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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
長旅のイントロ

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第41話 侍ダビデ、ウイロウを買いに行く(旅のイントロ7) 

長い長い旅のイントロも、まだ続いている。

伸子の初めての一人旅の朝。

コメダ珈琲店。

ペンがないことが、すべてのはじまりだった。


異国のイケメン――三重奏王子と名付けた彼。

その出会いが、伸子の運命を少しずつ変えていく。


台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第41話 侍ダビデ、ウイロウを買いに行く



三重奏王子・ダビデ。

異国の人だが、どこの国から来たのかはわからない。

そもそも「ダビデ」という名すら、本名なのかどうかも怪しい。


英語にまじって片言の日本語を使うが、ときどき流暢な侍言葉を話す。

日本の史実をすらすら語り、坂本龍馬の大ファンだという。


イケメンにはまるで興味がない伸子だが、彼はかなりのイケメンである。

笑顔もいい。声も、すこぶるいい。

心の中で、伸子は彼を「三重奏王子」と名付けた。


そんな彼が、初対面の私に言った。


「あなたの仕事ぶりを、もう少し見せてほしい。」


……まったく意味がわからなかった。


けれども、気づけばウイロウを買いに行くことになっていた。


ダビデはようちゃんと一緒に、AとBを誘った。

AとBは、たまたま珈琲店に居合わせた二人。

そう仕向けたのは伸子本人だったが、結局、自分も同行することになった。


AとBは、息子の進路について語っていた。

隣の席でピーチク母親会談をしている二人に、

三重奏王子の相手を押し付けて去るつもりだったのに――。


結果、五人で「四間道しけみち」へ寄ることになった。


四間道は、江戸時代の面影を残す古い街並み。

かつて堀川沿いの問屋街として栄えた商人の町だという。


けれども、ふとした拍子に五人は路地へ迷い込んでしまった。


そこで出くわしたのは、苔むした古井戸だった。

水面に空が映り、雲がゆらめく。

まるで底にもうひとつの天空があるようだった。


──実は、伸子は昨日もこの井戸を見かけていた。

夜のコンサートの前、名古屋見物に訪れた四間道。

この井戸を見て、どうしても“仕事がら”水道資料館に行きたくなったのだ。


「夢でも見ているのかしら?」


そんな感覚が胸にふっとよみがえった。


「道、間違ってない?」

ようちゃんが言う。

だが、ダビデの足取りはしっかりしていた。


「心配無用。武士の端くれとして、自らの道を見極めてきたのだ。」


そのひとことで、ようちゃんは笑みを浮かべる。


「なんでそんなに武士っぽいの? やっぱり龍馬ファン?

もしかして……本気で侍になりたいの?」


ようちゃんは腕を組み、芝居がかった声を張り上げた。


「我ら尾張藩は、今こそ大義に従い、徳川家のために戦うことを選ぶ!

──幕府が滅びし後、新たな時代を築くため、命を賭けよう!」


まるで舞台役者のような即興芝居。

その場の空気が、ほんのり変わった。


ようちゃんの演技力も見事だったが、

ダビデの龍馬っぷりは、それ以上にサマになっていた。


「徳川のために戦う言うがやけんど、その先に何があるぜよ?

幕府がなくなっても、この国は続くがじゃき。

おんしらの剣は、未来を切り拓くためにあるがじゃろう?」


──完璧な土佐弁ふう。


ようちゃんは感心して、薩摩ことばへと乗り換えた。


「そうじゃなあ。ほら、ウイロウ姫は、どげんとするばい?」


尾張藩から薩摩藩、そして突然の女性軍。

芝居は風まかせのように自由に広がっていく。


AとBも自然とその流れに引き込まれていった。


Aは涙を浮かべ、切なげに言った。


「行かぬでおくれ。あなたはウイロウの許嫁。

たとえお家が決めたこととはいえ、私はずっとその前から……お慕い申し上げておりました。」


Bは苦しげに首を振る。


「ウイロウとは……行ってはならぬ。もう徳川は……」


(──この二人、なにもの?)

