第37話 名古屋のコメダが、リフレイン ――ようちゃん登場 (旅のイントロ3)
コメダ珈琲店で母親同士のふたりがデザートを分け合っていた。
さっきまで娘の進路について“密会会談”をしていたというのに、
いまは、ゆったりとこちらをうかがっている。
有給休暇をとって、初めての一人旅をする伸子のスマホに、
会社から一本の電話がかかってきた。
無難に応対をするはずだったが、
目の前に「三重奏王子」が現れ、
伸子はとんでもないドラマの中へと引きずりこまれていった。
長いドラマの始まりだった。
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第37話 名古屋のコメダが、リフレイン ようちゃん登場 (旅のイントロ 3)
1 胆振地震の回想
どうして、この名古屋のコメダで、あの日の地震を思い出すのだろう。
きっと、えりちゃんと――
あの長い停電が明けたあと、北広嶋のコメダでコーヒーを飲んだからだろう。
停電が明けた二日後、あのやわらかな電球の色を鮮明に覚えている。
最大震度6強で、全道停電は46時間に及んだ。
その日、伸子は夫に冷蔵庫の中身の管理を任せた。
夫はアイスを食べすぎてお腹を壊し、
2歳になったばかりの孫の凛は、アイスの味を覚えた。
一方、伸子は事務室で一日なにも口にせず、業務にあたっていた。
ふと気づくと、えりちゃんが社外へ出ていた。
二時間ほどたって、ビニール袋を抱えて戻ってきた。
「セイコマでやっと買えました。縣さん、亀田部長、どうぞ。」
「悪いな……」
「白おにぎりだけですけど、自家発電でご飯炊いてました。」
「うまいな。」
「おいしい……」
通電が再開したのは、9月6日の夜から7日朝にかけて。
都市部や医療機関が優先された。
午前11時頃にはほぼ全域が復旧した――
だから「32時間だった」と記憶する人もいる。
暮らす場所や立場によって、「46時間」の重みは違う。
時間ではなく、その時間に“誰といたか”で決まるのだろう。
「うまいな」
亀田課長が、やっといつもの椅子でコーヒーを飲んでいたのは、
地震発生時から何時間後だっただろう。
そうして、伸子の思いは。
北広嶋のコメダから名古屋のコメダに移っていく。
2 名古屋のコメダ(2022年秋)の回想
通りを挟んで――
茶色のジャケットの、もじゃもじゃ頭の男性がコーヒーを飲んでいる。
(どうでもいいけど、このもじゃもじゃ頭……亀田部長に似てるな。もじゃもじ、と呼ぼう。)
のちに「ようちゃん」と呼ばれる同郷の彼。
本当の名前はいまだにわからない。
彼は一時間前から、伸子の斜め前に座っていた。
40半ばくらいの男性。
黒いスーツに、くるぶしまである新調の革靴。
この季節の名古屋には少し不似合い。
そして、馴染みの紙袋。
伸子は、店内を見渡した瞬間、すぐに彼が道民だと確信した。
しかも、きっと大事な人の、明日の四十九日に来たのだろうと察した。
ようちゃんの包みは、店頭に積まれる鮮やかな贈答用とは違っていた。
悲しみに寄り添う様な肌色の紙に、
北海道の野草たちが描かれている。
空港ではなく、前日に店頭で用意したのだろう。
今日は、同じ道民にこの窮地を取り次いでほしいと、
何度か熱い視線を送った。
だが、彼は目を合わせようとはせず、
こちらの話に一人で耳を立てている。
(同郷のよしみで、この会話の続きを――助けて。
同郷だって、ばれてるんだから)
目の前のダビデに、ようちゃんのお土産のセンスの良さを
つたない英語でアピールしてみた。
「If you want to buy a gift from Hokkaido,
I think Rokkatei’s sweets are nice.
The wrapping paper is pretty, too.
I heard it was drawn by the nephew of Sakamoto Ryoma.
Do you know Ryoma?」
(もしあなたが北海道のお土産を買うなら、六花亭がおすすめ。
包装紙の花々も素敵。坂本龍馬の甥が描いたんですよ。
龍馬、知ってますか? ――ちゃんと通じたかしら?)
Rokka means "six flowers."
はまなし なわしろいちご しゃくなげ
あやめ とぶかぶと えぞりんどう
にりんそう くろゆり
「1, 2, 3, 4, 5, 6, 7……Oh?
That’s more than six! Isn’t that funny?」
ダビデは笑いながら指を折った。
「わん、あやめ、つー、えぞりんどう」
「おっけー」と伸子。
「えぞりんどう? What?」
「えぞ is 北海道、りんどう is… ウッドロード?
No, mistake、りんどう is りんどう」
「おういえー」
「にりんそうは北海道大学にきっと咲いているわ。
Example、北海道ユニバース」
もじゃもじのようちゃんに視線を送ると、目を合わせないまま、そーっと
六花亭の袋は、伸子に見えるように置きなおしてくれた。
「えぞとりかぶとには毒があるのよ」
伸子はジェスチャーでダビデに伝えた。
もじゃもじから遠くで無言で促されて、
伸子は両手で喉元を押さえ、白目をむいて苦しむ仕草までやってみせた。
(目をあわせないままの、遠くからのダメ出しの仕方、
亀田部長にやっぱり似てる。この、もじゃもじ)
伸子は、ダビデに坂本龍馬の話もした。
この絵を描くのは龍馬ファミリーだと。
「Sakamoto Ryoma was a man who helped protect Japan
from the strong winds brought by the Black Ships.
くろふね」
と黒船の風から日本を経緯的に守ったと伸子がいったら、
すると、ダビデは静かに続けた。
「Ryoma acted as a mediator.
Without Ryoma’s efforts, this alliance might not have happened.
坂本龍馬は、薩摩藩と長州藩の重要な同盟――薩長同盟の成立に尽力しました。
この二つの勢力は最初は敵同士でしたが、
龍馬は調停役として働き、
協力して徳川幕府に立ち向かうよう助けました。
もし龍馬の努力がなければ、この同盟は実現しなかったでしょう。」
イントネーションこそ違うが流暢かつ的確な日本史を語る三重奏王子ダビデ。
つややかな低音ボイスが静かに響く。
(演じたイケメン俳優にそっくりな声……あなたは龍馬? ……数年前の『龍馬伝』を思い出す。
あなたはダビデね。)
(それより、どうしてこんな流暢に話せるのよ。
今までの片言日本語はなに?)
「ドラゴンホース。龍馬イズドラゴンホース」
三重奏・雅春・ダビデはささやいた。
店のスピーカーから、さっきと同じ日本語でも英語でもない歌が流れはじめた。
(リフレイン――やっぱりコメダだ)
まだ、もじゃもじ(ようちゃん)とは視線が合わない。
* * *
次話へつづく
* * *
◇◆◇ あとがき ◇◆◇
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
また次話で、お会いできましたらうれしいです。
◇◆◇
次回予告:「第38話 リフレインばかり」
―― 朧月 澪




