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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
地下歩道の金庫の前で

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第48話 妙蓮寺の傘と井戸

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第48話 妙蓮寺の傘と井戸


人込みの邪魔にならぬように、ふたりならんで改札上の時刻表を見上げる。


「北広嶋が先ね。」


「またね。」「電話するわ。」


列の波にのりながら、ぴつ、ぴつと改札を通る。


新幹線の工事が進む札張駅。

見回しても、駅員の姿はどこにも見当たらない。


改札に駅員さんがいて、きっぷを受け取り、

鋏をぱちんと入れてくれた――そんな昭和の改札がよみがえる。

鉄の鋏がカチカチと鳴る音。あれはまるで、列車の鼓動のようだった。


妙蓮寺駅で十円玉を公衆電話に入れ、三回鳴らして切ったあの日。

もう聞くことのない、ダイヤルが戻る音。

十円玉がカランと落ちる音。

懐かしい音たちが、胸の奥で小さく鳴った。


カンカンとなる踏切の前で急行列車を見送り、小走りに妙蓮寺の横を通る。

境内には、いつも人の姿がなかった。


井戸もまた、誰にも汲み上げられないまま、

それでもいつもの場所にあった。


かつて背伸びして試した、井戸の取っ手の重み。

戻ってきた十円玉を握った手に、あのときの「ぐいっ」と押し上がる水の感触がよみがえる。


三度目の呼び鈴を聞いて、母が迎えに来てくれた夕暮れ。

昭和五〇年頃のことだ。


当時の妙蓮寺駅には、まだ伝言板があった。

スマホも携帯もない時代。

大人たちはチョークで書き置きを残し、互いに連絡を取り合っていた。


【伝言板】


てんちゃんへ 明日10時 いつものところで かおり

お花の会 しぶやさんちに変更しました 佐藤美代子

さきいくぞ 9時40分 こうへい

よくわからない似顔絵と「またね」

長崎君 ピザはじめて食べた ありがとう こう


私は鍵っ子だった。

だから、母が忘れた傘を駅まで届けるのは、ちょっとした冒険だった。

誇らしい気持ちで、妙蓮寺の踏切を渡る。


けれど母は、いつも「あら、きょうか、ありがとう」とだけ言い、

それほど嬉しそうな顔はしなかった。

それが少しだけ心に引っかかる。


駅の帰り道はいくつかあった。

妙蓮寺の井戸を眺め、おでん屋を横目に、文房具屋や傘屋を覗く。


傘屋は特別な場所だった。

あの頃はまだビニール傘がなく、

「どんな傘を買ってもらおう?」と胸を躍らせた。


傘屋では修繕もしていて、

傘は直しながら長く使うのが当たり前だった。


けれど父だけは、傘をしょっちゅう忘れた。

「また、あそこのバス停に傘があったわよ」と母の実家で話題になるたび、

それはたいてい父のものだった。

親戚たちの笑い声が、今も耳に残っている。


妙蓮寺の井戸は、私にとって「原風景」というほどではなかった。

けれど、確かに日常の景色のひとつだった。


木組みの縁は長い時を経ていたが、まだしっかりと組まれ、

水の流れる部分だけが少し色づいたコンクリートの上にあった。


その上に手を添えると、

ひんやりとした冷たさが、静かに手のひらに広がっていった。


井戸は、境内の木々から吹く風を受けていたが、

誰にも気にとめられていないようだった。


初めて取っ手を回したとき、水がぐいっと押し上がってくる感触と驚き。

あの瞬間の記憶は、いまもはっきりと残っている。


戦前から変わらぬこの井戸は、

どれほど多くの人々の喉を潤してきたのだろう。


祖母もここで水を汲み、

日々の暮らしの中に自然に溶け込ませていたに違いない。


戦火を生き延び、今も変わらずそこにある井戸。

その前にもう一度立つことを思うだけで、

妙蓮寺の歴史と自分のルーツを確かめたくなる。


響香の父が中東でアルミサッシを売り歩いていた頃の話を、

伸子に聞かれたのは、二か月前のことだった。


「中東って、どんなところだったの?」


妙蓮寺キャッスル前のバス停に、

いつも傘を忘れていた父。


そのことを思い出しながら、伸子との会話の帰り道、

響香は電車の中でぽつりぽつりと妙蓮寺をたどっていた。


スマホで地図を開くと、

キャッスル前のバスは綱島街道を通り抜けていく。

あの通学路が綱島街道の一部だったことを、

そのとき初めて知った。


綱島街道――

横浜港から川崎を経て東京へとつながる道。

江戸の頃から商人や旅人にとっての大動脈であり、

明治には交通の要として機能していた。

黒船が横浜港に着いたとき、

その荷も馬に引かれ、この道を通ったという。


小六まで過ごした妙蓮寺は、

響香にとってますます特別な場所になっていった。


響香の記憶の中の、静かに佇む妙蓮寺の井戸を、

関東大震災で焼け野原になった風景の中にそっと置いてみる。


見たことのない昔の水道の話を聞き、

その夢を追った人々を想像する。


今、目の前にある水道の一滴も、

あの妙蓮寺の境内に続いているような気がした。


その思いが胸の奥でぽつり、ぽつりと滴り落ち、

やがてひとすじの川になって流れていく。


画期的だった横浜水道。

宗派を越えて渋沢栄一が手掛けた妙蓮寺駅。

どちらも戦争で被害を受けたはずなのに、

あれよあれよという間に復旧し、

やがて日本各地へ水道インフラを広げていった。


響香の心に、その井戸が再び浮かびあがる。

そして――

大陸のシルクロードのはじまりに出くわしたような感覚がした。


妙蓮寺の井戸の前で、見たことのない水道の夢を語り合う人々。

響香の脳裏には、源流からぽつり、ぽつりと落ちる水滴が、

やがて蛇口をひねるように流れ出し、

さらに回していくうちに大河となるような、壮大な物語が生まれていた。


母や祖母からは、食べるものも少なかった時代の話を聞かされた。

けれど響香の時代には、給食があり、揚げパンに心を躍らせた。


水道水を好きなだけ飲めることが、あたりまえ。

母は鍋でだしをとり、朝には味噌汁を作った。


まな板をリズムよく叩く音で目を覚まし、

湯気のたつ味噌汁に半熟の卵が添えられた。


そんな朝を、何百年も前から続く「当たり前」だと信じて疑わなかった。


ぽつり、ぽつりと、朝の一滴が過去へとつながっていく。


駅を出ると、哲郎の車のライトが前方の車をやわらかく照らしていた。


手袋を探すこともせず、

「ありがとう」と言う前に、

妙蓮寺への「ありがとう」も、心の中でそっとつぶやいた。


第48話 おしまい


* * *


 次話へつづく


* * *


◇◆◇ あとがき ◇◆◇


今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


「第46話 妙蓮寺の傘と井戸」はいかがでしたでしょうか。

昭和の改札風景を新鮮に思われる方、なつかしく思われる方、いらっしゃると思います。

また、お会いできると嬉しいです。


次回は「第49話 時を重ねた水滴の魔法」をお届け予定です。


物語はまだ続きます――

どうぞ次のお話もお楽しみに。  朧月澪

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