伸子は思わず心の中でつぶやいた。


AはBの手をぎゅっと握りしめ、Bは淡々と語る。


「そう。時代は変わるもの。

時の人になって、捨てる命などありませぬ。

それが、いつものおなごの思うところ。

ならば、変わらぬウイロウのもとに……まいりましょう。」


芝居は、笑いを誘うどころか、真剣さを帯びていった。


女性陣はどうやら本気で、

「ウイロウ」と「ダビデ」を結びつけたがっているようだった。


そんな中、ダビデはふと伸子の方を振り向く。

その目は真剣そのもの。


「伸子殿、実は拙者……お前と共に道を歩みたいと思っておった。」


──えっ?


思わぬ展開に、伸子の心にブレーキがかかる。

(これは、もしや……ロマンス詐欺?)


胸の奥で、警戒の火花がぱちりと弾けた。


AとBが、芝居の続きなのか現実なのか分からぬ声で言う。


「行きましょう。ウイロウのもとへ。徳川は、もう……あきらめるしかないわ。」

「伸子さん、私たちも一緒に行くから、心配しないで。」


(……みんな、グルかもしれない。)

警報が鳴り響く。

──これは、はじめての一人旅。外国に来たも同然なのだ。


ダビデが静かに口調を戻した。


「拙者は、世界の喜びを分かち合い、平穏な人々に本当の幸せを届けられると信じています。

その方法を、どうかあなたに教えていただきたいのです。」


伸子は戸惑いながらも耳を傾けた。


「この井戸が今の形になるまでの経緯を知りたいのです。

まだ安全な井戸もない町がある……そんな状態は、許されません。

今さら、何を恐れることがあるでしょうか。

江戸には……いえ、大阪には、仲間が待っているのです。

あなたとともに、この問いに挑みたいのです。」


伸子はしばらく黙ったまま、水面を見つめた。


「それは……もちろん興味はあるわ。だけれども……」


そこでようちゃんが胸を張り、声を張り上げた。


「拙者、親方と申すは――

お立合いのうちに、ご存じのお方もござりましょうが!

お江戸を発って二十里上方、相州小田原、

一子相伝なる外郎売りでござる!」


AとBが顔を見合わせ、すぐに調子を合わせる。


「さてこの薬、第一の奇妙には――

舌のまわることが銭独楽、そらそら、舌がまわってきたわ……」


ようちゃんは勢いづき、さらに叫んだ。


「生麦生米生卵!

瓜売りが瓜売りに来て、瓜売り残し、売り残し!」


その場にいる全員の顔がほころぶ。

伸子は思った。


(こんな口上まで披露する詐欺師なんて、いるはずない。)


ならば――と、小さくうなずいた。

緊張がふっと解けた瞬間だった。


ウイロウを一緒に買いに行くことにした。


その味に、嘘はなかった。


その後、改めてダビデと話をした。

彼の言葉には誠意があり、少なくとも嘘は感じなかった。


キュンタちゃんのペンも、彼が返してくれた。

昨日、水道資料館のバス停で落としたものを拾っていたのだ。


ようちゃんに入力させて、その場で購入していたという。


「何セット?」

「十二ダース。」


六本入りを十二ダース。つまり百四十四本。

……どんな計算をしているのやら。


名刺を受け取った。そこには「虹の輪」という名前が印字されていた。


「北広嶋の事務所に戻ったら、上司に相談してみよう。」

そう思ったとき、ウイロウの甘さがまだ舌の奥に残っていることに気づいた。


その味に、嘘はなかった。


旅のイントロー名古屋にて 


おしまい

◇◆◇ あとがき ◇◆◇




次回予告:

「第42話 スマホの夜会 龍馬(仮)」


どうぞお楽しみに。


作者 朧月

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