「栗山の手前で、スピード違反。ケーキを買いに行っただけなのに、捕まっちゃった。忘れられない日」


話は自然と、どうでもいい記憶の世界へ移る。


「そういえば、弟さんの携帯に入ってたんでしょ? あのアラビア文字のレシピメモ」

「姉貴、覚えてないなら、時効にしてやるよ」

「余計にもやもやするでしょ? 私は覚えてないんだもの」


朝目が覚めると、あの会話は全部妄想だったかのように思え、響香はスマホで通信記録を確認してほっと胸をなでおろす。


ラインに切り替わった画面には「また、夜会やろうね」の文字と、しまえながちゃんのスタンプ。


ほどけない結び目も、雑にあたった後悔も、羊毛みたいに絡み合って、羽織れる一枚になる。


そんな幸福感を、響香は確かに感じていた。

ウサギ柄の羊毛マントも、完成に近づいていった。


4 6夜


「横浜の水なら、質もばっちりね」

「その水源林のおかげね」

「虹の輪の仲間で行ったのよ」

「そうね……今度、行ったら写真送るわ」

「じゃあ、次の夜会までに、ウサギ柄マント完成させるね」

「楽しみにしてる」


ふたりの約束が、スマホの画面に小さな光となって残る。


話題はまた、余計な記憶や妄想の世界へゆるやかに流れる。

スマホには羊毛のマントの話や、しまえながちゃんのスタンプが並ぶ。


伸子は、虹の輪で買った海外のお菓子の袋をそっと見つめる。

どんな秘密基地ができたのだろう?

川の中のメダカをのぞくように、そっと眺めてみたい。


子どもたちの笑い声と未来への夢は、台所でのあたたかな記憶と、そっと重なっていた。

資料メモ 


『蝦夷トリカブト殺人事件』


1986年に起きた事件。医師が妻に毒草トリカブトを使って殺したとされる事件。


一審は無罪でしたが、二審で逆転有罪となり、最高裁で確定しました。


この一つの事件を、毎日のように、テレビや新聞が何年も大きく報道しました。


その結果、当時は誰もが「トリカブト=毒」というイメージを持つほど有名になった事件です。


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