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台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO  作者: 朧月 澪(おぼろづき みお)
長旅のイントロ

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第36話 名古屋のコメダが、リフレイン ダビデの登場 (旅のイントロ2)

──胆振地震の記憶が、名古屋のカフェの灯りに重なる。

台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO

第36話 名古屋のコメダが、リフレイン 

──ダビデの登場(旅のイントロ2)



1. 胆振地震の回想


名古屋でも、私はペンをなくしてしまった。

それは、五年前のあの日と同じだった。


たいしたことではないはずなのに、ペンが使えないことで焦る。


ブラックアウト二日目の暗がりで、伸子はあのときもペンを探していた。


「えりちゃん。ぺん、ないかしら?」

「……」


昼間なのに倉庫は窓がなく、暗かった。

伸子は懐中電灯を片手に、ホワイトボードのペンを探した。


2018年9月6日――胆振東部地震。

ホワイトボードは、あっという間にぎっしり埋まっていった。


未確認箇所。

給水車。

補助電源場所。

各自、携帯電話・スマホの充電は車で。


インクが、もう出ない。


亀田課長の太い声が響く。

「早くしないか」「落ち着け」「ガソリン、余裕ある車、書いとけ」

「充電は各自、車で」


――あ、新しいペン。


電気のつかない倉庫で、懐中電灯の光に反射する銀色の軸。

闇の中で、その一本だけがひときわ眩しく見えた。


ペンを手に取ると、胸の奥がふっとゆるみ、なぜだか安堵した。




2. 名古屋のコメダ(2022年秋)の回想


そして、五年後。

2022年秋、名古屋。


人々の朝の空気が交差するコメダ珈琲店で、

再び「ペン」が、伸子にとってなくてはならないものになった。


レジでもペンを借りることができず、伸子は席に戻った。


途方に暮れていたそのとき、彼ーーダビデが声をかけてきた。

(いまだに、彼の本名はわからない。)



「使いませんか?」


白いシャツに柔らかな微笑みを浮かべた男性が立ち、ゆっくりとペンを差し出した。

伸子は一瞬、異国の王子様かと思った――自然で優雅な立ち姿に、思わず息をのむ。


長い手の白い指先が、ペンをそっと伸子の手元へ運ぶ。


「ありがとうございます。」

ペンを受け取り、顔を上げた瞬間、ダビデの姿はもう視界から消えていた。

伸子はその速さに、一瞬、呆然とした。


ペンの軸には、「made in JAPAN」の横に金色の文字。

“dabide”


――ダビデ? 名前かしら?



そのペンで、えりちゃんへ指示を裏紙にまとめ、

席に座ったまま再び電話をかけた。


書いた手順をそのまま小声で読み上げると、えりちゃんはすぐに理解した。




「私が考えたのと一緒です。じゃあ、明日の申し送りは不要ですね」




スマホの電源を切って、伸子はそっと「お疲れ様」と言った。




後ろの席で、ダビデは静かに見守る。


スマホで伸子の声を記録し、異国の言葉「おつかれさま」を小声で繰り返す。


「おつかれさま…おつかれかま…」



伸子は気づかず、手の中のペンをじっと見つめていた。




3. ダビデとの距離と輝き


席をすわったまま店内を見回しても、異国の王子様はすぐには見つからない。


「初めての一人旅――63歳、名古屋でコメダに長時間滞在」

――そうタイトルをつけ、自分を落ち着ける。


けれど、ダビデはすぐ後ろの席にいた。

膝の下にスマホを置き、背後から伸子の会話をこっそり聞いていた。


咳払いの音に気づいて振り向くと、

白いシャツの王子が柔らかく微笑んでいた。




青年かと思ったが、しっかり見ると50代の落ち着きがあった


けれど若々しさと余裕を兼ね備えた仕草。

謙虚で爽やかな笑顔は年齢を超えて輝いていた。




「おつかれさま」とダビデ。


低音の声は胸に響き、耳にやさしく残る。




――その瞬間、伸子の頭の中で、

いつも画面で見た三人の日本のスター顔が重なった。


少し日に焼けた顔ときりりとしたスタイル 

柔らかな笑顔のもち主 

心を打つ歌声のラジオの声の発信者、

―若い頃から女性を虜にしてきた日本のスターたち3人。




その立ち姿、その笑顔、その声…。

まるで日本のスター三人の魅力を一身にまとったようで、

伸子は心の中で彼を「三重奏王子」と名付けた。




4. 心の揺れと会話




(なに、このシチュエーション…お疲れのご褒美?)


(私はこんなのを喜ぶタイプじゃない)




振り向くと、ダビデがそっと聞く。


“Um… may I sit here? Is that okay?”

「あの、前、座っていいですか? だめですか?」


(うん、もういい。コメダの三重奏……だめだわ。そう、だめよ。)


心の中でつぶやいた後、伸子は答えた。

「Yes」



すると、彼は、静かに「Thank you」


ダビデは静かに伸子のコーヒーカップの場所を動かし、ゆったりと席についた。


(えっつ? だめよ)


隣では母親談義をしていた見ず知らずの二人も黙って見守る。




伸子は心の中で何度も言い聞かせる。


(落ち着け。仮にも私は六十代、れっきとした社会人。英会話だって……)


(初めての一人旅、あー、孫の凛の方が冷静かも)




5. 英語でのやりとりと続き




ダビデは笑みをうかべ、低音ボイスで語る。




“Sorry for surprising you. Actually, I saw you yesterday too.


When you entered Komeda, I couldn’t help but follow.


You were at the Water History Museum, right?


When you looked at the bus timetable, you dropped your pen.


It’s a cute one. I could exchange it if you'd like.”


ダビデの流暢な英語はひとつも聞き取れなかった。


伸子は、中学1年の英語の先生を思い出し、勇気を出して返す。




「ワンモア プリーズ」




ゆっくり繰り返すダビデ。


しかし、三重奏王子とのコメダ対談は、まだ続く――。

――こうして、「三重奏王子」とのコメダ対談は、

まだ終わらなかった。


スマートないでたち。

謙虚な微笑み。

低音の響き。


日本のスター三人を封じ込めたような異国人・ダビデは、

伸子の前に静かに座っていた。


* * *


 次話へつづく


* * *


◇◆◇ あとがき ◇◆◇

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

また次話で、お会いできましたらうれしいです。

◇◆◇

次回予告:「第37話 名古屋のコメダが、リフレイン ようちゃん登場 (旅のイントロ 3)」

◇◆◇

―― 朧月おぼろづき みお

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