第31話 3000円の宝くじと、私の報告書(正月)◇
台所でせかいをかえる Revolution Starts in DAIDOKORO
第31話 3000円の宝くじと、伸子の報告書(正月)
伸子は、孫の凛と未希、加奈、そして夫の壮太と共に、
本当に楽しい正月を過ごしていた。
昨年は、地球の裏側にいた。
何カ国も行ったので、正確には裏側かどうかはわからない。
海が近くて暖かかった。
虹の輪の仲間ともすっかり打ち解けて過ごしていたが、
こうして帰国して自宅で過ごすと、
長い夢でも見ていたみたいだ。
車で十分ほどの距離にあるエルコンフィールドでは、
正月のさまざまなイベントを体験できるようだったが、どれも行かなかった。
伸子のインスタには、
まるで自分たちの町が北海道の主役になったかのような投稿が並んでいる。
けれど、小学校に通い始めた凛との無制限のおしゃべりに、
他人が作った演出は必要なかった。
「ここでは、凛もテントを張ったし、
バーベキューも肝試しもしたよ。
それに、監督にも会ったんだよ!」
「選手じゃなくて、監督だよ。」
「うん、でも、凛の頭をなでてくれたんだよ。
ばあばも一緒に行ったら、きっと握手してくれるよ。」
一分一秒が、光を放つように輝いていた。
◇
庭では、三十年ぶりに雪だるまを作った。
夫の日和ハムの帽子をかぶせ、
みんなで変顔をして写真を撮った。
寒いとは誰も言わず、たくさん笑った。
去年の正月、ここで過ごせなかった一度の経験が、
こんなにも今を愛おしく感じさせるなんて、
伸子は自分でも驚いていた。
「孫が五人も六人もいると、
正月と盆は旅館を経営しているみたいよ。」
そう言って、
ガーデニング仲間の聡子さんが
ピンク色の溜息をついたことを思い出す。
その溜息は、少子化の時代にあって、
一億円の宝くじが当たるくらい
夢のように響いた。
「三千円の宝くじが、
これが私の正月だとしたら、
私は誰にも譲りはしない。」
伸子はそう思い、
スマホの画面をもう一度覗き込んだ。
そこには、つい二時間前の笑顔が並んでいる。
◇
「また来週、来られたら来るね。」
未希と凛、加奈が帰ったあと、
夫はテレビの音を少し大きくした。
家の中には、
伸子の食器を洗う音だけが響く。
TVと食器の音が、
かえって静けさを際立たせていた。
伸子は、今日は歌わずに食器を洗い終え、
そのままダイニングテーブルにパソコンを広げた。
――そんな、二〇二五年一月四日だった。
◇
正月明けには、
一年半分の報告書を提出しなければならない。
まだ部屋のあちこちに、
凛が作った工作が残っている。
凛たちが来るまでに終わらせたいと思っていた報告書は、
手つかずのままだった。
仕様も枚数の決まりもない報告書。
その自由さが、かえって伸子を憂鬱にさせる。
TVの音が耳にさわる。
灰色の溜息をつき、
伸子は心の中で小さく呟いた。
「またやってしまった……」
◇
気持ちを立て直すように、
凛と過ごしたさっきの動画を見返す。
スマホから、
凛や夫の明るい声や笑い声が響き、
部屋の空気が少しやわらぐ。
伸子は、
誰にともなく大きな声で言った。
「がんばろう。」
その声を聞いた夫が降りてきて、
コーヒーを二杯淹れた。
伸子は湯気の立つカップを手に取り、
飲まずに香りだけを楽しむ。
そして、
ゆっくりとパソコンに向かった。
◇
スマホで撮った写真を、
パソコンの大きな画面に映し出す。
画面に映る、
薄緑の上着を着た夫のがっしりとした背中を、
伸子はまじまじと見つめた。
「楽しかったわ。
今年は、ここで正月を迎えられて、
本当によかったわ。」
聞こえるようにそう言い、
カップをそっと置くと、
伸子はキーボードに指を置いた。
◇
『報告書』
きっかけは、
おととしの秋、
名古屋の水道局の資料館に行ったことだった。
そこで、
ある外国のダビデさんという方に偶然お会いし、
共同で国際貢献の道を模索しないかという話をいただいた。
もちろんその話は断ったが、
その後課長に相談したところ、
ダビデさんの申し出が具体化すれば
実現可能かもしれないということで、
「つなげよう。水道の輪(虹の輪)」
というプロジェクトが、
発足準備に入った。
関係者の皆さまには、
心から感謝を伝えたいと思っている。
* * *
次話へつづく
* * *
◆◇◆◇◆
きっかけは、おととしの秋、名古屋の水道局の資料館に行ったことだった。そう書いたけれども、実は、、、。
← 前話 スマホの夜会 第1夜
→ 次話 第32話 長旅の序章──ガラスのトナカイと100万年の幸せ
◆◇◆◇◆




