第42話 報告書の行間に降る雪 〜 北へ行った龍馬 〜
『報告書』
きっかけは、おととしの秋。
名古屋の水道局の資料館に行ったことだった。
そこで、ある外国のダビデさんという方に偶然お会いし、
共同で国際貢献の道を模索しないかという話をいただいた。
もちろんその話は断ったが、
その後、課長に相談したところ、
ダビデさんの申し出が具体化すれば実現可能かもしれないということで、
「つなげよう。水道の輪(虹の輪)」
というプロジェクトが、発足準備に入った。
関係者の皆さまには、心から感謝を伝えたいと思っている。
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第42話 報告書の行間に降る雪 〜 北へ行った龍馬 〜
こんな夜は、飲み会がしたい。
とはいえ、二人きりの飲み会は、スマホの画面の中。
泡の代わりに、電波が揺れている。
目の前のパソコンには、三日間で七行しか進まない報告書。
そのカーソルは、まるで心臓の鼓動を忘れたように、
無言で点滅を繰り返していた。
言葉は整っている。
けれど、そんな単純なことではなかった。
報告書の行間から、秋の名古屋の場面がとけこんでいった。
スマホを見つめる。
響香から、電話がこないだろうか。
彼女の声を聞けば、あの夜の坂本龍馬の話を
もっと思い出せる気がした。
「べらぼう、見てる?」
べらぼう――今年、2025年の大河ドラマのタイトルだ。
「見てるわ。江別の蔦屋のもとのもと、って聞くと親近感わくね。」
「ちょっと違うみたいだけど。」
彼女は笑う。
その笑い声が、どこか遠くの海の泡のように弾けた。
「ねえ、福山雅治さんが坂本龍馬を演じてたNHKのドラマ、覚えてる?」
「覚えてる。」
「あのとき、初めて“福山雅治”を認識したの。」
「坂本龍馬って、不思議な人だよね。誰が演じても、少しずつ違う。」
響香の声が、少し熱を帯びた。
「ねえ、チャットGTPで遊んでたら、面白い話ができちゃったの。」
「聞かせて。」
そして彼女は語り始めた。
まるで電波の向こうから、
時を越えて物語が降ってくるようだった。
池田屋の夜。
火の粉と血の匂いの中、坂本龍馬は九死に一生を得た。
「もう、京はあかん……新しい地に向かわんといかんぜよ。」
南へ。霧島を越え、桜島の影を背に、西郷隆盛のもとへたどり着く。
西郷はすでに、時代の波にのまれようとしていた。
新政府の矛盾、民の嘆き、西南戦争の影。
「おはんも、苦しかろうな、西郷どん。」
「龍馬……生きちょったか。やはり天のいたずらじゃ。」
ふたりは語り合う。
夢を、国を、人の心の行く末を。
龍馬は微笑んで言った。
「西郷どん、死ぬのは惜しいぜよ。」
「惜しかはおまんのほうじゃろう。」
「いいや、わしはもう役目を果たした。
だが、おまんはまだ途中じゃ。」
そして龍馬は、ひとつの策を差し出した。
名づけて――“西郷隆盛 死亡劇”。
城山の決戦の夜。
影武者が討たれ、本物の西郷は闇に紛れて姿を消す。
ふたりがたどり着いたのは、鹿児島の南端・枕崎。
潮風は柔らかく、月は海に落ちかかっていた。
「これで、おまんは自由ぜよ。」
「じゃっどん、これから何をすべきか。」
「新しい日本を、遠くから見守るがよか。
今はまだ、人には“伝説”が必要ぜよ。」
その夜、ふたりは小舟に乗り、沖へと漕ぎ出した。
「さて、西郷どん、どこへ行くぜよ?」
「龍馬……おまんが言うてた北海道、見てみるのも悪くなか。」
「北の大地か。おもしろい。新しい風が吹いちょるぜよ。」
月明かりの中、小舟はゆっくりと消えていった。
歴史は彼らを失い、伝説だけが残った。
「坂本龍馬も、北の大地に来たかもね。」
「浦臼にお墓あるそうよ。」
「そうなの? その話、亀田課長、好きそう。」
「いけるかも。」
彼女は、ふふと笑った。
窓の外では、また雪が降り始めていた。
もちろん雪は、溶けることなく静かに積もっていく。
水道の輪。
虹の輪。
その二つの言葉が、報告書のタイトルに、静かに浮かび上がる。
まるで、遠い旅の続きを、今この場所で書き始めるように。
カーソルが、再び光を取り戻した。
―― 長旅のイントロ(全8話) 完 ――
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回:地下歩道の金庫の前で
第43話 ゾンビの新年会」(仮)
朧月 澪




