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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
地下歩道の金庫の前で

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第44話 二人だけの新年会 ―地下道のベンチから始まる旅―井戸の記憶へ

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第44話 二人だけの新年会 ―地下道のベンチから始まる旅―井戸の記憶へ


2025年1月。


伸子は、朝のキッチン――その奥のテーブルに置かれた新聞を、何度も見返していた。


席を立ち、水道レバーを上げる。

意味もなく、シンクに流れる水の行方を眺める。


テーブルのパソコンには、報告書のファイルが開いたまま。

画面の「10行」から、一文字も進んでいない。


伸子は、意味もなく「ダビデ」「バラ子」「トレーナー」など、思いつくままにキーボードを叩いては、すぐに消す――。

そんなことを、いったい何度繰り返しただろう。


焦燥と自己嫌悪に揺れる心を落ち着けようと、まぶたを閉じる。

心のシャッターに映る光景を、手探りでたどろうとした。


そのとき。


テレビ台を震わせるスマホの着信音が響いた。鏡餅の横だった。


響香の声が聞こえた瞬間、胸の奥がぱっと明るくなる。

かすかな光の藁をつかむように――沈みかけた心が、ふわっと浮かんでいく。


肩の力が抜けるのを感じながら、スマホを片手に部屋をゆっくり歩き出す。


「うちの凛、『あけおめ』って言うのよ。言ってたわ」

「娘、それ死語だよって言うの。ゾンビだって」

「児童館で覚えたのかしら。定年後のおじさまおばさまが見てくれてるんだもの。……うちの凛、ゾンビ化したかしらね」


二人はスマホ越しに、声をあげて笑った。

話題はあっちへ飛び、こっちに戻り、気がつけば坂本龍馬の墓の話までした。

ひとしきりわらったあと、響香がいった。

「ーー新年会、しよう。」




──札張の地下道、通称チカホのベンチで、ふたりだけの新年会が静かに始まった。


ここは、以前にも長居したことのある場所だ。

コンビニの横に、静かに佇む大きな金庫がある。


響香はその日まで、その存在にまったく気づいていなかった。

伸子に教えられて初めて知ったのだ。


おそらく、毎日のようにそこを通る人たちも、彼女と同じだろう。

——「こんなところに金庫があるなんて」と聞けば、きっと驚くに違いない。


札張のチカホには、一日におよそ十万人もの人が行き交う。

そんな喧騒の中、静かに佇む――お菓子マルシェの階段の横に、まるでオブジェのように置かれた金庫。


その存在は、目立たぬようでいて、確かな重みを放っている。


丸く重厚な扉。

足元の石板にはこう刻まれている。


『札幌拓殖銀行 重量15トン 直径2メートル』


それは、札張の歴史の一端をひっそりと物語りながらも、誰も気に留めることのない場所だった。


ときどき、その前でペットボトルのふたをカチリと開け、水をひと口含んでから通り過ぎる人がいる。

金庫は、かつて存在した北海道拓殖銀行の記憶を、沈黙のままに語り続けている。


拓銀の破綻から、すでに三十年近くが過ぎた。


いま、伸子は北広島ニコニコ水道局で働いている。

けれど、かつてはこの拓銀の行員だった。


銀行が次々と崩れていった、あの時代。

なぜ北海道の銀行だけが国の支援を得られなかったのか――いまだに答えは見つからない。


その話には触れず、前回、伸子はこう言った。


「ああ……わたし、結構働きづめの人生だったわ。これからは好きなことをどんどんしたいの。日本を知る旅をしたいの」


再びこのチカホのベンチで。

還暦を過ぎた伸子と、五十代も終盤に差しかかった響香は、慌てておめかしをして札張駅で待ち合わせた。


東口から歩いて五分。

いつものベンチに腰を下ろす。


「日本を知る旅」――それは、手のひらサイズではなく、地球儀を抱え込むような夢だとわかっていても、

ふたりの会話は、時を超え、いつものトーンで始まる。

* * *


 次話へつづく


* * *


◇◆◇ あとがき ◇◆◇


物語はまだ続きます――



◇◆◇

次回予告:「第45話 二人だけの新年会 ― 四間道の影」



◇◆◇


作者 朧月 澪

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