第47話 チカホの柱に映る、五時の針
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第47話 チカホの柱に映る、五時の針
札幌地下歩道での伸子と響香の新年会は、
結局、金庫前のベンチで終わった。
チカホの柱が、五時の時計を映し出し、
二人に時を知らせる。
——二年前も、同じ柱の前で立ち止まった。
「私たちって、やっぱり五時のシンデレラね。」
あのときは、笑いながら、どちらともなく駅へ向かった。
今、同じ言葉が心にひびく。
けれど、あのときより少し名残惜しい。
どうして自分がそうしてしまったのかは、わからない。
けれど——
馬車を待つ私たち自身が、シンデレラの運命を選んだのだと、
どこかで気づいている。
誰かに言われたのではなく、
自分たちが選んだ道だと、静かに感じながら。
駅へ向かう途中、チカホの柱には、
アイヌの女性たちが縫い上げた文様が並んでいた。
左右対称に、連続して織りなされるその美しさ。
アイヌの女性たちは、その刺繍に
家族や共同体の幸せへの願いを込めたという。
母から娘へ、そして孫へと受け継がれる文様。
アルファベットやひらがな、漢字といった“文字”を持たない文化の中でも、
深い伝承の力が息づいていた。
交易で手に入れた針は大切に保管され、
世代を越えて受け継がれていった。
その針で縫われた文様は、
ヨーロッパの宮殿のステンドグラスよりも、
響香にとっては、もっと神聖で、本物の美しさに見えた。
この美しい縫い目を生み出した明かりは、
囲炉裏の炎だったのか、それとも月の光だったのか。
大事な炎を消さぬ使命。
明日の天気を知る使命。
そうした営みが、家を守る者を神にしたのではないか——
そんなふうに思う。
伸子とともに足を止め、二年前と同じように、
「やっぱり、すごいね。」
と、目を合わせた。
きっと迎えに来る哲郎は、まるでかぼちゃの馬車。
家を宮殿にかえる魔法は、きっと自分がかけるのだ。
そんな気持ちで、残りの数分間、
二人は無言のまま、歩幅だけをそろえた。
改札の上に表示された「岩見沢行」と「千歳行」の時刻を見て、
急いで「またね」と別れる。
札幌駅の改札をくぐるとき、ふと、小学生の自分がよみがえる。
雨の日に母を待ったあの改札。
はじめて一人で抜けたあの改札。
札幌の改札口でのあっさりした別れと、
ホームで受けた冬の冷たい空気が混ざり合い、
心のどこかがざわついた。
構内のストーブの前のベンチに腰を下ろし、
前方から伝わる熱を感じる。
寝室の本棚にある、ミヒャエル・エンデの『モモ』。
もし時間泥棒が時間を返してくれるなら、
迷わず伸子を誘って飲み会をしていただろう。
長いつきあいなのに、一度もしたことのない飲み会。
それを、かなわぬ初恋のように切なく思った。
時計を見て駆け上がったホームには、
もう岩見沢行の列車が到着していた。
響香はボタンを押して、列車の扉を開ける。
————北海道のJRに、このボタンを考えたのは誰だろう。
おかげで、扉から吹き込む寒風にあたることなく、
乗客たちは暖かな車内で発車を待てる。
寒風に当たることなく、みんなが暖かな車内で発車を待てる。
ボタンを押しながら、
響香は心の中で、
かぼちゃの馬車に乗るように、家路へと向かった。
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
◇◆次回予告:「第48話 妙蓮寺の傘と井戸」
新幹線の工事が進む札幌駅。
見回しても、駅員の姿はどこにも見当たらない。
改札に駅員さんがいて、きっぷを受け取り、
鋏をぱちんと入れてくれた――そんな昭和の妙蓮寺の改札がよみがえる。
鉄の鋏がカチカチと鳴る音。あれはまるで、列車の鼓動のようだった。
◇◆◇
作者 朧月 澪




